孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

旧ユーゴスラビア国際法廷  セルビア人勢力と敵対した旧ユーゴ紛争の大物戦犯が次々と無罪

2012-12-03 22:57:20 | 欧州情勢

(中央がハラディナイ旧コソボ自治州元首相 2008年の一審無罪後の2009年当時の写真 どういう状況の写真かは全く分かりませんが、雰囲気的には完全に政界実力者として復権している感じです。少なくとも戦争犯罪人といった感じは微塵もありません。 “flickr”より By Aleanca Për Ardhmërin e Kosovës http://www.flickr.com/photos/ramush_haradinaj/4055500254/

【「今日の判決は地域の安定に貢献せず、古い傷を開くだろう」】
セルビア、コソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアなど旧ユーゴスラビアにおける戦争犯罪を裁く国連旧ユーゴスラビア国際法廷(オランダ・ハーグ)の設立目的は以下の二つです。
(1)1991年以後の旧ユーゴスラビア領域内で行われた、民族浄化や集団レイプなどの深刻な国際人道法違反について責任を有する者を訴追・処罰する。
(2)旧ユーゴスラビアにおける和解を促進することにより平和再建に貢献する。

(1)の方は、正しいかどうかは別にして、裁判において何らかの判断を下せば一定の結果ともなりますが、(2)の「和解」は非常に実現困難な目的です。
起訴されている人物は、一方の側には非人道的な戦争犯罪人ですが、相手側では民族の英雄として扱われています。有罪にしろ、無罪にしろ、その判決は結果として双方の怨念を深める恐れがあります。

****クロアチア元将軍に無罪 旧ユーゴ法廷上訴審****
国連旧ユーゴスラビア国際法廷(オランダ・ハーグ)の上訴審は16日、1990年代前半のクロアチア紛争で、セルビア人の大量殺害に関わったとして、人道に対する罪などに問われたクロアチア軍元将軍アンテ・ゴトビナ被告(57)に無罪判決を出した。禁錮24年の一審判決は破棄した。

元将軍は95年、クロアチアからのセルビア人の強制的な追放や殺害をした「嵐作戦」を指揮し、「民族浄化」を試みたとして、昨年4月に有罪判決を受けた。
しかし上訴審は、元将軍らの軍事行動は不法とは言えず、民族浄化を目的とした証拠はない、と結論づけた。ゴトビナ元将軍と同様の罪で、一審で禁錮18年の刑を受けた元特別警察作戦指揮官のムラデン・マルカッチ被告(57)にも無罪を言い渡した。両被告は無罪が確定し、16日午後に釈放された。

クロアチアの一部では、ゴトビナ元将軍は民族を守った英雄とされてきた。一方で、欧州の他国からは批判が根強い。欧州連合(EU)は2013年7月の加盟が決まったクロアチアに対して、加盟交渉を進めるにあたって元将軍の逮捕を条件に挙げたほどだ。元将軍は05年12月、逃亡先のスペインで拘束された。

AFP通信などによると、首都ザグレブの中心部では大勢の市民が集まり、無罪判決を祝福。一方で、セルビアのニコリッチ大統領は「法による判決ではなく、政治的決定をしたのは明らかだ。今日の判決は地域の安定に貢献せず、古い傷を開くだろう」との声明を出した。 【2012年11月17日 朝日】
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ゴトビナ元将軍については、“起訴状によると、ゴトヴィナにはクロアチアのセルビア人への犯罪行為に対して、指揮官としての責任と個人としての責任の両方があるとされている。彼の部隊が人道に対する罪や戦時国際法における交戦法規違反行為を犯したともされている。嵐作戦の間、200,000から250,000人のセルビア人が追放され、少なくとも150人が殺害されたと見られている。ゴトヴィナの部隊は発砲、放火、刺殺、セルビア人達が二度と戻ることが出来ないように彼らの住居の多くを破壊した容疑が科されている。”【ウィキペディア】といった人物です。

ゴトビナ元将軍本人も「釈放されるとは予想していなかった」ような逆転判決で、裁判官の判断も「3対2」ときわどいものでした。
無罪判決の理由は、(1)砲撃は軍事目標に向けたもので、数百メートルの誤差で住居などに着弾したのはやむえない。
戦時の砲撃そのものは違法でないので交戦法規違反ではない、(2)民間人(セルビア人など)の強制移住などは批判されるべきものだが、両被告がそれらの政治決定に関与した証拠はない・・・・といったものだったようです。
【千田善氏(元日本代表通訳)『オシムの伝言』公式ブログ http://info.osimnodengon.com/?eid=518より】

上記、千田氏の『オシムの伝言』公式ブログによれば、クロアチア・サッカー連盟が、クロアチアにとっては英雄でもある釈放された2将軍を来年3月のワールドカップ予選「クロアチア対セルビア」に招待すると発表したことで、両将軍を戦争犯罪人とするセルビア側が反発を強め、ちょっとした騒動になっているようです。

