孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アラブ世界で広がる国民不満による混乱の兆し  チュニジア、イラク、ヨルダン、スーダン、エジプト

2018-12-27 22:55:57 | 中東情勢

(25日、チュニジア西部カセリーヌで警官隊と衝突するデモ隊=ロイター【12月27日 朝日】)

【「アラブの春」のきっかけとなったチュニジアで、再び抗議の焼身自殺】
2010年から2012年にかけてアラブ世界において「アラブの春」と称される大規模反政府デモを主とした騒乱が起きたこと、その「アラブの春」のきっかけが、2010年12月17日に焼身自殺した北アフリカ・チュニジアの一人の若者であったことは周知のところです。

シリアやイエメンのように内戦状態に陥るなど、多くの国で「アラブの春」が“失敗”に終わったとされるなかで、かろうじてチュニジアは民主的な政治をなんとか維持し、唯一の成功例とされてもいます。

しかし、そのチュニジアでも、イラク・シリアのIS参加者が非常に多かったことにも示されるように、経済状態の改善を実現できない現状政治への若者らの強い不満が今も存在しています。

「アラブの春」を引き起こした焼身自殺から8年が経過して、再び抗議の焼身自殺が起きています。

****ジャーナリストが焼身自殺、治安部隊とデモ隊が衝突 チュニジア****
チュニジア内務省は25日、西部の都市カスリーヌでジャーナリストが生活難に抗議して焼身自殺したことを受けて発生したデモ隊と警官隊の衝突で、警察官6人が負傷、デモに参加した9人が拘束されたと発表した。

ジャーナリストのアブデル・ラザック・ゾルギ氏は生前公開した映像で、「生活の糧を得るすべがないカスリーヌの人たちよ、今日私は革命を起こす。自らに火を付けるのだ」と語っていた。ゾルギ死は焼身自殺し、24日に死亡した。

ゾルギ氏の死を受けてカスリーヌ市内では24日夜から25日にかけてデモ隊と警官隊が衝突。タイヤを燃やしたりメインストリートを閉鎖したりした数十人のデモ隊に対し警察は催涙ガスを発射した。

現地のAFP記者によると、25日朝は一時落ち着いたものの、午後になるとゾルギ氏の葬儀を終えた人たちが再び市内の通りに繰り出し、カスリーヌ県庁前で警察と衝突した。警察は再び催涙ガスを発射してデモ隊を排除した。

チュニジア全国ジャーナリスト組合は、ゾルギ氏は「困難な社会情勢と希望がない状況」に死をもって抗議したとして、報道機関の大規模ストライキを検討していると明らかにした。

2010年12月、生計を立てるために行っていた路上での野菜売りを警官に禁じられた若者が焼身自殺したのをきっかけに、騒乱が瞬く間にチュニジア全土に広がった。

カスリーヌはこの野菜売りの男性の死を受けて立ち上がった最初の町の一つで、抗議デモで警察によって殺された人もいた。

当時のジン・アビディン・ベンアリ大統領は失脚し、翌年から中東の広範囲に広がった民主化運動「アラブの春」につながった。

ベンアリ氏失脚後のチュニジアは民主化し経済も成長したが、政府は今も貧しい国民生活の改善に苦慮している。 【12月26日 AFP】
********************

チュニジアでは幾度かの政治勢力間の争いはなんとかしのぎ、民主政治を維持してはいますが、経済状況は改善せず、以前から国民不満は募っています。下記は、そうした国民の不満を取り上げた、今年年初の記事です。

この今年一月の混乱のきっかけも、やはり一人の若者の自殺でした。チュニジアには、以前からのものかどうかは知りませんが、抗議の意思を込めた一人の自殺が広範な人々による抗議活動につながるという風潮が存在するようです。

****「アラブの春」発祥の地、再燃する民衆の怒り****
チュニジアで経済的苦境に不満の声を挙げる若者が増えている

約7年前、チュニジアの果物売りの男性が焼身自殺したことが、アラブ世界で独裁政権を打倒する革命の波「アラブの春」を生んだ。
 
そのチュニジアでは現在、物価の高騰や生活必需品の増税を含む政府の新年度予算に抗議の声を挙げる若者が増えている。こうした抗議行動は、チュニジアの経済的な苦境をめぐる国民の強い不満を反映している。

