孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

モロッコ  英明な国王夫妻のもとでの改革 それでも消えない人権問題・社会不安も

2018-01-08 22:36:00 | 北アフリカ

(モロッコの抗議運動リーダー、ゼフゼフィの逮捕に抗議して釈放を求める支持者たち(昨年6月)【2017年10月31日 Newsweek】)

サルマ妃のもとで進んだ女性の権利向上
先ほど夕食を食べながら何気にTVを観ていると、「世界プリンス・プリンセス物語」(NHK)という番組をやっていました。

“池上彰と有働由美子が世界の王室を探る”という番組ですが、その冒頭で北アフリカ・モロッコのサルマ妃を取り上げていました。

美貌と知性を併せ持った平民の女性が英明な国王と結婚し、女性の権利向上に大きな役割を果たしている・・・・という趣旨の番組内容でしたが、それは一定に事実のようです。

モロッコではイスラム社会にあって女性は“影の存在”でしたが、国王の妃の名前が公表されたのも、結婚式が公開されたのも、妃の顔が公にされたのもサルマ妃が最初のことでした。

****美と教養を併せ持つ世界の王妃(写真特集*****
モロッコ王室のラーラ・サルマ妃は国を変革させた人物だといえる。ムハンマド6世とサルマ妃が初めて出会ったのは1999年初頭で、当時サルマ妃はまだ大学生であった。

サルマ妃は皇太子であるムハンマド6世がプライベートで開いたパーティーに招かれ、ムハンマド6世はここで王妃に一目惚れする。その後二人は交際を始め、最終的にムハンマド6世がプロポーズした。

しかし、サルマ妃はすぐには受け入れず、皇太子にある条件を出した。それはなんと「王室の一夫多妻制を止め、自分一人だけを妻として娶ること」であった。【2014年4月28日 Japanese.CHINA.ORG.CN】
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2005.2.25放映の「NHKBS地球街角アングル」によれば、1957年制定の家族法では
・妻は保護者である夫に従うこと
 ・女性は結婚に際し男性家族の許可を得ること
 ・一夫多妻を認める
 ・夫は同意なく妻を離婚することができる
といった内容でしたが、ムハンマド6世とサルマ妃のもとで2004年2月に制定された新家族法では
・家庭における夫婦の責任を同等とする
 ・女性は自分自身で結婚を決めることができる
 ・結婚時に妻は夫に複数の妻を持たないよう求めることができる
 ・女性からも離婚を請求できる
 と、大幅に女性の権利が認められています。【「現代世界をどう捉えるか」より】

2004年1月には家庭裁判所が初めて創設されています。

ただ、2005年の上記番組では“新家族法は、まだまだ国民全体に根付いていないのが現状です。その原因の一つは、女性の教育の遅れです。”という現状も紹介されています。

それから10年以上が経過して状況は変わっているのでしょうが、女性に関してはまだまだ改善の必要があり、改善に向けた取り組みも行われていると思います。

****不当な刑法で身の危険にさらされる女性たち****
2012年3月、モロッコ人少女アミーナ・フィラリさん(16歳)は、自分を強かんした相手との結婚を強要されたため、殺鼠剤を飲み自殺した。

フィラリさんのような悲劇は、モロッコでは珍しいケースではない。刑法第475条によれば「強かん犯罪者は被害者と結婚するとその罪を免れる」と されているからだ。しかし、今回の悲劇的な死はモロッコ社会に大きな衝撃を与え、今年1月にはこの常軌を逸した条項の改正を強く訴える動きが起 こった。

アムネスティなどの人権団体はこれに賛同する一方、女性や少女たちを暴力や差別から守るには、第475条以外のいくつかの条項も改定する必要があると訴えた。(中略)

女性を守るには不十分な新憲法
モロッコは2011年7月、男女平等を保障する新憲法を採択した。しかしアムネスティは、女性や少女らを暴力や差別から守る上で、その条項は十分ではないと考えている。

女性の権利を保護する上で重要なのは、モロッコの法律が国際人権基準に合致しているかどうかである。単なる法律の改正だけでは不十分だ。女性が男 性と同等の権利を得ることができない社会では、法律だけでなく、社会に根差した考え方が女性差別に結びついている。

