孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア 政権交代から1年 「新しいマレーシア」に立ちはだかる民族・宗教の壁

2019-05-11 23:20:27 | 東南アジア

(クアラルンプールであった反政府集会にはイスラム教徒が大半を占めるマレー系住民が参加し、街を練り歩いた【511日 朝日】)

 

【政権交代から1年 前政権の腐敗追及を実績にあげるものの、経済状況は改善せず国民不満も高まる】

マレーシアでは周知のように、昨年59日に投開票された総選挙の結果、史上初の政権交代が起こりました。

しかも、92歳のマハティール元首相(現在は93歳)がかつて自らが追い落としたアンワル元副首相と手を結び、自らの弟子にもあたるようなナジブ前首相との争いに勝利するという、かなり劇的な勝利でした。

 

あれから1年が経過したということで、いくつかの記事が。

 

****マレーシア首相、最大の成果は汚職摘発=政権交代1年****

建国以来初の政権交代から10日で1年を迎えるマレーシアのマハティール首相(93)が9日、クアラルンプール近郊の新行政首都プトラジャヤで海外メディア向けに記者会見を開き「ナジブ前政権下で横行していた汚職を減少させたことが、新政権の最大の成果だ」と強調した。

 

マハティール政権は昨年5月から、政府系ファンド「1MDB」をめぐる巨額資金流用事件に切り込んだ。関与が取り沙汰されていたナジブ前首相とその側近への捜査に着手。ナジブ氏は背任など42件の罪状で起訴されている。【59日 時事】

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****アンワル元副首相への禅譲「約束守る」 マハティール首相 ****

マレーシアのマハティール首相は9日、1年前の首相就任時から公言しているアンワル元副首相への禅譲について「私は約束は守る」と明言した。ただ、「私は少なくともあと1年、首相を続けることができると思う」と述べ、就任から2年以内をメドと説明していた交代時期がずれ込む可能性を示唆した。

 

マハティール氏は歴史的な政権交代から10日で1年を迎えるのを機に、外国メディアの取材に応じ、明らかにした。

 

93歳のマハティール氏は「私は(与党連合が選んだ)暫定的な首相であり、(次の選挙までの5年間の)全ての任期を務めるつもりはない」と強調した。

 

アンワル氏の名前を自ら口にしなかったものの「与党連合内で既に後継者は指名してある」と禅譲シナリオは変わっていないと説明した。

 

「次の1年間で前政権の過ちの大半は解決する」とも述べ、禅譲前にナジブ前政権の負の遺産を一掃する決意を示した。(中略)

 

マハティール氏はこれまでの1年について「前政権の過ちをただすのに多くの時間が割かれた」と釈明し、実現していない多くの政権公約の達成に全力をあげる考えを示した。【59日 日経】

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マハティール首相率いる「希望連盟」は昨年5月の総選挙では、物品・サービス税(消費税)廃止を筆頭とする国民の物価上昇などに対する経済的不満を解消するための(ばらまき)経済政策、およびナジブ前政権の腐敗追及を掲げて戦い勝利しましたので、その公約は果たしていると言えます。

 

しかし、物品・サービス税(消費税)廃止によって財政的には厳しい状況ともなっています。

 

また、政権交代を実現した国民不満の根底にある経済状況は改善しておらず、マハティール首相が前政権の腐敗追及を最大実績として挙げているのは、経済状況改善をアピールできないということの裏返しでもあります。

 

更に、政権の先行きについては、前期記事も問題にしているアンワル元副首相への禅譲時期が不透明になっているという問題もあります。(マハティール首相は、政治活動ができないアンワル元副首相に代わって野党連合を率いて戦った経緯があり、2年以内にアンワル元副首相に禅譲する“約束”となっています)

 

****財政再建路線が後退 マレーシア、政権交代から1年 ****

1957年の独立以来初の政権交代から10日で1年となったマレーシアのマハティール首相の支持率が下降線をたどっている。

 

腐敗の象徴だったナジブ前首相を起訴し、消費税を廃止するなど国民の関心が高い政策に注力してきたが、財政再建路線は後退が目立つ。成長戦略も具体化には遠く、2年目の政権運営は厳しさを増す。

 

(中略)腐敗した国の再生を掲げて政権交代を果たしたマハティール氏にとって、政府系ファンド「1MDB」を巡る汚職の捜査は最優先課題だった。多額の資金を自らの懐に入れたなどとしてナジブ氏を42の罪で逮捕・起訴し、汚職を隠蔽していた前司法長官や、関与した元財務次官らを次々と更迭した。代わりに実力主義に基づいて非マレー系や女性を要職に登用した。