活動家らは、失業中の修理工が生活苦から自殺したとの話を聞いて抗議行動への参加を決めた人が少なからずいると語る。
 
2011年の「アラブの春」により、チュニジアでは広範な表現の自由と民主的選挙が実現した。しかし同国の革命は繁栄をもたらさず、追放されたジン・アビディン・ベンアリ元大統領が創設した警察国家も解体されなかった。
 
修理工のラドワン・アッバシさん(29)は、アルジェリアとの国境に近いサキエシディユセフでコンクリートの小さな家に母親(74)と住み、何年も職探しをしていた。母親によると、アッバシさんは1月5日に職業紹介所から怒りながら帰ってきたが、翌日に自宅近くの交差点で木に首をつっているのが見つかった。

その日、当地では多くの人が道路にテントを設営し、アルジェリアとの国境を閉鎖。その状態は数日間続いた。
翌週、10カ所以上の都市や町で、新年度予算に抗議するデモが起こった。800人近くが逮捕され、少なくとも1人が死亡した。

活動家らによれば、アッバシさんの自殺のニュースはソーシャルメディアで拡散され、さらに多くの人が街頭に繰り出すことにつながったという。
 
「人々の希望は壁にぶち当たっている」。首都チュニスで腐敗撲滅活動を行っているハシェム・スハイリ氏はこう語り、「革命は道である。我々は今もなおその途上にある」と続けた。
 
中東各地で、貧困層や労働者層が体制への怒りを口にしている。昨年末にはイラン各地で反政府デモが起こった。デモ発生の一因は、評判の良かった生活補助プログラムの削減を盛り込んだ予算案が発表されたことだった。

モロッコでは昨年、警察が没収し廃棄した魚を取り戻そうとした魚売りの男性が、ゴミ収集車に巻き込まれて死亡したのをきっかけに、抗議行動が広がった。
 
国際労働機関(ILO)によれば、チュニジアの若年層失業率は35%超で、2010年の29%から上昇している。一方、世界銀行によると、同国の2017年上半期の経済成長率は1.8%にとどまり、10年の3.5%を下回った。(後略)【1月25日 WSJ】
********************

絶望的な不満が怒りの温床として広く存在していますので、抗議の焼身自殺といった“点火”で、火は大きく燃え広がります。

【イラク・バスラの抗議行動も再燃】
上記記事は昨年におけるイランやモロッコにおける貧困層や労働者層の体制への怒りにも触れていますが、今現在もアラブ世界の多くの国で、同様の不満が噴出しています。

総選挙は行われたものの、各政治勢力の党利党略で一向に新政権が実現せず政治空白が続いたイラクでは、今年7月に南部の油田地帯バスラなどで、高い失業率や、電気や水道などの公共サービスが行き届かないことに対する市民の抗議デモが続きました。

その不満が,今月再び噴出しています。

****バスラでの抗議活動の再開(イラク)****
イラクのバスラでの抗議活動(水、電気の不足等のインフラ問題から始まり、失業、物価高、さらに政府の腐敗と無能等に対する抗議)については当時、何度も報告したかと思いますが、流石の抗議活動もしばらくは平静になっていた模様ですが、al arabiya net は、しばらく静かであったバスラで再び抗議活動が活発化した、と報じています。(後略)【12月3日 中東の窓】
*********************

****バスラで2週連続反政府デモ****
イラク南部バスラの地方政府庁舎前で21日、気勢を上げる反政府デモ隊。汚職や不十分な公共サービスに抗議し、職を求めるデモが2週連続で行われた【12月22日 共同】
*****************

新首相は一応10月末に承認されて新内閣はようやくスタートしましたが、その時点では、対立勢力の反対で閣僚22人のうち国防相、内相など主要閣僚を含む8ポストが空白のままの新内閣発足でした。今現在どうなっているのかは知りません。