警察や司法当局は、女性や少女らが受けた暴力の申し立てに対してどのような点に配慮して対応すべきか、また、被害者のいわゆる名誉やモラルではなく、彼女たちの身をどう守るべきか。警察や司法当局の教育を抜本的な施策に入れるべきである。【2013年3月11日 アムネスティ国際ニュース】
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上記事件を受けて、モロッコでは抗議運動が激化し、2014年に加害者の刑事免責を定めた条項が撤廃されています。

「強かん犯罪者は被害者と結婚するとその罪を免れる」というルールは、モロッコだけでなく中東・北アフリカのイスラム国家で多くみられますが、国内外の批判を受けて近年その改正が進んでいます。

****性暴行犯「結婚すれば赦免」、非難受け次々撤廃=中東各国****
中東や北アフリカのアラブ諸国で、性的暴行の加害者が被害者と結婚すれば罪を問われないと定めた旧態依然の法律の撤廃が相次いでいる。

人権団体から「暴行犯との結婚強要」と非難がやまず、こうした国々での女性の権利向上を阻害してきた。同様の規定が残る各国へさらに波及するか、期待が集まっている。
 
レバノンの首都ベイルートでは昨年12月、赤く染まる包帯を巻いたウエディングドレス姿の女性が街頭に繰り出した。男性が性的に暴行した女性と結婚した場合、一定の条件で男性を訴追停止とする刑法に反対するデモだった。
 
ある調査結果では、こうした「赦免」を知っていたレバノン国民はわずか1%で、6割が廃止に賛成した。国会は16日、こうした世論の後押しも受けて規定撤廃を承認。地元のNGOは「女性の尊厳の勝利だ。無理やり暴行した罪からはもはや逃れることはできない」と評価した。
 
同様の規定は、エジプトでは1999年に撤廃された。結婚を強要された16歳の少女が自殺し、法改正を求めるデモが起きたモロッコでも2014年には廃止された。
 
加害者と被害者の結婚では、暴行や虐待が一生続く危険もある。にもかかわらず、性的事件が公になって不都合を被りたくない一族の圧力を受けて結婚させられ泣き寝入りすることも少なくない。根深い因習に阻まれ、撤廃の動きは遅れていた。
 
7月にチュニジア、今月1日にはヨルダンの国会で撤廃が認められ、バーレーンでも見直しが進んでいる。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによると、似たような赦免はイラクやクウェート、アルジェリアなどの中東・北アフリカに加え、中南米の一部やフィリピン、タジキスタンでも認められている。【2017年8月17日 時事】
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王室は社会安定装置たりうるか?】
冒頭紹介した「世界プリンス・プリンセス物語」(NHK)では、池上彰氏が、多くの共和制の中東・北アフリカ諸国が「アラブの春」で混乱する中で、王制モロッコがその混乱を免れたことを取り上げ、王室の存在が社会安定に寄与しているのでは・・・といった趣旨の発言もありました。

共和制・大統領制国家では誰でもトップになれる権利を有しているため、多くの者が権力を目指し、あるいは軍が武力を背景にクーデターを起こし、社会が混乱することも・・・・。

モロッコやヨルダン、サウジアラビアなど王制国家が比較的安定しているのに対し、「アラブの春」を経験した多くの共和制国家が(比較的民主化が進んでいる、それ故に「アラブの春」のスタート国家にもなったチュニジアを除き)改革に失敗した・・・というのは事実ではありますが、それをもって王室・王制の社会安定効果を一般化していいかどうかは、慎重に判断すべきところです。

混乱を伴う民主主義よりは、英明君主による賢人政治や共産党一党支配の優位性を正当化する話にもつながってきます。(もちろん、池上氏もそこまでの趣旨ではなく、単に「アラブの春」の一側面として触れたにすぎませんが。ブータンが上からの改革で民主制を導入した際に、「今の王制で十分じゃないか」と反対する国民に、前国王が「今はりっぱな王様だからいいが、悪い王様になったら困るだろう」と説得した・・・という話も)

見方によっては、批判・混乱のないところからは前進も生まれないとも言えます。混乱は改革・前進のための陣痛のようなものかも。

「アラブの春」にしても今回は多くの国で失敗しましたが、これで終わった話でもなく、今後、第二・第三の「アラブの春」が形を変えながら繰り返されるのではないでしょうか。

