孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フィリピン 前大統領に終身刑判決

2007-09-18 16:36:26 | 国際情勢

(エストラダ前大統領 身から出た錆とは言え、前大統領のこんな写真が出回るのはお気の毒な感じはします。
“flickr”より By goldfiem )

フィリピンでは、汚職で拘束されていたエストラダ前大統領に終身刑の判決が出ました。
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フィリピンのジョセフ・エストラダ前大統領(70)が在任中に不正蓄財を行ったとして横領などの罪に問われていた裁判で、公務員犯罪特別裁判所は12日、前大統領に対し終身刑判決を言い渡した。一方、偽証罪については無罪となった。
 同判決をうけ、前大統領の弁護団は直ちに控訴した。

 前大統領は賄賂や公金横領などで数千万ドルを不正に蓄財したとして逮捕、起訴された。しかし前大統領は、逮捕は前大統領の支持基盤である庶民の支持を切り崩す狙いでグロリア・アロヨ大統領やフィリピンで圧倒的な影響力を持つカトリック教会が仕掛けた政治的な陰謀に基づくものだとして、一貫して無罪を主張してきた。

 判決に先立ちエストラダ前大統領は11日、国外退去を条件に無罪とするとしたアロヨ大統領からの司法取引の申し入れを2回とも拒否したことを明らかにした。
 公判期間中も豪華宿舎に勾留されていた前大統領は、他の罪状についての公判期間中も在宅起訴が認められている。【9月12日 AFP】
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「強きをくじき、弱きを助ける」といった役どころの元アクションスターのエストラダ前大統領は、「エラップ」の愛称で大衆に親しまれていました。
“男友達”という意味の言葉を逆さ読みにした言葉とか。
兄弟の多くが医者・法律家になるような中流(フィリピンの平均からすれば比較的裕福な)家庭に生まれ、大学を中退し役者になり成功しました。

30歳で政界に転身、マニラ首都圏のサンファン町長を20年弱つとめます。
その後、87年に上院議員に当選、91年には在比米軍基地の存続反対の先頭に立ったそうです。
92年には副大統領に当選と政界の階段を上ります。
犯罪撲滅、「貧しい人のための政治」を掲げるエストラダ大統領に人々は銀幕スター時代の颯爽としたイメージを重ね、特に貧しい人々の(ということは国民の大半ということですが)圧倒的な支持を得ました。
そして98年にはついに大統領に登りつめました。

大統領就任後は、貧困対策などの実績をあげることなく、愛人問題、取り巻きの株不正取引疑惑、違法とばくの上納金など、スキャンダルばかりが話題になりました。
国民の批判が高まり、早くも2000年の年末には弾劾裁判所が設置されました。
弾劾裁判はTV中継され国民の高い関心を集めました。

国民の心証は“クロ”だったようですが、裁判の構成員を大統領支持派が多く占めたことから、無罪の可能性も出てきました。
これに激高した民衆が大統領辞任を求め、エドサ大聖堂(かつてマルコス大統領を追放したエドサ革命を記念して建てられた大聖堂)前に集まり、 “エドサ革命”(ピープル・パワー)の再現を思わせる事態となりました。
当時副大統領だったアロヨ現大統領(彼女の父親もかつての大統領)やラモス元大統領もこの民衆運動の先頭に立ったそうです。
ここに至り国軍・警察幹部もエストラダを見限り、辞任支持を明らかにし始めます。
エストラダ前大統領は、大統領選挙の繰上げ実施等を提案しましたが、動きだした流れを止めることはできません。
連日の抗議集会のうねりのなか、2001年1月20日エストラダは大統領府を去り、アロヨ副大統領が“政権空白”を理由に大統領就任を宣誓、最高裁長官もこれを承認しました。

この一連の民衆運動を“民主主義実現を願う民意の表れ”と見るか、“刺激に飢えた大衆の餌食になった”と見るか、“反対勢力の扇動に引きずり下ろされた”と見るか、見方はいろいろでしょうが、まあエストラダ前大統領が議論するほどたいした実績もあげていませんので・・・。

その後の公金横領・賄賂に関する裁判については、冒頭記事にあるようにエストラダ前大統領は“陰謀”を主張しています。
確かに、エスタブリッシュメント勢力からすれば、民衆支持でのし上がった前大統領は目障りであり、また、攻撃の材料にはことかかない存在だったのかも。
“政治とカネ”に関する意識・感覚があまりにアバウトだったようにも思えます。
(他の政治家が身奇麗だと言う訳ではありませんが。)

アロヨ大統領は正規の手続きではなく、前述のような“どさくさ”のなかで大統領の座につきましたが、今回の終身刑判決は当時の政権交代を正当化するものとはなります。
しかし一方で、前大統領の人気は貧困者などを中心にまだ根強いものがあるため、“エストラダ支持、反アロヨ”の運動が起こる危険を警戒しているそうです。
マニラ市内では警察の厳重な警戒がしかれたとか。


(エストラダ前大統領の支持者達 “”より By john_javellana)

アロヨ大統領が危惧するのは、彼女の側にも国民の批判をまねく“疑惑”があるからです。
前回2004年の大統領選で、アロヨ大統領自身が中央選管幹部に携帯電話で連絡し、票の不正操作を図ったのではないかとの疑惑があるそうです。
5月の中間選で上院の過半数を確保した野党勢力は有利な情勢を生かし、疑惑に関する新たな審議を要求。再び大統領弾劾を申請する機会をうかがっているとか。【9月12日 毎日】
この野党勢力を束ねるのがエストラダ前大統領で、まだ政治的に力を失った訳ではないようです。
アロヨ大統領にすると、やがて自分の身に民衆運動の矛先が向けられるかもしれない・・・そういう状況のようです。

エストラダ前大統領の人気を示すニュースとしてはこんなものも。
「マニラ首都圏の刑務所の受刑者100人余りが「私が(エストラダ前大統領の)刑期の一部を引き受けます」と申し出る手紙を書いた。多くが、前大統領時代に死刑判決を減刑された受刑者。法的に認められるはずはないが「せめて支援の気持ちを伝えたい」と考えついたという。」【9月17日 朝日】
なにか“やらせ”くさい感じもしますが・・・。

エストラダ前大統領自身は極秘に録音されたメッセージをラジオに流したそうです。
「私はすでに6年4か月と17日間も勾留下に置かれている」「しかし、私のために祈り、支援と愛情をささげてくれるフィリピン国民のおかげで、苦難を乗り越えてきた。国民の赦しはすでに下っているのだ。私自身の身の自由はもはや重要なことではない」と述べ、フィリピン国民の情に訴えたそうです。【9月12日 AFP】
“国民の赦しはすでに下っている”とはどこから来るのか?ともつっこみたくなりますが、今後アロヨ大統領との政治取引で、“恩赦”というのは十分にありえることでしょう。


(大統領就任後初めて軍の閲兵を行うアロヨ大統領 名家のお嬢さん 小柄でかわいらしい感じではありますが・・・ 
“flickr”より By Patrick Liu )

なお、エストラダ前大統領が掲げた犯罪撲滅は未だ進んでいないようで、「フィリピン最高裁が、職務上、命の危険にさらされる全国の判事や職員に「公用銃」を持たせる検討を始めた。最高裁によると98年以降、殺された判事や職員は14人にのぼっており、安全策を求める声が高まっていた。」【9月15日 朝日】なんて記事もありました。
個人的にも、どうもフィリピン、特にマニラ近郊は治安がよくないイメージ(銃犯罪というより、詐欺の類が多いような)があって、まだ行ったことがありません。偏見かもしれませんが。






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