孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド社会の実情  タージマハル、生体認証システム、そしてスマートシティー

2017-10-20 22:47:59 | 南アジア(インド)

(【10月 3日号 Newsweek日本語版】 最初見たとき遮光器土偶か何かと思いましたが、虹彩認証データを登録する農村の住民だそうです。)

【「タージマハルはインド文化の汚点だ」】
インドが抱える大きな問題と言えば、カースト制に絡む身分差別や女性へ性的暴力など差別の問題、絶対的貧困の問題、国内イスラム教徒への暴力や隣国パキスタンとの対立などの対イスラムの問題などがすぐに思い浮かびます。

このうち、最初の差別意識に関する問題については、10月3日ブログ“インド 高速鉄道建設の一方で、優先して取り組むべき社会に根深い差別意識等の問題も”や7月18日ブログ“インド 被差別民ダリット出身の新大統領選出でも続く、よそ者には理解しがたい差別社会”などでも取り上げました。

今日は、最近目にしたインドの現状を示す興味深い記事をいくつか。それらは直接・間接に貧困やイスラムとの関係というインドの抱える大きな問題にもかかわっているように思えます。

一つ目は、タージマハルに関するもの。
インドには数多くの観光資源がありますが、「インドと聞いて思い浮かべる観光地は?」と問えば、間違いなく“白亜の廟”タージマハルがトップに挙げられるでしょう。(個人的には、あまりに有名で多くの写真などを見ていたせいもあって、既視感が強く、さほど感動もありませんでしたが)

そのタージマハルが現地観光ガイドブックから消えた・・・という話題です。

****タージマハルが観光ガイドから消えた! イスラム系王朝の建造物なのでヒンズー至上主義勢力が反発か****
インドの至宝とも称される世界遺産タージマハルが、地元州が作成したガイドブックから削除されて物議を醸している。

不掲載の経緯は不明だが、イスラム系王朝による建造物のため、ヒンズー至上主義勢力の反発が背景にあるとみられる。過激な意見も登場するなど“白亜の廟”が議論の的となっている。
 
タージマハルは17世紀、ムガル帝国の5代皇帝シャー・ジャハーンが先立った寵妃のために建てた墓で、年間数百万人が訪れるインドを代表する観光地だ。
 
騒ぎとなっているのは地元の北部ウッタルプラデシュ州が今年作成したガイドブック。放送局NDTVなどによると、歴史的建造物の一覧にタージマハルがなかったことが判明した。
 
ヨギ・アディティヤナート同州首相は、モディ首相と同じインド人民党(BJP)出身で、強硬なヒンズー至上主義者として知られることから、意見が反映された可能性がある。自身はヒンズー教僧侶でもあるが、所属する寺院はガイドブックに記載されているという。
 
インド国内からは不掲載に反発する声が上がったが、過激な発言で知られるBJPのサンギート・ソン議員は「シャー・ジャハーンはヒンズー教徒を抹殺したいと思っていた」と持論を展開して削除を擁護。「(タージマハルは)インド文化の汚点だ」とまで言い切った。

発言に対してBJP側は「個人的見解だ」と火消しに回ったが、党内からはソン氏の発言を支持する声も上がっており、問題は根深さを見せている。【10月19日 産経】
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モディ首相ものとで強めるヒンズー至上主義については、これまでも再三取り上げてきましたので、今回は詳細はパスします。

8月28日ブログ“インド・モディ首相の“ダークサイド” 改めて問われる「全国民とともに」”
7月2日ブログ“インド・モディ首相 キャッシュレス化・単一市場に向けた経済改革断行 強まるヒンズー至上主義”など

個人的な経験でも、タージマハルの話と似たようなものを感じたことがあります。

北インドを旅行していると、観光スポットになっている歴史的建造物の多くが歴代イスラム王朝によって建造されたものであることを実感します。

昨年2月に旅行した際、デリーで時間があって、ガイド氏(ヒンズー教徒)と「どこに行こうか?」と相談したときの話。

「以前行ったことがあるけど、クトゥブ・ミーナール(イスラム系王朝の戦勝記念塔で世界遺産)にでも・・・」と提案したところ、「塔があるだけ。つまらないですね」と即座に却下。
かわりに、近年建てられた世界最大のヒンズー教寺院「スワーミナーラーヤン・アクシャルダム」を提案されました。【「インド2016・・・(9)デリー ムガル帝国「赤い砦」 ヒンズーの心意気を感じる巨大寺院 夜のメインバザール界隈」】