モロッコでも改革を求める空気が
「アラブの春」は起きなかったモロッコですが、そうした改革を必要とする社会問題が無い訳ではなく、昨年末には一部不穏な空気もありました。

****アラブで高まる「第2の春」の予感****
<中東各国で強権支配が一段と強化されるなか、人々の怒りのマグマは再び煮えたぎっている>
アラブ世界で吹き荒れた民主化運動の嵐「アラブの春」の幕開けから6年余り。11年当時と比べ、アラブ人の生活はさらに耐え難いものになっている。

中東と北アフリカでは15~24歳の若年層が総人口に大きな割合を占めているが、失業は今も深刻で、若者は希望が持てない。しかも、この地域の政権は軒並み市民の政治的な発言を封じ込め、民衆の抗議に暴力で応じる姿勢を強めてきた。

アラブ諸国は「強権支配の罠」から逃れられないようだ。エジプト、サウジアラビア、さらにはモロッコでも、その病弊が表れている。

革命はしばしば裏切りに終わる。いい例がエジプトだ。アブデル・ファタハ・アル・シシ大統領の強権体質は、11年の騒乱で失脚したホスニ・ムバラク元大統領より始末が悪い。(中略)

サウジアラビアと同様、モロッコの王制も「アラブの春」の影響をほとんど受けなかった。国王モハメド6世が世論に耳を傾け、国王の権限を縮小する憲法改正と選挙の前倒し実施という賢明な対応を取ったからだ。

「上からの革命」が必要
そのモロッコが今、「アラブの春」前夜のチュニジアを彷彿させる危機に直面している。チュニジアで民主化運動が高まったきっかけは10年暮れ、露天商の若者が路上で野菜などの売り物を警官に没収され、抗議の焼身自殺をしたことだった。

モロッコでは昨年10月、魚売りのムハシン・フィクリが当局に押収された魚を取り戻そうとしてゴミ収集車の粉砕機に巻き込まれ、死亡する悲劇が起きた。

この事件が起きたのは、ベルベル人が多く住み、歴史的に抵抗の戦いで知られる北部のリフ地方。多くの住民が当局の仕打ちに怒り、抗議の波はすぐさま全域に広がった。

革命の機運が高まる時期には、無名の人物が民衆の指導者として頭角を現すもの。リフ地方では、39歳の失業中の男性ナセル・ゼフザフィがその役を担った。

彼はインターネットで公開された動画で、政府の腐敗とモロッコの「独裁体制」をベルベル語で痛烈に批判して逮捕された。ゼフザフィの演説は多くの人々を動かし、今年6月には首都ラバトで大規模な抗議デモが行われた。

国王はリフ地方の経済開発に力を入れる姿勢を見せており、国民の不満をくみ取る点では他のアラブ諸国に一歩先んじている。

実際、為政者が人々の声に耳を傾けて「上からの革命」に着手しなければ、はるかに激烈な「下からの革命」が荒れ狂うのは必然の成り行きだ。

若年層の怒りは荒れ狂う魔神のようなもの。魔法のランプから抜け出したが最後、補助金というアメをちらつかせても、弾圧というムチを振るっても、決して鎮められない。【2017年10月31日 Newsweek】
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こうした不穏な空気がその後どうなったのかは知りませんが、モロッコの抱える社会問題を伝える記事が年末にもう1件ありました。

****食料配給行事に数百人の女性殺到、15人死亡 モロッコ**** 
モロッコ西部沿岸の観光都市エッサウィラ近郊で19日、食料の配給に大勢が殺到し、女性少なくとも15人が死亡、5人が負傷した。当局と目撃者らが明らかにした。
 
事故が起きたのは、エッサウィラから約60キロのシディブラアラム。最大都市カサブランカ在住で同域出身の著名な慈善活動家が毎年行っている、小麦粉の配給行事だった。
 
ある目撃者がAFPに語ったところによると、会場には数百人の女性が殺到していたという。やはり現場に居合わせた医師は、死者は全員女性で負傷者は10人、うち2人が重体だとしている。
 
活動家らが運営するフェイスブック上の「エッサウィラ・オンラインTV」に投稿された画像には、市場が設けられた広場に集まった大勢の人々に交じって、遺体が地面に横たわっている様子が捉えられていた。
 
