紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★45 西新井大師様

2024-07-07 06:08:20 | 「と・ある日のこと」2024年度


 4月半ばの、と、ある日のこと。
 東京・西新井大師様に初めて参拝した。

大師線に乗って一駅が終点であった。すぐ側が西新井大師様の境内である。大師様のご近所さんのダン友から事前に頂いていたパンフレットを見ると、駅より少し離れた所に仁王門があるらしい。
立派な塀越しに牡丹園が左に見えた。沢山の種類の牡丹が丁度見頃であった。暫し足止めさせられた。少し離れた場所の仁王門は、赤黒くガッシリとした翼を広げたような荘厳さであった。

仁王門から本堂が見える。左右に様々な祈りの場の建物があるようだ。まず、本堂前へ。
本堂は高い場所にあり見あげるほどの石段が続いていた。カートでは階段を上がるのは困難だ。本堂前の大きな香炉に近づき、ここでお線香を供えて、ここからご本尊様へご挨拶させていただくことにした。

備え付けのお線香の束一つの代金百円を所定の場所へ投じ、電気コンロのような器具で火を点け香炉の灰の中へ立て供えた。

手を合わせ本堂に向かった時、階段の上部から杖を突いた翁が階段の中央にあるパイプの柵に縋り、一歩ずつ足を踏み出し、尻を着きながらイザるように階段を下りだした。それはとても危うげで、見ている私の足が鳥肌を立てるほどであった。手助けをしようと思ったが、カートを引く自分もそう若くはない。二人して転げ落ちたりしたならどうするのだ? 思いとどまって翁を見守ると、柵を放さず、一歩一歩時間をかけて下りて来る。毎日のように、修行のように、階段を上り、手を合わせているのかもしれない。翁の表情は淡々として穏やかな表情で私の近くを通り過ぎた。「ほっ」思わず吐息をついた。改めて本堂に向き手を合わせ。今日のお目当ての三匝堂(さざえ堂)に向かった。



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★44 戻りたいあの頃

2024-06-30 06:56:46 | 「と・ある日のこと」2024年度


「俺さぁ、何だかさぁ、中学校の頃に戻りたくなったよ」 
「あ、俺は、小学校頃に戻りたい」
 混んだ電車内で私は吊革にも届かない位置で、カートに半分縋るように立っていた。声の主たちを見やると、この春高校生になったばかりのような白いシャツに大きなリックを胸に抱えた男子生徒二人が居た。
「?」私の脳裏に男子生徒二人の中学校と小学校の頃の姿を想像したが、あまりにも少し前のことではないか。それでも戻りたいと思うとは、現状に辛さなどがあるのだろうか?
 進学はしてみたけれど、想像と違った現状があるのだろうか? そう思いやる気持ちより、私の戻りたいところへと思考が移って行った。

 戻りたいところは、二十歳の頃かなぁ。
付き合い始めた男性がいた。一歳年上の営業マン。先行き不透明な楽しさだった。戻るとしたなら、あの頃に戻りたいなぁ。

 23歳で結婚した。小さな家を購入したのが25歳と24歳の私たち夫婦が、子を授かったのは、私が26歳の時。難産のために仮死状態の息子で、身体障碍者という大変な子育てだった。障碍者の長男と健常者の次男の子育て。そして、いろいろあった。もし、二十歳のあの頃に戻ったとしても、同じような人生を送ることになったかもしれない。どうあがいても、自分の持っている運命とやらは変わらないかもしれないし、持って生まれた性格では、大きく違った生き方が出来そうもないもの。

 いつの間にか、高校生らしい少年たちは、どこかの駅で下車したらしい。それでもまだ「戻りたいなぁ」という声が、私の内耳に残っている。




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★43 客は、通し鴨

2024-06-23 06:06:53 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
と、ある日の朝6時前。私は、いつものように朝の庭を徘徊していた。自室からサンダルを履き、中庭をそぞろ行く。玄関前を横切り、門扉を勢いよく左手で引いた。門扉の前は通りに面して、花壇に囲まれた車一台分の駐車スペース。
 一羽の中型の鳥が驚いたように、門扉近くの満天星躑躅の木の下辺りから出てきた。何故か、慌てる様子もなく、それでも危険を感じた風に、体を左右に揺らして移動する。

「えっ?」
 よく見るとカルガモのようだ。カルガモは、通りの側溝から1mほど手間で立ち止まった。側溝のコンクリートの上に卵が一個転がっていた。二カ所に凹みが見える。転がった時についたのだろう。