【“奇妙な生存能力”を発揮してきたヨルダン王制でも大規模抗議デモ】
王制を保つ形で、政治的には比較的安定しているヨルダンでも大規模抗議デモが報じられています。

****所得増税めぐり大規模な抗議デモ、ヨルダン首都****
ヨルダンで(12月)13日、所得増税に抗議する数千人規模のデモ隊が首都アンマンの首相府前に集結し、治安部隊が首相府を封鎖する騒ぎとなった。
 
ヨルダン政府は公的債務の削減を掲げて緊縮政策を推進しているが、国際通貨基金の勧告に基づく当初の税制改革法案は今年6月、高い失業率と物価上昇に苦しむ国民の猛反発を招いた。

1週間続いた抗議デモを受け、ハニ・ムルキ前首相は辞任。アブドラ・ビン・フセイン国王が法案の見直しを求める中、後任のオマル・ラッザーズ首相は法案の撤回を発表していた。
 
しかし、ヨルダン議会は先月18日、税制改革改正法案を承認した。改正案でも、当初案に盛り込まれていた被雇用者の所得税を少なくとも5%、企業は20〜40%増税する点に変更はない。
 
ヨルダンではこの2週間に小規模なデモが相次ぎ、地元メディアによるとこれに関連して24人が拘束されている。
 
天然資源が少ないヨルダンは対外援助に大きく依存しており、失業率は18.5%に達している。同国は湾岸地域の安定に不可欠とみなされており、抗議デモを受けてサウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートの3か国は10月、総額25億ドル(約2800億円)の支援をヨルダン政府に提供した。 【12月14日 AFP】
*******************

ヨルダンは“小国”ながら、政治勢力が複雑に絡み合う中東世界にあって、非常に重要な“地政学的”地位を占めています。

そのため、ヨルダンで混乱が生じると、事態の深刻化を防ぐため、アメリカやサウジなどアラブ諸国から支援の手が差し伸べれます。

また、国王が首相の首を切って新たな首相に挿げ替えて国民の怒りを鎮めるという、王制ならではの対処方法も一定に奏功します。

そもそも、ヨルダンの抗議行動自体が、流血の事態に発展する他のアラブ諸国に比べると、非常に“平和的”とも指摘されています。

****小王国ヨルダンの奇妙な生存能力****
(中略)
抗議デモは儀式のよう 
(中略)同時にアラブの春から重要な教訓を学んだ王室は、治安部隊に強硬な措置を控えるよう命じた。

そのため首都アンマンでの抗議デモは、警察と活動家の双方が抵抗の儀式を演じているような感じで、警戒する警官に市民が食べ物を振る舞う光景も見受けられる。
 
これがヨルダンの安定を維持している第3の要囚、大衆運動の自己抑制的な性格だ。この国の抗議行動は爆竹のようなもので、すぐに破裂するが、すぐに沈静化する傾向がある。
 
ヨルダンではあらゆる種類の抗議行動を含め、公共の場所での行動を支配する暗黙のルールが存在する。

抗議デモはあくまで平和的で、死者は過去10年間で1人だけ。デモ隊が警官を襲撃したり王室の正当性に異論を唱えたりしない限り、誰も傷つかない。

隣国シリアの激しい内戦に対する恐怖が、抗議行動の過激化と政治の混乱を抑止している而もある。
 
慢性的な財政危機、大規模な抗議行動、王室の対応は「危機、抵抗、政治的均衡」というヨルダンの日常的なサイクルの一部だ。

治安部隊がいきなりデモ隊に発砲するとか、外国の援助が打ち切られるといった劇的な変化がない限り、このサイクルは今後も続きそうだ。
 
結局、ヨルダンはいつものように生き残るだろう。経済的繁栄とは無縁のままで。【7月3日号 Newsweek日本語版】
*******************

今回の抗議デモも、このヨルダン的対応の範囲内に収まるのかどうか・・・・

【長期政権への不満に揺れるスーダン・バシル政権】
ひと頃はダルフール紛争における民族浄化的弾圧で非常に国際的評判が悪かったスーダンのバシル大統領ですが(国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪などの容疑で逮捕状が出ています)、分離独立した南スーダンの混乱の一方で、このところはスーダン・バシル政権の話は国際的にはあまり聞かれませんでした。