キャプションには、「飢餓のせいで数十人の貧しい人々が犠牲になった」「この悲劇は…議員らと当局者らの恥だ」と記されている。【11月20日 AFP】
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国王の動静を伝えるニュースとしては・・・

****国王令の下、国を挙げて雨乞い モロッコ****
農業の盛んなモロッコで24日、国王令の下、国内全土にわたってモスクで雨乞いの祈りがささげられた。映像はサレ(Sale)のモスクや、コーラン学校の生徒ら。【11月25日 AFP】
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もちろん、雨ごい以外にも取り組むべき課題は多いなか、国王は雨ごいだけを取り仕切っている訳でないでしょう。

懸念されるモロッコの人権問題
ただ、モロッコの人権・民主化については、懸念される話もいくつかあります。

****市民記者用アプリの指導でジャーナリストらを起訴****
市民ジャーナリストにスマホで記事を発信できるアプリの使い方を指導したとして、ジャーナリストや活動家ら7人が、起訴され、裁判にかけられた。この裁判をきっかけに、今後表現の自由が制限される危険性がある。

7人は、市民が記事を発信することができるスマホアプリの講座を開催した。

この裁判は、モロッコが報道の自由を守るのか制限するのか、重大な試金石となる。ジャーナリストや市民が自由に情報発信することが、国家の治安を脅かすとして起訴され、投獄される可能性がある。非常に気がかりだ。(後略)【2016年7月 1日 アムネスティ国際ニュース】
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下記は、前出【2017年10月31日 Newsweek】でも取り上げられている、リフ地方の政府に対する抗議行動に関するものです。

****抗議参加者らを多数逮捕****
モロッコ北部のリーフ地方でこの数カ月、地域の住民サービスの改善を求める抗議行動が続く中、5月末、当局は抗議参加者、活動家、ブロガーらを大量に逮捕した。

リーフ地方では、抗議行動を率いるナセル・ゼフザフィさんが5月26日に、抗議に反対する発言をした聖職者を批判したことをきっかけに、抗議行動が相次いでいた。批判する様子を撮った動画がソーシャルメディアで流された数日後、ゼフザフィさんは逮捕された。

5月26日から31日にかけて、複数の町で抗議活動があり、少なくとも71人が逮捕された。治安部隊はデモ隊に対して、時に放水銃や催涙ガスを使った。参加者の中には、投石する人もいた。双方に負傷者が出たようだった。

逮捕された人たちの中には、平和的に抗議する人やソーシャルメディアでこの様子を伝えようとするブロガーもいた。

現在は少なくとも33人が起訴され、裁判を待っている。容疑には、公務執行中の職員に対する暴力、侮辱、投石、反乱、また無許可での集会もあった。

勾留中の26人に、釈放は認められなかった。また、裁判は6月6日に延期された。彼らはアルホセイマの刑務所に拘束されている。(後略)【2017年6月14日 アムネスティ国際ニュース】
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西サハラ問題再燃の不安も
あと、モロッコが抱えるもうひとつの大きな問題は西サハラの分離独立問題です。

****西サハラで再び緊張、国連事務総長が「深く懸念****
国連(UN)のアントニオ・グテレス事務総長は、モロッコと地元武装組織の双方が領有権を主張する西サハラの緩衝地帯で再び緊張が高まっていることに「深く懸念している」と表明した。グテレス事務総長の報道官が6日発表した。
 
モロッコは、西サハラ南部のモーリタニア国境に近いゲルゲラット地区に設けられた緩衝地帯にアルジェリアの支援を受けた武装組織「ポリサリオ戦線(Polisario Front)」が繰り返し侵入していると非難している。
 
グテレス事務総長は6日の声明の中で、問題の当事者らに対し「最大限の自制」をもって緊張の増大を回避するよう求めた。
 
昨年ポリサリオ戦線がゲルゲラットに侵入した際は国連が介入しモロッコとポリサリオ戦線の双方を撤退させていた。

国連のホルスト・ケーラー西サハラ特使が数十年におよぶモロッコとポリサリオ戦線間の対立を終結させる和平交渉の再会に向けて尽力している。【1月7日 AFP】
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英明なムハンマド6世とサルマ妃が、こうした問題にも賢明に対処されることを期待します。

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