孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イギリスでのロシア関与が疑われる二重スパイ襲撃事件に関する“個人的な印象”

2018-03-21 23:14:04 | 欧州情勢

(墓地を除染する化学防護服の係官(木村正人氏撮影)【3月13日 木村正人氏 YAHOO!ニュース】)

激しい非難・報復の応酬で吹き飛んだEU離脱問題
イギリス南部ソールズベリーで今月4日、イギリス側の二重スパイでロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のセルゲイ・スクリパリ元大佐(66)と長女ユリアさん(33)が、町の中心部にあるショッピングセンター前のベンチで意識不明の状態で見つかった事件で、イギリス側は2人はロシアの猛毒神経剤「ノビチョク」によって襲われたとしており、ロシア側は事実無根と反発、これまでも良好ではなかった英ロ関係は「新冷戦時代に突入した」と言われるほど悪化していることは多くの報道のとおり。

多くの報道がありますので、事件の詳細、スクリパリ元大佐の経歴、これまでの英ロ双方の反応・報復合戦の内容などは省略します。

当然ながら事件の真相はわかりません。

あくまでも“個人的な印象”ということになりますが、今回事件で最初に感じたのはイギリス側が随分強気というか、強硬な姿勢を早くから示していることです。

メイ英首相は12日、下院で演説し、襲撃に使用された毒物は旧ソ連が開発した軍用神経剤「ノビチョク」と特定し、「非常に高い可能性」でロシアが関与していたとの見解を明らかにしています。

更に14日には、ロシアへの報復措置として、ロシア人外交官23人を追放すると発表。

16日には、ジョンソン外相が「(ロシアの)プーチン大統領が神経剤の使用を決定した可能性が極めて高い」とプーチン大統領を名指しして非難。

これだけ一気に強硬姿勢をとるからには、イギリス側は相当に“確証”を持っているのだろう・・・と考えてしまいます。

イギリス側の強硬な対応もあって、これまでイギリス関連の話題というとイギリスにとってあまり順調とは言い難いEU離脱の話題ばかりでしたが、事件を境に、この事件の記事ばかりに一変しました。

イギリスのEU離脱にとってはひとつの節目となる決定も19日にはあり、イギリスは今後どうするつもりなのか?という重要な問題もあるのですが、事件に吹き飛ばされた感もあります。

****<英EU離脱>移行期間で合意 20年末まで単一市場残留****
英国と欧州連合(EU)は19日、英国が2019年3月末にEUを離脱した後の激変緩和措置である「移行期間」の導入で合意した。

20年末までの1年9カ月、英国はEUのルールに従うことを条件に単一市場と関税同盟にとどまる。EUのバルニエ首席交渉官は、英国のデービスEU離脱担当相と共同で記者会見し、「決定的な一歩だ」と述べた。
 
移行期間の協議は今年始まり、離脱日まで約1年と迫る中、双方は不透明な先行きに対する経済界の懸念を払拭(ふっしょく)する必要に迫られていた。

移行期間中の英国はEUへの拠出金の支払いを続けるが、EUの政策に関する議決権は与えられない。また英国は現在、米国や日本などEU外の第三国との自由貿易協定の交渉が認められていないが、離脱直後から可能になる。
 
英EUは同日、手切れの清算金や英国に暮らすEU加盟国出身者の権利保障などを定めた「離脱協定」の草案も発表した。

移行期間の規定も盛り込まれた協定草案は現時点で7割程度で合意しており、双方は今秋の最終合意を目指す。

アイルランドと英国との間に新たに生じる国境の管理を巡り依然として溝があり、国境問題が長期化して離脱協定の批准が遅れれば、移行期間が導入されないまま離脱を迎える可能性も残る。バルニエ氏は「(交渉は)まだ終わりではない」と強調した。
 
EUと英国は来月から、離脱後の自由貿易協定について準備協議に入る見通し。【3月19日 毎日】
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移行期間についてイギリス側は、離脱する19年3月末から「2年程度」を軸に、延長も可能な移行期間を設けることを求めていましたが、長期化を警戒するEU側の線で決着したということでしょうか。(事件以外の報道が少ないので、詳細・事情がよくわかりません)

そもそもイギリス国内の離脱強硬派は、カネは出すが議決権はなく、EU決定に従う・・・といった移行期間を了承しているのでしょうか?