 

ただ前政権時代の負の遺産を掘り起こした結果、負担が増えるというジレンマも生んだ。4月には前政権の支持基盤と密接に結びついていた連邦土地開発公団(フェルダ)の救済のため、約60億リンギ(約1600億円)の資金注入を決めた。

 

従来7千億リンギ弱と公表していた国の債務は政府保証なども含めて1兆リンギを超え、歳出の削減が急務だ。しかしマハティール政権は4月中旬、前政権が中断したクアラルンプールの大型再開発計画を再開すると発表した。その1週間前には、中国と建設費用が440億リンギに上る大型鉄道計画の再開で合意した。

 

税収の4分の1を占めていた消費税を政権公約通り廃止したため、安定収入源は細っている。ナジブ前政権時代に一時約15%まで縮小していた石油関連収入への依存度は約30%に逆戻りした。

 

1人あたりの国内総生産(GDP)が1万ドルを超えるマレーシアにとって、先進国入り後を見据えた中長期の成長戦略づくりが急務だ。マハティール氏は「2年目は経済政策に注力する」と訴えるが、これまで目立つのは「第3の国民車構想」や「インダストリー4.0」戦略といったスローガンばかり。将来の成長を支える新産業育成の道筋は見えてこない。

 

東南アジア研究所(ISEAS)のケイシー・リー上級研究員は「マレーシアの製造業は日本や韓国の水準に達するはるか前に、ピークを過ぎようとしている」と指摘。先進国入り前に成長率が鈍る「中所得国のわな」に陥っていると警鐘を鳴らす。

 

政権交代前は5%を超えていた成長率が4%台に落ち込むなど、経済は伸び悩んでいる。生活水準が改善しないことへの国民の不満も高まっている。世論調査機関ムルデカ・センターの最新の調査では、マハティール首相の支持率は就任以来、初めて5割を切った。

 

93歳と高齢のマハティール氏は、首相就任から2年以内をメドにアンワル元副首相に禅譲すると公言してきた。9日には「私は少なくともあと1年首相を続けることができる」と述べたが、禅譲時期は明示しなかった。

 

2人は1年前の総選挙の際、政権交代という共通の目的で手を結んだものの、かつては激しく敵対していた。2人の関係が再びこじれれば、マレーシア政治は混乱状態に陥りかねない。【510日 日経】

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【「新しいマレーシア」への期待と多数派マレー系住民の警戒感】

特に、経済状況が改善しないことへの国民不満の高まりは、政権支持率に直結する問題であり、そうした不満にマレーシア固有の民族問題(多数派マレー系の不満)が絡むと、政権の求心力は急速に低下することにもなります。

 

もともと総選挙に勝利した「希望連盟」は、華人やインド人を中心とした非マレー人の間で支持者が多い民主行動党(DAP)を主要勢力に含んでおり、民族主義や宗教重視、あるいは“何とか”第一主義がもてはやされる昨今にあっては珍しく「共存」を実現した政権でもあります。

 

前政権の腐敗追及という民族・宗教にかかわらない問題を前面にだしつつ、非マレー系、非イスラム系勢力が政治の中核に立つことへの(特に地方の)多数派マレー系の警戒感を、マレー系政治家としての実績と人気を有するマハティール氏の存在が一定になだめる形で実現した政権です。

 

****政権交代から100日を迎えたマレーシア――希望連盟政権下での民主化に向けた実績と課題****

「新しいマレーシア」の行方 

今後の希望連盟政権の行方に影響を与えるのは、公約の達成、制度改革の進捗、政府・与党のガバナンスの問題だけではない。民族、宗教、セクシュアリティなどのアイデンティティをめぐる政治の動向も大きく影響する。

 

5月の総選挙は従来の選挙とは異なり、民族や宗教をめぐるアジェンダがほとんど表面化しなかったまれな選挙であった。このため、総選挙直後には、民族や宗教などの違いを超えて国民が団結する「新しいマレーシア」が誕生したとの言説がメディアを中心に広がった。

 

政権交代から100日が経過した今でも「新しいマレーシア」を信じて期待を寄せる人々は主に都市中間層の間で多いものの、それに反する現実も表面化しつつある。

 

まず、2018年総選挙の結果をみれば、そもそも新たに政権についた希望連盟は、国民の各層からまんべんなく支持を得たのではないとの研究者の選挙分析が登場してきた。

 

