孤帆の遠影碧空に尽き

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スペイン・カタルーニャ  独立派指導者の禁錮刑判決で激しい抗議行動 それぞれの立場・主張

2019-10-19 21:17:50 | 欧州情勢

【独立派指導者9人への禁錮刑判決に抗議するデモ 暴力伴う衝突に激化】

スペイン・カタルーニャ自治州では2017年10月1日に、州政府が独立を問う住民投票を実施しましたが、この住民投票はスペイン憲法で自治州が独立に関係した行動を取ることは禁止されていることから「違憲」とされています。

 

“開票結果は賛成票が90%、反対が8%、白紙が2%だった。ただ投票者数は226万人と有権者数(約530万人)の4割強にとどまった。憲法裁の中止命令を無視して投票に突き進んだ独立賛成派に対する反発から棄権を選んだ反対派も多かったとみられ、結果がどこまで民意を反映しているかは不透明だ。”【2017年10月2日 時事】

 

微妙な結果ですが、中央政府は、そもそもこの住民投票が違憲であり無効だとの立場です。

 

****2017年カタルーニャ独立住民投票****

(中略)投票率が4割にとどまりながらも賛成が9割に達したためプッチダモン(カタルーニャ自治州)首相は勝利宣言。

 

10月10日になってプッチダモンはカタルーニャ独立宣言に署名したものの宣言を保留とし、中央政府との対話を行う考えを示した。(中略)

 

その後、プッチダモンは独立宣言を行っていないとの見解を表明しているが、同時に中央政府が自治権を停止するなら独立宣言を行う可能性があると牽制し、ラホイ首相(当時)はこれを不服として21日にカタルーニャ州の自治権を停止すると発表した。

 

カタルーニャ自治州議会は「独立した共和国」と記された事実上の独立宣言を27日に賛成多数で可決。

 

中央政府はプッチダモンら州政府幹部らを更迭し、(中略)カタルーニャ州の直接統治に乗り出した。【ウィキペディア】

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その後、中央政府は違法な住民投票・独立宣言を主導した州政府幹部を拘束、プチデモン前自治州首相は国外に逃亡。

 

こうした中央政府の徹底した抑え込み対応もあって、ここしばらくはあまり目立った動きもなかったように思います。

 

その分離独立運動に今また火がついた状況になっていますが、きっかけは拘束されていた独立派幹部に対する厳しい判決でした。

 

****カタルーニャ独立派幹部に長期禁錮刑 バルセロナで抗議デモ****

スペイン北東部カタルーニャ自治州政府が2017年に強行し失敗した独立の試みをめぐる裁判で、同国の最高裁判所は14日、当時の州政府幹部ら9人に対し長期の禁錮刑を言い渡した。

 

判決を受け、同自治州バルセロナでは数千人が街頭で怒りのデモを行い、空港への通行を妨害した。

 

スペインでは注目の判決を前に、数週間にわたり緊張が高まっていた。4年で4度目となる総選挙が1か月足らず先に迫る中で出された判決により、カタルーニャ問題が中心的な政治問題として浮上している。

 

今年2月に始まった裁判では、12人の被告が2017年10月1日に強行された住民投票とその後に短命で終わった独立宣言に関与した罪に問われた。

 

最も重い量刑を受けたのはウリオル・ジュンケラス前州副首相で、禁錮13年が言い渡された。裁判では、カルレス・プチデモン前州首相が訴追を免れるため国外に逃れていることから、ジュンケラス前州副首相が中心的な被告人となった。プチデモン氏は逃亡先のベルギーからツイッターで、判決を「非道」と非難した。

 

バルセロナでは判決を受け、デモ隊が街頭に繰り出し、乗降客数で同国2位のエルプラット空港に向かって行進。AFP記者によると、空港周辺ではデモ参加者が一時的に道路と鉄道を妨害。空港入口では警察が空港内に入ろうとしたデモ隊に向かって突撃する場面もあった。スペイン空港・航空管制公団によれば約20便がキャンセルされた。

 

ペドロ・サンチェス首相は「最高裁の決定を受け、われわれは対話を通じて(中略)ページをめくる必要がある」と表明。

 

だがその直後、最高裁判事はプチデモン氏に対する国際逮捕状を再び出しており、海外に逃亡したプチデモン氏ら6人の追及を続けるスペイン当局の姿勢が鮮明となった。 【10月15日 AFP】AFPBB News