なお、元サッカー日本代表監督であるオシム氏が何故この問題に関係するかと言えば、民族別に3つに分かれているボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会が統合を拒否したためにFIFA、UEFAから資格を停止され、その解決のために設置された「正常化委員会」の委員長にボスニア・ヘルツェゴビナのサラエヴォ出身であるオシム氏が就任しているためです。

ボスニア・ヘルツェゴビナは先の内戦以来、ただでさえ民族間の対立が厳しくサッカー協会の統合もできない状況なのに、旧ユーゴ法廷の判決を巡って旧ユーゴ内の民族対立が刺激されると、その影響はすぐにボスニア・ヘルツェゴビナにも及ぶことになります。

【「セルビア人に対する犯罪への恩赦だ」】
11月29日、敗戦国セルビアにとっては、上記ゴトビナ元将軍の裁判に更に追い打ちをかけるような旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷の判決が下されました。
こんどはコソボ紛争当時の(セルビアにとっての)戦争犯罪被告人が無罪とされています。

****旧ユーゴ:国際戦犯法廷、ハラディナイ元コソボ首相を無罪****
旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)は29日、90年代のコソボ紛争当時に迫害や殺人などを主導したとして人道に対する罪や戦争犯罪に問われていたハラディナイ旧コソボ自治州元首相(44)に無罪を言い渡した。元首相は釈放される。元首相はコソボ紛争時の英雄で釈放後、コソボ政権に参加する意欲を見せている。

戦犯法廷は16日にもクロアチア内戦時の「英雄」だったゴトビナ氏(57)を無罪としている。セルビア人勢力と敵対した旧ユーゴ紛争の大物戦犯が次々と無罪になる事態にセルビア政府報道官は「セルビア人に対する犯罪への恩赦だ」と非難しており、民族対立の高まりが懸念される。

戦犯法廷は29日の判決で元首相が殺人などに「関与した証拠はない」とした。
ハラディナイ元首相は当時、旧ユーゴ・セルビア共和国の支配下にあったコソボ自治州で、多数派のアルバニア人による独立を目指す「コソボ解放軍」を指揮。04年に自治州首相となった。98年、コソボ西部でセルビア系住民などに対し追放や拷問、殺人を行った疑いが持たれ、05年に戦犯法廷で起訴された。08年に証拠不十分で無罪とされたが、10年から再審が行われた。

コソボの首都プリシュティナでは数百人の住民が集まり元首相の無罪判決の速報を花火などで祝った。一方、セルビアのニコリッチ大統領はクロアチアのゴトビナ氏の無罪判決の際、「戦犯法廷は政治的判決を下している」との声明を出している。【11月29日 毎日】
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08年に続き、今回改めて無罪となったハラディナイ旧コソボ自治州元首相ですが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷に自発的協力姿勢を見せたことで、西側では非常に評価が高い人物のようです。

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ハラディナイはたった100日首相を務めた後、デン・ハーグにある旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷によって戦争犯罪の疑いで起訴された。起訴状によると、ハラディナイはコソボ解放軍の司令官として、1998年3月から9月にかけての人道に対する罪や戦時国際法への違反の責任があるとした。その目的は地域の支配権を獲得するために、セルビア人、ロマ、および反対するアルバニア人の市民を攻撃対象としたというものであった。2008年4月3日、ハラディナイは全ての嫌疑について無罪となった。

アメリカ合衆国の上院議員、ジョセフ・バイデンはハラディナイの起訴について、以下のように述べている:
「ユーゴスラビア崩壊後の状況の中で、ハラディナイ氏による自発的なハーグ(ICTY)への投降は際立っている。ハラディナイ氏の決定は、ハーグに訴追されている最も悪名高い3人の人物、いずれも投降を拒否して未だ逃亡を続けている、ボスニアの元セルビア人勢力の将軍ラトコ・ムラディッチ、ボスニアの元セルビア人指導者ラドヴァン・カラジッチ、クロアチアの元将軍アンテ・ゴトヴィナらとは極めて対照的である。

ハラディナイは自身の声明の中で、自身を法廷にゆだね、紛争中および紛争後の自身の行動に関してあらゆる人物による調査を受け入れ、自身の行動が全て合法かつ正当なものであることを明かすことを望んでいるとした。
(中略)
ICTYによる起訴状は2005年3月に発行され、ハラディナイはその直後に首相の地位を辞することを決めた。その後ハラディナイは自発的にデン・ハーグへ向かい、保釈が認められるまでの2ヶ月間をデン・ハーグで過ごした。ハラディナイはその時、暴力や市民暴動を止めるための言動で、国際危機グループやジョセフ・バイデン、後のイギリス防衛大臣ロビン・クックをはじめ多くから賞賛を受けた。
当時の国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)の首班、セーレン・イェッセン=ペーテルセンは、ハラディナイを「友人」と表現し、「躍動的な指導力、強い責任感と志向」をもった人物であると評した。
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こうした国際社会(セルビアを除く)の風潮に対し、ICTYの主席検事であるカルラ・デル・ポンテは、「ハラディナイの仮釈放の決定によれば、ハラディナイはコソボの安定要因だということになっている。私は決してそうは思わない。私にとって、ハラディナイは戦争犯罪者である」「コソボの難しさは、国際連合の指導者も、NATOも、誰も我々を助けようとしないことだ。」と苛立ちを語っています。