「(交渉は)まだ終わりではない」どころか、アイルランドとイギリスとの間に新たに生じる国境の管理をどうするのか、EUの言うように北アイルランドを手放すような形を承諾するのか、それとも北アイルランド紛争を再燃させるリスクのある国境管理に戻るのか・・・といった初歩的な問題をはじめとして、問題山積状態です。

事件のおかげでこうした深刻な問題も、当面はどこかへ行ってしまったようです。
イギリス側が異例なほど強硬姿勢に出ているのは国民の目をそうした問題からそらすためでは・・・というのは“下種の勘繰り”で、そんなことを言うつもりは全くありませんが、結果的にはそういった状況にもなっています。

なお、EU離脱後は、イギリスは今回のような事件でも、EUのバックアップを期待することなく、ロシアと“単独”で対峙する形にもなります。政治的な差はやはりあるのではないでしょうか。

ついでに言えば、大統領選挙を控えたロシア・プーチン大統領の側も問題をエスカレートさせることは、「再び欧米がロシアに不当な圧力をかけている」という形で、ロシア国内の愛国意識に訴え、プーチン支持に結びつけるという点では好都合だったのかも。(ロシア側は、大統領選挙前という微妙な時期にあえて犯行をおこなうことはあり得ないと言っていますが、ロシア国内の欧米に対する被害者意識を考えると、逆のようにも思えます)

どうして“犯人はロシアである”と宣言するような方法で? “見せしめ”を明確にしたかった?】
事件の“個人的な印象”の二つ目は、仮にロシアがやったとして、どうしてロシアの犯行と特定される「ノビチョク」など使ったのだろうか?という疑問です。

「ノビチョク」については、以下のようにも説明されています。

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OPCWの元日本代表団長代行で重松製作所の濱田昌彦主任研究員は「ロシア側には強弁できる理由がある」と指摘する。「ノビチョク」は成分の詳細が分からないため、化学兵器禁止条約の規制対象リストに含まれていないというのだ。

化学兵器の開発や保有を禁じる同条約の基本理念には反するが、禁止対象でない以上、仮にロシア側がこの神経剤を開発・保有していても、条約を守っていると言い逃れができる。
 
ノビチョクは2種類の物質を混ぜてできる「バイナリー兵器」とも呼ばれる。その毒性は、昨年2月に金正男(キム・ジョンナム)氏殺害事件で用いられた神経剤VXの5〜8倍とされるほど強い。

混合前の物質はそれぞれ、ほとんど無害なうえ、条約違反にもならない。また、VXやオウム真理教が使用した神経剤サリンと異なり、分解後に特有の物質が残らないため使用を立証することが難しいという。【3月21日 毎日】
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一般的に人を殺すなら、暗闇で後ろから殴るとか、車でひき殺すといった単純な方法が、一番ばれにくいように思われます。

にもかかわらず「ノビチョク」なんて“犯人はロシアである”と宣言するような方法をとったことに関する一つの推測としては、“ばれるはずはない”と高をくくっていた・・・という理解です。

“事件の容疑者は、使用した神経剤がノビチョクと特定されないと踏んでいた可能性がある。しかし、世界有数とされる英国の化学兵器分析能力により正体は暴かれた。”【同上】

それでも、殺しのプロなら、もっと簡単確実な方法があるだろうに・・・とも思ってしまいます。

もうひとつ考えられるのは、“犯人はロシアである”と宣言したかった・・・という推測です。何のために?祖国の裏切り者の最後はこうなるという“見せしめ”のためです。

ロシア側、プーチン大統領はかねてより、スクリパリ元大佐に関する怒りをあらわにしていたとも報じられています。

また“「裏切り者」であるうえ、英情報機関当局者との接触を繰り返していた元大佐の行動が、ロシア側の「レッドライン(許容限度)を超えた」とする見方もある。”【3月21日 毎日】とも。

****ロシア元スパイ暗殺未遂 プーチンは「彼らは友人や仲間を裏切った****
・・・・英情報機関に情報を流し、二重スパイだった同氏は、2004年に逮捕され、国家反逆罪で服役したが、10年の米露間のスパイ交換で釈放された。

英BBC放送によると、プーチン氏は、釈放されたスクリパリ氏らについて「彼らは友人や仲間を裏切った。交換釈放で何かを得るとしても、窒息するだろう。バケツを蹴飛ばすことになる」と不満をあらわにしたという。