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ジュンケラス前州副首相に対しては、検察は罪の重い国家反逆罪で禁錮25年を求刑していましたが、反乱罪などで禁錮13年の有罪判決・・・求刑よりは軽くなったとはいえ、政治運動指導者が13年の禁固刑というのは、いかにも“重い”という印象です。

 

司法の判断は政治からは独立している・・・と言えばそうですが、結果的に“寝た子を起こす”ことになったのも事実です。

 

この判決に対する抗議活動は暴力を伴う激しいものとなっています。

 

****バルセロナ、5日目の抗議デモに50万人 衝突激化 ゼネストも****

スペイン北東部カタルーニャ自治州の州都バルセロナで18日夜、独立派指導者9人への禁錮刑判決に抗議するデモが5日目を迎え、暴力伴う衝突が激化した。

 

石を投げたり花火を発射したりするデモ隊に対し、警官隊は催涙弾やゴム弾で応戦。市中心部は混沌とした戦場と化した。

 

主要観光地バルセロナで18日に行われたデモには、14日に始まって以降最多となる約50万人が参加。独立派はゼネストも呼び掛けていた。同様のデモは、バルセロナ以外の町でも行われた。

 

現場のAFP記者によると、ほとんどのデモ参加者は平和的だったが、若者グループが警察本部近くで暴れ出して火を付け空に黒煙が立ち上り、警察側が催涙弾を使用してデモ隊を排除する事態となった。

 

16日に自治州内の五つの町を出発していた数千人規模の「自由の行進者」も、ハイキング用の靴を履き、つえを持って18日にバルセロナに到着した。

 

デモに合わせてゼネストも実施され、空の便57便が欠航したほか、店舗や企業、複数の人気観光地が閉じられた。

 

スペインの経済生産の約5分の1を占める同自治州内の公共交通機関にも遅れが生じたほか、同自治州とフランスを結ぶ主要道路もデモ隊に封鎖された。 【10月19日 AFP】AFPBB News

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【独立問題の背景】

カタルーニャが分離独立を求める背景には、文化・言語の違い、フランコ時代の弾圧、国民党政府の強硬姿勢、豊かなカタルーニャから税金が他の州に流れることへの経済的不満などがあるとされていますが、根底には「共存」への思いの世代交代による風化、住民意識の変化の問題があるようにも指摘されています。

 

****「カタルーニャ独立問題 背景と展望」(視点・論点)*****

(中略)
スペインはヨーロッパの中で最も古い国家の一つですが、国土は縦横に走る山地や渓谷で分断され、交通の便も悪く、各地域間の行き来は容易ではありませんでした。その結果、各地域の伝統的な文化や習慣が温存される傾向にあり、フランスなどに比べ国民統合が遅れ、国民の一体感も弱いとされています。

フランス革命後、スペインでも近代的な国民国家の建設のため、マドリードからの中央集権化が押し進められました。しかし、これに対し、カタルーニャやバスクなど独自の言語や文化をもつ地域で、反発する動きが生まれ、それが地域ナショナリズムへと発展しました。

現在スペインには17の自治州があり、カタルーニャはその一つとして、幅広い分野で高度な自治を享受しています。

 

地中海に面したカタルーニャは、産業が集積する豊かな先進的地域で、州都バルセロナは、ガウディの建築などの観光資源も豊富で、世界中から観光客を引きつけています。そうした中で起こった今回の独立問題です。
なぜ今カタルーニャは独立しようとするのでしょうか?

背景にあるのが、緩やかな社会変化としての世代交代です。
40年前に成立したスペイン憲法は、国家観やイデオロギーを異にするスペイン人の「共存の枠組み」でした。それは、再び内戦や独裁を繰り返してはならない、という強い思いに支えられていました。

ところが、内戦や独裁を知らない若い世代が国民の多くを占め、それと共に民主化を支えてきた「合意の精神」が薄れてきました。これが現在の対立激化の背景にあると考えられます。

世代交代と同時に人々の意識はどう変わったのでしょうか。
カタルーニャでは長年州首相を務めたジョルディ・プジョルが、国との交渉で自治権拡大を図る一方、「国家なき国造り」を進めました。

 

例えば、義務教育はすべてカタルーニャ語で行われ、医療や警察も州政府の管轄下にあり、日常生活を送るうえで中央政府の存在を感じることはあまりありません。心情的にスペインとは切り離されていると感じる人が多くなったのです。