私は、急いで自室へ戻りカメラを持ち出す。そして、刺激しないようにシャッターを押す。

 カルガモは通りから門扉の近くまで戻って来た。うずくまった。私の気配に気づいているだろうに、飛び立つことはなく、じっと疲れを癒しているように見える。

「カルガモが居るよ。そっと見てごらん」
 夫に声を掛ける。夫もそっと見に行く。
「あの卵、温めたら孵化するかな?」
「駄目よ。野鳥だから手助けはダメ。それに殻に傷ついていたし無理よ」
 カルガモは小一時間近く居たようだ。風雨の昨夜から滞在していたのかもしれない。夫がまた見に行った時には、卵を置いて居なくなっていた。体力が復活したのだろう。飛び去って仲間の所へ戻ったに違いない。

「卵、どうする?」と夫。
「車に潰されたら可哀想だし、草叢にでも移動させたらいいかも」
 夫は、傷ついたカルガモの卵を、我が屋敷の側の叢に置いた。真夏には、黄色のカンナが群咲く場所だ。




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★17 子供たち

2024-06-16 07:31:56 | 風に乗って(風に乗って)17作


突然舞い込んできた葉書の住所が取手市になっている。マンションは県西に伸びる国道沿いにあった。実家の寺を飛び出したとか、結婚したとかの噂を聞いていたが、玄関の表札は旧姓の新谷と出ている。

「元気? あたしは元気よ。いろいろあったけど、幸せ。あなたが近くに居るのを知って、葉書書いたの。ええ。今翻訳の仕事をしているわ。嫌いだった英語が役立ってるってわけ」
 新谷優子は笑顔だった。

「子供? うん、三人。男女女。紹介するわ。今日はみんないるから」
 奥の部屋の子供たちに、大声で招集をかける。間もなく子供たちがやって来た。
「長男のレオナルド・正男。長女のシンシア・香織。次女の里織」
 三人は笑顔で挨拶する。レオナルド・正男君は金髪にブルーの瞳。シンシア・香織さんは、黒の縮れ毛に金茶の瞳。里織ちゃんは、栗毛に黒い瞳だ。
「驚きの顔ね。みんな私が生んだ子よ。父親はそれぞれ違うわ。里織は純粋の国産よ。あら、ちょっと変な言い方かしら。うふふ」
 優子は、慈愛の籠った目で子供たちを見やる。六年生の里織ちゃんを引き寄せ、肩を抱いた。
「もうじき新しいパパと一緒に暮らすのよね。四人目がお腹の中なの。今度? 日本人よ。もう、これが最後よ。あなたは、どうなの」
「私は、障害児と健常児」と言いたいセリフを飲み込んだ。

 あの頃拾われっ子と噂されていた優子が、
「子供はねぇ、授かりものだから大切に育てなきゃあ。自分の手でね」と、言った。
 寺の門柱に寄りかかって上目使いで見る癖は、もう無かった。




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★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしました。楽しんで頂けましたでしょうか?
今記事で終わりになります。拙作をお読みいただきありがとうございました。
また、宜しくお願いします。

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次記事からしばらくの間「と、ある日のこと」をお送りします。
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★16 川下り

2024-06-09 07:14:17 | 風に乗って(風に乗って)17作


「ねぇ、波が高くなったと思わない?」
 少し離れた所で夫は鼻歌混じりだ。
「ねぇったら」
「ああ、分かっているよ。さっきから風がつよくなったんだ」
 夫はゴルフクラブを二、三本載せていて、パターを器用に動かして舟を漕いでいる。
「やっぱりこれじゃ駄目かしら」
私は木製の櫓を流そうとした。
「おいおい、待てよ、その前にクラブを貸してやるから漕いでみなよ」
 夫の投げてよこした五番アイアンを使って漕いで見る。水を切るだけだ。
「ねぇ、何でこんなもので漕いでいるの。何であなたに漕げるのよ」
「俺の一番好きなモノだからだろ」

 息子と嫁は二人ともスキー板で漕いでいる。嫁が前で息子がその背に体を押し付けて、掛け声を掛けながら力を合わせている。
「スキー板は漕ぎやすい?」
「まぁね。やり方一つかな」
「スキー板でやってみようかしら」
「慣れるまで大変だと思うよ」 
 息子は別にスキー板を貸すつもりもないらしく、「ヘイホー、それヘイホー」と追い越していく。夫を見ると余裕があるのか、時々クラブを交換したり、磨いたりしている。

 私は櫓を片方の手で握ったまま、何か良いモノはないかと舟の中を見回した。
「おい、焦らずについて来いよ。ゴールはまだ先さ。そのうち追いつけばいいよ」
 夫はそれだけを言うと、両岸の景色を楽しんでいる。そして、少しずつ遠のいて行く。

 私はこんな競技に参加したのを悔やんだ。
 川幅は広くなっていた。風も一層強くなってきた。漕がなくても舟は流されている。



★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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