イスラム王朝建造物も丁寧に案内してくれたガイド氏はヒンズー至上主義ではないでしょうが、クトゥブ・ミーナールはヒンズー寺院を壊した石で作ったイスラム系王朝の戦勝記念塔ということもあって、お気に召さなかったのだろうか・・・、ヒンズー教徒としては、ヒンズーにも立派なものがあるということを見せたかったのだろうか・・・といったことも感じました。

そうした経験からすれば、タージマハルが地元ガイドブックから消えた・・・という話も、さもありなんという感があります。

ただ、この軽いトピックス的な話は、ヒンズー至上主義の台頭というインド社会の深刻な社会問題に根差すもので、新聞一面を賑わすような政治・経済問題より注意を要する必要があるかも。

生体認証「アドハー」を利用していないことで、食糧配給を拒否され“餓死”】
二つ目の話題は、インドで進むキャッシュレス化の根幹をなす生体認証の個人識別番号制度「アドハー」の話。

7月2日ブログ“インド・モディ首相 キャッシュレス化・単一市場に向けた経済改革断行 強まるヒンズー至上主義”でも触れたように、キャッシュレス化と言うと、中国のモバイル決済が思い浮かびますが、インドも「アドハー」によるキャッシュレス社会構築を進めています。

****インド13億人を監視するカード****
<生体認証の個人識別番号制度「アドハー」が誕生して7年。数々のメリットがある半面、プライバシー上の懸念も>

イアン・セクエイラが働くインドの首都ニューデリーの政府シンクタンクで不気味な変化が始まったのは、2015年のことだった。

まず、オフィスの全ての階に生体認証マシンが2台ずつ設置された。その1カ月後には、紙の勤務記録シートが廃止された。今後は、生体認証マシンに指紋をスキャンさせ、自分の「アドハー」の番号を入力して出退勤を記録しろというのだ。

インド政府は09年、アドハーという新制度を導入し、一人一人の国民に12桁の個人識別番号を付与し、13億の全国民の情報を1つのデータベースに集約する取り組みを開始した。アドハーとは、ヒンディー語で「基礎」という意味。福祉受給の有資格者に漏れなく給付を行い、さらには不正受給をなくすことが目的としてうたわれた。

(中略)7月の時点で成人の99%以上、11億6000万人近くが登録を済ませた。世界最大の生体情報データベースは、ほぼ完成に近づいていると言っていいだろう。

今では福祉だけでなく、銀行取引や住宅ローンの契約、携帯電話の利用など、暮らしのさまざまな領域にアドハーが入り込み始めている。セクエイラのような政府職員は、勤怠管理もこの数字を使って行う。

個人識別番号の導入には多くの利点があるが、危うい面もある。セクエイラの職場に新しいマシンが導入されたとき、「職員たちは自分の番号を把握していなかった。そこで、マシンの隣に全員の氏名と番号を記した紙が張り出された」と言う。「ばかげている。個人データのずさんな扱いに腹が立った」

不正受給対策として出発
個人識別番号のアイデアが最初に持ち上がったのは、2000年代前半。国民全員に個人識別番号を与えれば、福祉の効率性が高まり、コストも節約できるという考えだった。

当時、低所得者向けの食料や肥料の配給の4分の1が不正に受給されていた。その根本的な原因は、適切な個人識別制度が存在しないことにあると、政府は主張した。インドでは、出生証明書を持っている人は全国民の半分以下。納税している人はもっと少なく、運転免許を持っている人はさらに少ないのだ。

「アドハーを導入した理由は主に2つあった」と、インドのIT大手インフォシスの共同創業者で、インド固有識別番号庁(UIDAI)の初代総裁としてアドハー導入を推し進めたナンダン・ニレカニは言う(現在はUIDAI総裁を退任)。

「第1に、社会生活に参加できる人を増やしたかった。それまでインドでは、身分証明書を持っていない人が非常に多く、貧困層はそういうケースがとりわけ顕著だったから。第2に、インド政府は莫大な予算を福祉に費やしてきたが、不正受給や無駄遣いが絶えなかった。そこで、正しい対象者に給付が行われるように、強力な個人識別制度を確立する必要があった」