こうした社会的背景に加えて最近、中央と州との対立をもたらした要因として3つあげられます。

一つ目は、自治憲章改正問題です。
もともとカタルーニャのナショナリストの悲願は、カタルーニャを「ネーション=つまり民族」として認めてもらうことです。そのために自治憲章を改正しました。新憲章では、前文においてカタルーニャを「ネーション」スペイン語で「ナシオン」と規定しています。

 

しかし、「スペインこそ唯一のナシオン」とする中道右派の国民党が、憲法裁判所へ提訴。その判決が2010年に出され、自治憲章の一部が違憲とされました。

 

合法的なプロセスを踏んで成立した自治憲章に違憲判決が出たことは、カタルーニャの人々に大きな失望をもたらしました。これを契機に人々の意識は「自治」から「独立」へ向かったのです。

二つ目に国民党政権の誕生です。
「スペイン統一」を何よりも重視するラホイ政権は、カタルーニャでの独立運動を警戒し、州政府の求める対話にも応じようとしませんでした。その結果、双方の対立がエスカレートしていきます。(中略)

 

スペイン・ナショナリズムはかつてフランコ独裁を支えるイデオロギー的支柱であったために、民主化後はしばらく息をひそめていました。しかし、スペイン人が自信を回復するのに伴い、民主的なスペイン憲法と一体化することで、新たなナショナリズムへと変貌していったのです。

そして、三つ目が2008年に発生した経済危機です。リーマンショックによって、
それまでの不動産バブルが破たんし、企業の倒産や失業者が増大。さらに緊縮政策がこれに追い打ちをかけました。州政府は医療や教育など市民生活と直結する分野での予算削減を迫られました

 

。人々の不満の高まりのなか、独立派は、カタルーニャが独立することで、スペインの貧しい地域へ流れている自分たちの税金を取り戻すことができると主張し、支持を取りつけました。(後略)【2017年11月16日  八嶋 由香利氏 NHK】

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【独立派は「フランコの亡霊」にとらわれているとの批判も】

上記のように分離独立を求める動きは、当然ながらそれなりの理由があってのことですが、そうした主張への批判もあります。

 

****「フランコの亡霊」・・・・独立派は民主主義をはき違えている 悲劇を生む前にEUは静観止めよ**** 

どんな国になりたいのか。

スペイン・カタルーニャ自治州の独立要求を理解するには、プチデモン前州首相の逃亡先にヒントがある。

 

向かったのは、欧州連合(EU)のおひざ元ブリュッセル。そこで「EUはスペインの肩ばかり持つ」と、恨みを吐露した。スペインを出ても、EUにとどまれると計算違いをしていたのだ。

 

EUは「内政不干渉」として無視を決め込む。だが、問題の遠因は作った。世界大戦の反省から「国境なき欧州」を掲げ、EU予算で地方振興をてこ入れした。経済統合の恩恵は地方に浸透し、英国の北アイルランドやスペインのバスク州で独立派テロは沈静化した。

 

カタルーニャ州はEU型自治の優等生だ。1986年のスペインのEU加盟、92年のバルセロナ五輪を経て国内一の富裕州になった。

 

75年まで続いたフランコ独裁でカタルーニャ語は弾圧されたが、いまは州の共通語だ。州都バルセロナを歩けばガウディ建築をとりまく観光客、ビジネス街の活況が目に入る。スペイン民主化と地方分権の恩恵を、国内17自治州の中で最も享受している。

 

しかし、プチデモン氏ら独立派の視点は全く違う。「スペインにやられ続けた」歴史観から離れられない。

 

中世カタルーニャは独自国家を持った。プチデモン氏は数えて130代目の「政府代表」だ。不幸の始まりは18世紀、スペイン統治下に入ったこと。中央集権が進み、地域語は禁じられた。

 

1936年に内戦が勃発すると、州は左派・人民戦線の牙城に。フランコ将軍の勝利で一転して弾圧の対象になった。同氏の7代前の州政府代表は逃亡先から引き渡された後、銃殺。地域語は「分離派のイヌの言葉」とさげすまれ、公の場で話すだけで投獄された。

 

現在54歳のプチデモン氏は学校でスペイン語だけ話すよう命じられ、拷問におびえる大人を見て育った。独立派指導者の多くは同世代だ。

 

積年の屈辱感は10月10日、同氏が行った「独立宣言」に表れた。約40分の演説の3分の1を中央政府への恨み、つらみに費やした。しかし、詳細に読み直すと、「不当」と糾弾された多くは、他の先進国ではほとんど理解されない。州の自治権はいま教育、警察、医療まで広がる。EU内では例外的な地方分権だ。