しかし、さしもの長期政権も反政府活動に揺らいでいるようです。

****揺らぐスーダン デモ収まらず政権弱体化浮き彫り****
アフリカ北東部スーダンで、反政府デモが1週間以上続き、治安部隊との衝突も相次いでいる。25日には首都ハルツームの大統領官邸に向かう「数千人規模」(地元記者)のデモ隊を治安部隊が阻止。催涙弾や実弾が使われたという。

だが、29年にわたり強権支配を続けてきたバシル大統領に対する退陣要求は収まらず、政権の弱体化が浮き彫りになっている。
 
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、これまでに少なくとも37人が死亡した。25日の衝突では、白煙の中を逃げ惑う人々や銃撃を受けて運ばれる負傷者の映像がインターネット上に投稿された。
 
近年では最大規模のデモで、参加者は「国民は体制打倒を望む」と、2011年の中東諸国での民主化要求運動「アラブの春」のスローガンを唱えている。
 
デモは今月19日、物価高騰への不満が引き金となり、東部アトバラで始まった。政府補助金の削減により、パンが年初に比べ3倍に値上がりし、市民生活を直撃した。今年のインフレ率は70%。銀行では少額の現金しか引き出せず、ガソリンスタンドには長蛇の列ができている。
 
長期政権の汚職や失政に対する批判も噴出。「バシル氏の退陣を求める声が、瞬く間に各地に広がった」(政治アナリストのファイザル・モハメド・サリ氏)。医師らも抗議に呼応して、ストライキを起こしている。
 
国営スーダン通信によると、バシル氏は「わが国の発展を妨害する裏切り者や外国のスパイがいる」とデモを非難する一方、経済改革を約束した。だが、具体策は示しておらず、市民はデモを継続する構えだ。
 
スーダンは油田地帯を抱える南スーダンの分離独立によって、石油収入が落ち込んだ。17年に米国の経済制裁が20年ぶりに解除されたが、通貨下落が続いている。
 
ファイザル氏は電話取材に「人々はバシル政権こそ問題の根源と考えており、政権の正統性が揺らいでいる」と指摘。政権基盤である軍の支持も盤石ではないという。「デモが長期化すれば、軍が政権存続に見切りを付ける可能性がある」と語った。
 
バシル氏は1989年にクーデターで政権を奪取。強権支配を続け、欧米諸国から「独裁」と批判された。30万人の犠牲者を出した西部ダルフール地方の紛争を巡って、国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪などの容疑で逮捕状が出ている。【12月27日 毎日】
*******************

【「黄色いベスト」波及を警戒するエジプト・シシ政権】
中東の地域大国エジプトも、シシ政権が国民不満を抑えるのに躍起となっています。

****エジプトで「黄色いベスト」の販売規制 仏デモの波及懸念?****
エジプトの貿易業者の話によると、フランスの反政府デモ「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動を受け、エジプト当局が黄色いベストの販売を非公式に規制しているという。自国へのデモの波及を懸念しているためとみられている。
 
AFPの取材に応じたある輸入業者は、「1週間ほど前、黄色いベストの販売は対企業のみに限り、個人には売らないようにと警察から指示を受けた」と証言。また首都カイロの繁華街で取材に応じた複数の販売業者によると、警察の指導により黄色いベストの販売が禁止されたという。(中略)

エジプトでは2011年、ホスニ・ムバラク大統領(当時)の退陣を求める大規模デモが全土に拡大し、長期政権を築いた同氏は辞任に追い込まれた。 【12月12日 AFP】AFPBB News
***************

各国それぞれの事情があっての混乱・抗議活動ですが、今のところはいずれの国でも政権を窮地に追い込むまでには至っていません。

ただ、こうした抗議行動は“伝染”しやすく、一つの国で政権崩壊に至ると、次々に波及する可能性があります。そうした事態を招くような不満の土壌が各国に存在しているということです。



コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 米中対立 通商・知的財産権... | トップ | 中国  文革・毛沢東に共感... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

中東情勢」カテゴリの最新記事