バケツを蹴飛ばす」とは、首を吊るのに、バケツの上に乗り、首をロープにかけてからバケツを蹴飛ばすことから、死を意味するスラングだ。ロシア当局の犯行とすれば、秘密組織がプーチン氏の意向を忖度して“バケツを蹴飛ばした”可能性がある。
 
06年にはロンドンで、プーチン氏の政敵で元スパイのリトビネンコ氏が放射性物質のポロニウムを盛られて死亡する事件があった。

ロンドンにはロシア人約10万人が居住。「ロンドングラード」と呼ばれ、ロシアの工作員が動きやすい所だ。

英内務省の調査委は「ロシア情報機関の犯行であり、おそらくプーチン大統領が承認した」とする報告書を公表した。
 
今回の事件がロシアの犯行だとすれば、ひとつには、国内外の裏切り者に対する“見せしめ”という意味があろう。
 
さらに3月18日の大統領選と絡んだ動きとの見方も一部に出ている。プーチン氏の当選が確実な無風選挙だが、このところ欧米を挑発し、愛国心を刺激するような言動が目に付く。

1日の年次教書演説では、6種類の強力な新型戦略核兵器を開発中だとして、「米国のミサイル防衛は無意味になる」「現実を直視するがいい」とまで述べた。
 
今回の事件への関与をロシアは全面否定したが、英国のジョンソン外相は「破壊的な国家だ」と暗にロシアを批判。だがプーチンにすれば、欧米との関係悪化を演出し、ロシアは包囲されているという国民の危機意識を高める「ショック療法」だったのかもしれない。【3月21日 文春オンライン】
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「バケツを蹴飛ばすことになる」・・・・本当にプーチン大統領が口にしたのでしょうか?誰が聞いたのでしょうか?

それはともかく、“見せしめ”にしたい・・・という思いはあったのかも。周囲がプーチン大統領の意向を“忖度”したのか、それとも何らかの“指示”があったのか・・・は、日本同様にわかりませんが。

そうであるなら、あえて“犯人はロシアである”と宣言するような方法で殺害したうえで、関与していないと強弁するのは理にかなった方法かも。

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・・・・それでもロシアが強いのは、外国が如何に批判しようと、自国が如何に孤立しようと、彼らが必要と思えば、如何なる蛮行も平然と、かつ確実に実行する力があるからだ。

その典型例が最近の英国での元ロシア人スパイ親子暗殺未遂事件である。冷戦時代のスパイ映画を彷彿させるこの事件に英国政府はカンカンだが、ロシア政府は完全に無視している。

政治体制が社会主義であろうが、民主主義もどきであろうが、これほど政治の実態が変わらない国は少ない。恐らく中国が民主化しても同様だろう。【3月21日 宮家邦彦氏 Japan In-depth】
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イギリスに集まるロシア人 身柄引き渡し要求に応じないこと マネーロンダリング 純然たる経済的機会
事件に関する“個人的な印象”の三つめは、イギリスとロシアの関係の深さ、もっと端的に言えばイギリスにはロシア人がスパイや亡命者を含めて随分たくさん暮らしているということです。

その結果、ロシアの関与も疑われるスパイ・亡命者関連の事件も多発しています。

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かつてロシア有数の富豪だった銀行家のボリス・ベレゾフスキー氏は2013年、首にスカーフの一部を巻いた状態で浴室の床に倒れているところを発見された。

実業家のアレクサンドル・ペレピリチニー氏は2012年にジョギング中に倒れ死亡した。どちらの事件についても、ロシア政府は関与を否定している。
 
(2006年には)ロシアを批判していたアレクサンドル・リトビネンコ氏は放射性物質ポロニウム210が混入されたお茶を飲み死亡した。

リトビネンコ氏は英国の市民権を取得していた。英国の調査では事件について、おそらくプーチン氏の承認があったとの判断が下されたが、ロシア政府は「受け入れられない」と反発した。【3月15日 WSJ】
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イギリスのロシアから問題人物が集まるのは、イギリスの裁判所がロシアからの身柄引き渡し要求に応じないこと、
「英国政府にはプーチン大統領に立ち向かうだけの強さがあり、身柄が引き渡されることはないと分かっている」というロシア人の認識があるようです。【同上】