 

独立要求が歴史観に根ざすことは、17世紀までカタルーニャに属したフランス南部ペルピニャンを訪ねれば分かる。独立運動に呼応する動きは全くない。かつての結びつきを示すのは、観光地となった中世の城門と地域語教室ぐらいだ。

 

独立派は「フランコの亡霊」にとらわれるあまり、民主主義をはき違えている。住民投票で90%が独立を支持したと訴えるが、投票率は50%以下。州全体では有権者の4割に満たない。(後略)【2017年11月20日 三井美奈氏 産経】

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“独立派は「フランコの亡霊」にとらわれるあまり・・・・”このあたりの歴史認識の問題は、現在の日本と韓国の認識の隔たりににも見られるように、立場が変われば大きく異なるものであり、一概に云々することは難しいものがあります。

 

【独立派指導者の幻想は、「共存」を打ち壊したとの批判も】

より中央政府の考えに近いカタルーニャ批判については、以下のようにも。

 

****カタルーニャ独立派は「2つの重大な嘘をついている」****

くスペインの民主主義に参加するべき──独立反対派の学者、法律家らによる問題解決への提言>

(中略)現在、スペイン法に基づき予防拘禁されているカタルーニャの政治家たち、そして刑事責任を回避するために国外に逃れた人々がそのような境遇にあるのは、スペイン憲法とカタルーニャ自治法に自ら違反して、2017年10月27日にカタルーニャ共和国の独立宣言をしたためだ。その責任追及を逃れられると期待するのは不当だ。

 

独立派の活動家も、その理念ゆえに拘束されているのではなく、大衆に抗議行動をあおり、法執行官の職務遂行を妨害させて、スペイン刑法が定める重罪(反乱または治安妨害)を犯した容疑をかけられているからだ。

 

これがアメリカでも、同様の結果が示されるだろう。米連邦最高裁は1869年、合衆国憲法は州が一方的に離脱することを認めていないと判示した。

 

2013年にテキサス州民10万人が独立を求める署名を提出したとき、オバマ大統領(当時)は、このことを改めて明確にした。ホワイトハウス報道官は、合衆国憲法は「(連邦から)去る権利を定めていない」とし、独立ではなく「政府に参加し、関与することが民主主義の基礎」であると述べたのだ。

 

私たちも、スペインの地方ごとの意見の相違は、独立ではなく、自治州としての市民的関与によって解決されるべきだと考える。スペインの地方自治制度は、ヨーロッパでも最高の自治を認めている。カタルーニャの場合は特にそうだ。

 

友人、家族が深く分裂

なお、この機会に独立派の主張の基礎を成す2つの重大な嘘を明確にしておきたい。

 

1つは、「独立は双方にとって利益になる」という主張だ。

独立派は、「カタルーニャは進歩主義的で豊かなのに、時代遅れのスペインに搾取されている」という流説を広めた。また、独立カタルーニャはより豊かで公正な国となり、EUにも簡単に加盟できると主張する。こうした約束は精査に堪えるものではなく、事実の裏付けもない。

 

2つ目は、「カタルーニャは1つの民族、1つの文化、1つの言語である」という主張だ。

確かにカタルーニャには独自の歴史と文化、言語がある。しかしその社会は多様で、他の地方にルーツを持つ住民も大勢いる。

 

「独立事業」が始まるまで、カタルーニャの多様な人々は平和的に共存してきた。独立派指導者の幻想は、その貴重な共存を打ち壊した。彼らの政治的冒険のために、友人であり家族であり隣人であるカタルーニャ人は深く激しく分裂している。

 

私たちは彼らの責任感に訴え、手遅れになる前に現状が是正されることを切に願っている。

(この寄稿は、プッチダモン前州知事らの主張に対する反論で、独立反対派の学者、法律家ら63人が署名している)

【2018年11月19日 Newsweek】

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EU加盟はスペインが反対する以上実現しないでしょう。そういう根拠なき期待をふりまくあたりは、逆にEU離脱による根拠なき期待をふりまくイギリス離脱派と似ているかも。

 

独立派指導者の幻想は、共存を打ち壊した・・・・そうかもしれませんが、では中央政府が“友人であり家族であり隣人であるカタルーニャ人”に対し、そのように接してきのか?と言えば、これまた問題もあるでしょう。

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