ニレカニによれば、アドハーの導入により政府の出費が既に70億ドル近く節約できた。その上、身分証明書を手にしたおかげで経済活動に参加できるようになった人が何百万人もいるという。

多くの人が新たに銀行口座を開設したり、融資を受けたり、送金をしたり、携帯電話を利用したり、モバイル決済を行えるようになった。
金融機関を利用している女性の割合は27%増加し、アドハーを利用した銀行口座の開設件数は2億7000万口座を上回っている。携帯電話の利用率はそれ以前に比べて倍増し、人口の79%に達した。

「恩恵を感じている」と、西部の都市プネの家事サービス労働者アニタ・ペレイラは言う。「2人の子供と私は、身分証明書もパスポートもなく、配給カードしか持っていなかった」(中略)

救急車に乗れない場合も
(中略)問題は、アドハーがこのように障壁を壊す一方で、新たな障壁を生み出してもいることだ。アドハーの番号を持っていないと、子供たちは学校で給食を食べられず、母親は子供手当を受け取れない。農家は収穫保険金を受給できないし、障害者は割引価格で電車に乗れない。

しかも、福祉以外の分野でもアドハーが欠かせなくなってきた。インドの有力紙ヒンドゥスタン・タイムズの4月の記事によると、アドハーが必須とされている61種類のサービスのうち、福祉関連は10種類にすぎない。今では、納税、主要な銀行での口座開設、携帯電話の契約などにも、アドハーの身分証明カードが要求される。

6月には、北部のウッタルプラデシュ州が救急車利用者にアドハーの身分証明カード提示を義務付けることを決めた。カードを見せないと、救急車に乗せてもらえなくなったのだ。

「アドハーに登録することは義務ではないが」と、ニレカニは言う。「カードが必須とされるサービスが増えるにつれて、実質的にカードなしでは済まなくなってきている」

しかし、インドの最高裁判所は15年、アドハーへの登録は「国民の義務ではない」という判断を示している。今でも、アドハーによりプライバシーが侵害されていると裁判所に訴える国民は後を絶たない。

また、アドハーが国民生活のさまざまな場面で使われるようになる背後に、もっと邪悪なもの――国家による監視が潜んでいると考える人もいる。

バンガロールに本拠を置くシンクタンク「インターネット社会センター」のスニル・エーブラハム専務理事はこう語る。「政府は当初、アドハーは貧困層のためのものであるかのように喧伝した。それからなし崩しに対象が広がり、中流階級の人々や納税者もカードを取得しなければならなくなった。(政府は)行政の改善を掲げつつ、他方では監視を強めている」

エーブラハムはセキュリティーの問題も懸念している。「生体情報は変更が利かない。一度漏洩したら安全を取り戻すことはできない」

データ漏洩事件も発生
インドにはプライバシー保護法もなければ、集められた生体情報を守る法律もない。それでもニレカニに言わせれば、アドハーは安全だ。全ての生体認証データは暗号化され、ファイアウォールに幾重にも守られ、ネットとつながっていない場所に保管されている。それに政府機関であれ民間業者であれ、アドハーを利用するには免許が必要だというのだ。

だがエーブラハムは納得しない。「データベースが不正侵入されるのは時間の問題だと思う。政府がフェイスブックより優秀なセキュリティー専門家を抱えているというなら話は別だが」

既に、政府の4つのウェブサイトから1億3000万人以上の名前と銀行口座のデータとアドハー番号が流出し、ネット上で公開される事件も発生している。(中略)

アドハーは国民に利益だけをもたらす無害な存在であり続けるのか、それとも抑えの利かない暴走を始めるのか。
「アドハーについて、『政府がやっているのは正しいことだけだ』と誰もが信じているとは思えない」と冒頭のセクエイラは言う。「ラテン語の格言で『誰が番人の番をするのか』というのがあるが、同じことだ」【10月 3日号 Newsweek日本語版】
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推定2億4000万人が電気のない暮らしを送っているとされるインドと「生体認証システム」・・・なんだかうまく結びつかないような感も。
せっかく多数の銀行口座が開設されたものの、有効に機能していない実情もあるとの話をどこかで見たような気もします。

政府は制度の進展を図るべく、年末時点でアドハーと連結していない銀行口座は凍結する・・・という強硬措置に出ているとも。【10月5日 日経より】 “剛腕”モディ首相らしい対応です。