敗者セルビアの鬱屈した不満
上記【ウィキペディア】の記載で、今はアメリカ副大統領となっているジョセフ・バイデン氏が“ハーグに訴追されている最も悪名高い3人の人物”として挙げている3名は、いずれもすでに拘束され、ゴトビナ元将軍は逆転無罪となったことは冒頭で取り上げたとおりです。
残り2名はセルビア側の人物であるムラディッチ被告とカラジッチ被告です。

ムラディッチ被告については5月16日に裁判が始まっています。
先行しているカラジッチ被告の裁判については、下記のように報じられています。

****カラジッチ被告「私は表彰されるべき」、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷*****
オランダ・ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)で16日、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(1992~95年)当時の残虐行為で人道に対する罪などに問われている元セルビア人指導者、ラドバン・カラジッチ被告(67)の公判が開かれた。カラジッチ被告は、自分がボスニアにおける紛争を回避しようと全力を尽くしたことは評価されるべきであり、また、ジェノサイド(大量虐殺)が起きるなど誰も想像していなかったと主張した。

カラジッチ被告は、10万人以上が死亡し、数百万人が避難を余儀なくされたボスニア・ヘルツェゴビナ内戦当時の1995年7月にスレブレニツァで8000人近くのイスラム教徒の成人男性と少年が殺害された、第2次世界大戦後としては欧州最悪の虐殺の首謀者の1人として罪に問われており、有罪になれば終身刑が言い渡される可能性がある。虐殺は、ラトコ・ムラディッチ被告の率いるボスニアのセルビア人部隊によって実行された。

カラジッチ被告は、「私は、私の行った全ての善行で表彰されてしかるべきだった。なぜならば私は、紛争を阻止し、人の苦しみを減らすため、人間の能力で可能な範囲内で全力を尽くしたからだ」と抗弁した。「私のみならず私の知る誰もが、セルビア人以外へのジェノサイドが起きるとは思っていなかった」とカラジッチ被告は述べた。

■穏やかなイメージを打ち出し自らを弁護
黒いスーツに薄い青色のシャツ、ストライプの青のネクタイをしめてリラックスした様子のカラジッチ被告は、落ちそうな眼鏡を鼻にかけて、ときおり笑顔を浮かべ、まるで裁判所で授業をしている教師のようなイメージを作り出していた。だが、カラジッチ被告の発言は、虐殺の生存者や犠牲者の遺族たちが座る満員の傍聴席から疑いの声や冷笑を浴びせられた。

「私は穏やかで寛容な男だ。他人を理解する大きな許容力を持っている」と、内戦前は詩人で精神科医だったカラジッチ被告は語った。「私はイスラム教徒にも、クロアチア人に対しても、何の反感も持っていない」と述べ、カラジッチ被告は内戦前の自分の理容師はイスラム教徒だったと付け加えた。

カラジッチ被告は、1991年のユーゴスラビア解体以後、ボスニアに住むセルビア人たちは、武装を始めたイスラム教徒とクロアチア人たちがセルビア人のジェノサイドを計画していると信じるようになったと主張した。「公然の事実だった。われわれは袋小路に追い込まれたのだ」

カラジッチ被告は2008年にセルビアの首都ベオグラードのバスの中で逮捕され、2009年10月から裁判が行われている。
また16日は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で裁判が行われる161人の戦争犯罪容疑者の最後の1人、クロアチア紛争中(1991~95年)のセルビア人勢力の指導者ゴラン・ハジッチ被告の裁判が始まり、同法廷にとって歴史的な1日になった。【10月17日 AFP】
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旧ユーゴの内戦においては、セルビアの非人道的行為・民族浄化がクローズアップされ、国際社会の非難が集中し、そうした国際世論を背景にしたNATOによる空爆などもあってセルビアは敗戦国となっています。
ただ、非人道的行為は別にセルビアだけでなく、他の民族側にも多かれ少なかれあった・・・という指摘も内戦終結後なされています。

罪を問われるべき事実が実際にあったかどうか・・・という問題とは別に、セルビア側のムラディッチ被告とカラジッチ被告が厳しく糾弾され、クロアチアのゴトビナ元将軍やコソボのハラディナイ旧コソボ自治州元首相が無罪とされ民族的英雄として祝福される・・・・という現実は、セルビア国民にとっては納得し難いものでしょう。
ただ、復興への道としてEU加盟を目標にするセルビアなど旧ユーゴ諸国にとっては、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷における戦争犯罪人の裁判がEU側からの条件となっており、これに従わざるを得ない状況にもあります。
そこがまた、不満を深くさせるところでもあります。


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