そういうかっこいい話だけでなく、ロンドンがマネーロンダリングの世界拠点となっているから、ロシア人富豪が集まるという指摘もあります。

****欧州金融の深い闇、元露スパイ暗殺未遂で露呈****
ロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏とその娘に対する暗殺未遂事件を受けて、マネーロンダリング(資金洗浄)の世界的拠点として、英国に再び注目が集まっている。

英国がロシアの仕業だとみる今回の事件により、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と近い新興財閥が築いた不透明な富に対して、英国が驚くべきオープンさを見せていることに懸念が再燃した。

近年、欧州で明るみに出た大規模なマネーロンダリング事件に関して、英国で登記を行った会社が異例の役割を果たしている点も危惧されている。(後略)【3月19日 WSJ】
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資本家、弁護士、最上の投資物件のネットワークが存在するロンドンは、汚れた資金を動かす格好の場所だと言われています。おまけにロシアに引き渡されることもないとなれば・・・。

そうしたスパイ・亡命者・大富豪だけでなく、イギリス・ロンドンにはロシアから多くの若者がチャンスを求めて集まっています。

****ロンドンには経済的機会を求める若いロシア人が多く住む*****
ロンドンは「テムズ川沿いのモスクワ」と呼ばれるほどロシア人住民が多い。その大半にとって、ロシアの元情報機関員が神経剤で襲撃された事件は、自分たちが後にしたと思っていた世界が不愉快な形で突然現れたようなものだ。
 
彼らは高度な教育を受けた若い職業人で、政治的な理由ではなく経済的な理由でロシアを離れた。母国政府の怒りを買い移住した古い世代や、英国の投資家制度などにつられてやって来た裕福なオリガルヒ(新興財閥)、今月4日に神経剤で襲撃され重体となったセルゲイ・スクリパリ氏(66)のような人たちと共通するところはほとんどない。
 
「彼らは残虐な政権から逃げてきたわけではない」とロシア語雑誌のプロジェクトマネジャー、アンナ・チェルノバ氏は話す。同誌は先週、ロンドンのおしゃれなショーディッチ地区で若いロシア人向けのパーティーを開いた。「彼らは機会を求めてここにいる」
 
(中略)ロンドン在住のほとんどのロシア人はこうした陰謀とはかけ離れた世界で暮らしている。ロシア政府に疑いがかかり、ロンドンで働く多くの若いロシア人はプーチン政権は独裁的で不寛容だと反対しているが、それでも不安は感じていないという。
 
一方、今回の事件がロシアの外国でのイメージをさらに悪化させ、外国への渡航が難しくなるとの懸念の声もある。
 
「こうしたスキャンダルは反ロシア感情を引き起こすだけだ」と、ロンドンを拠点とする石油コンサルタントのピーター・カズナチェフ氏は話す。「それに不愉快だ。われわれはあの政府とは何の関係もない」
 
先週ショーディッチ地区で開かれたパーティーでは、きちんとした身なりをした旧ソ連生まれの若いロシア人数十人がワイングラスを傾け、ロシアのポップミュージックを聞きながら、芸術や仕事、不動産、ソーシャルメディアの話をしていた。スクリパリ氏の話はほとんど出なかった。

王立国際問題研究所(チャタムハウス)でロシア・ユーラシア部門を担当するジェームズ・ニクシー氏は「著名な反体制派の数が多ければ、そうした人が関わる事件も多くなる」と指摘する。
 
「英国在住のほとんどのロシア人は、有名ではない中間層の職業人で、普通の生活を送っており、ニュースで取り上げられることはない」【3月15日 WSJ】
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来日中のラブロフ・ロシア外相は21日、ロシアの責任を問うイギリスへの不満を語り、「ロシアの問いに英国は答えないが、日本になら話すかもしれない」「英国と接触する適切な場で、この二つを聞いてほしい」と河野外相に要請したそうです。【3月21日 時事】

もし、実際には関与していながらこういうことを言うのであれば、相当に“面の皮が厚い”ということにもなりますが、まあ、ラブロフ外相など、表のルートには何も知らされていない・・・ということは十分にあり得ます。

もちろん、ロシア・クレムリンは関与していないという可能性もあります。

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