しかし、アドハーへの統合を行っていないことで食料配布が拒否され、女児が餓死するという事件も。

****11歳女児が餓死、食糧配給拒否が原因か インドで調査開始へ****
インド東部ジャルカンド州で食料配給を拒否された家族の娘(11)が餓死したことをめぐり、同州知事は17日、地元当局の過失が原因かどうか調査を命じたと明らかにした。
 
母親や社会福祉活動家らによると、娘は先月死亡。手続きの不備を理由に当局者が一家への食料配給を拒んでいたといい、そのことが娘の死の原因だと家族は訴えている。(中略)
 
母親によると、所持していた低所得世帯向けの食料配給カードと、指紋や虹彩を登録する生体認証IDシステム「アドハー(Aadhaar)」の統合を家族が行っていないとして、当局者らは一家が食料配給を受けられないと主張していたという。
 
しかし、インド最高裁はアドハーの登録にかかわらず低所得世帯の国民全員が食料配給を受ける権利があるとの判断を示しているとして、活動家らは当局者がこれに違反したと非難している。(中略)

インドでは人口の3分の1近くに当たる3億6000万人以上が貧困ラインを下回る水準で生活しており、政府の食料配給を受ける資格を有しているという。【10月19日 AFP】
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個人識別番号制度の意義はわかります。ただ、個人データの国家管理の問題は脇に置くとして、また、アドハーが貧困からの脱却に有効であるにしても、億単位で残存する貧しい人々の実生活を切り捨てて、形だけ強引に整えようとすれば多くの悲劇にもつながります。

スラムをつくらせない「スマートシティー」建設 貧しい市民の行き場は?】
三つ目の話題は、新都市建設の話。

****インド初「スマートシティー」でスラム阻止****
建設予定の新都市はドローンやAIなどハイテクを使って秩序を維持する計画

インド・アンドラプラデシュ州の新州都として同国初の「スマートシティー」が建設される。だが政府の担当者は、計画を実現する上で解決しなければならない問題があることを自覚している。
 
その問題とは、インドで近年に建設された計画都市が当初思い描いた通りにはなっていないことだ。どの都市にもスラムが生まれ、混雑や混乱に見舞われている。
 
担当者はドローンを飛ばしたり、送電線を地中化したり、生体認証データベースと土地の登記をリンクさせることで問題をクリアしようとしている。

2014年にアンドラプラデシュ州の従来の州都だったハイデラバードを含むテランガナ地方が新たな州として独立したことで、アマラバティがアンドラプラデシュ州の新州都に決まった。(中略)

計画によると、新州都の人口は350万人となる予定。建設予定地には現在、29の村があり、10万人の農民や農村労働者が暮らしている。
 
農民は所有地を手放す代わりに、以前の土地より狭いものの金銭的価値は高い州都の区画を手に入れることになっている。土地を持たない農村労働者は公営住宅に入居できる。小規模の飲食店や小売業者など低所得の事業主には、50平方メートルほどの区画――もっとも安いもので3000ドル――が提供される予定だ。(中略)

こうしたやり方には批判の声もある。世界資源研究所(WRI)「持続可能な都市のためのロスセンター」(ワシントン)のグローバルディレクター、アニ・ダスグプタ氏は、インドの貧しい市民は低所得者向けの公営住宅や経済ゾーンを出て、大都市の賃金の高い職場に近いスラムに住むことが多いと指摘する。

インド政府は最新技術を持ち出すより、既存の都市を支援したりスラムを改善したりすべきだとダスグプタ氏は主張する。
 
新州都計画の関係者はアマラバティをインドの次の都市開発の波の青写真として位置付けている。国連は2050年までにインドで3億人が地方から都市に移住するとみており、インドは対策を急いでいる。(中略)

州首相のナイドゥ氏は、アマラバティが中国や日本や東南アジアの豊かな近代都市のようになる、と話す。67歳になるナイドゥ氏は自身の遺産としてこのプロジェクトに賭けているという。「自信はある。人々はアマラバティを見てわたしを思い出すだろう」【10月20日 WSJ】
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これも先ほどのアドハーの話同様に、単に“スラムをつくらせない”ということが目的とするのではなく、スラムで暮らさざるを得ない人々の実情にどれほど配意できるかによって、「スマートシティー」の意義も変わってくるでしょう。

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