総選挙で希望連盟は、華人やインド人などの非マレー人からの圧倒的支持を得たものの、全人口の6割程度を占めるマレー人の間の支持は、(マハティール氏率いる)希望連盟、(前与党の)国民戦線(とその中核政党のUMNO)、(イスラム主義の)PAS3政党(連合)の間で分裂したままである。

 

5月の2018年総選挙で希望連盟は、生活コスト上昇やナジブ前首相の関与が疑われる1MDBスキャンダルなど、民族や宗教などとは直接的には関係ないアジェンダを前面に掲げて政権交代を実現した。

 

そのため、マレー人の間ではUMNOPASから希望戦線の構成政党に鞍替えしたものも少なくなかったが、依然としてマレー民族主義やイスラーム主義に基づいてUMNOPASを支持し続けているマレー人の存在も無視できない。

 

5月の総選挙で敗れて政権から転落した国民戦線では、連合から離脱する政党が相次いだ。(中略)

 

そこで、もともとマレー人の民族政党であって、国民戦線の他の構成政党を考慮する必要がほとんどなくなったUMNOが、今後ますますマレー人を対象としたイデオロギーや主張に接近していく可能性は十分ある。

 

実際に、84日にスランゴール州のスンガイ・カンディス州選挙区において、希望連盟所属のPKR候補と国民戦線所属のUMNO候補との間で争われた補選で、そのような傾向がみられている。

 

UMNOはマレー人有権者にターゲットを定め、マレー人の権利が希望連盟政権下で失われつつあるとして、民族的な危機意識を煽る選挙戦術をとったのだ。

 

加えて、補選では長年UMNOとマレー人票をめぐって対立してきたイスラーム主義政党のPASが、UMNOと事実上、共闘する姿勢をみせた。

 

補選結果は、投票率が49%と、マレーシアでは異例の低投票率(注2)のために、PKRUMNOの双方とも5月の総選挙と比べて大幅に獲得票数を減らしたものの、PKRが勝利した。

 

補選結果について様々な分析は可能だが、ここで重要なのは、UMNOPASが将来のさらなる連携の可能性をみせつつ、ともにマレー民族主義やイスラームのアイデンティティに沿った自党のブランディングを強めていることにある。

 

野党のUMNOPASが人口の多数を占めるマレー人へのアピールのために、民族や宗教に基づく政治へのシフトを今まで以上に強めるならば、希望連盟側もマレー人に向けて特別な対応を迫られる可能性が少なくない。(後略)【2018829日 伊賀司氏 SYNODOS

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【マレー系住民への優遇政策の維持を求め、民族重視で攻勢に出る野党勢力】

野党側がイスラム主義を強めて攻勢に出るというのは、先のインドネシア大統領選挙でも見られた傾向です。

マレーシアの場合は、宗教だけでなく民族も絡みますので、対立はより先鋭化する可能性があります。

 

更に、マレーシアはマレー系優遇策(ブミプトラ政策)を採用してきましたが、マハティール政権がこのマレー系優遇策を変更しようとしたことで、マレー系住民の不満は民族主義・宗教重視の流れを加速させる形にもなっています。

 

****マレーシア野党「反マハティール」デモ開催へ ****
8
日、2党共闘で数十万人規模に

マレーシアの有力野党2党は8日、マレー系住民への優遇政策の維持を訴える数十万人規模のデモを開催する。5月の政権交代後では最大級のデモとなる見通しで、優遇政策への対応でぶれをみせたマハティール首相を揺さぶりたい考えだ。

 

5月の政権交代以降、民族を問わず高い支持を得てきたマハティール氏だが、民族問題でのかじ取りを誤れば求心力の低下につながる可能性がある。

 

今回のデモはマハティール政権が国連の人種差別撤廃条約の批准方針を示したことがきっかけ。同条約の批准は、マレー系住民を優遇する「ブミプトラ(土地の子)」政策を脅かしかねないと人口の7割を占めるマレー系市民が強く反発。マハティール政権は11月下旬に一転、国連条約の批准見送りを決めた。

 

ただ、今春まで与党だった統一マレー国民組織(UMNO)はマレー系市民の支持を現政権から引き離す好機と捉え、批准の見送りによる問題の幕引きに反対する考えを表明。急進的なイスラム主義を掲げる全マレーシア・イスラム党(PAS)とも現政権の打倒で一致し、デモの共同開催を決めた。

 

一方、マハティール氏ら与党側は野党が民族問題を政治利用していると批判し、事態の早期収拾をはかる考えだ。【2018127日 日経】

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実際、今年に入ってからの選挙では、与党側は3連敗と苦境にあります。

 

****マレーシア与党連合が3連敗、州議会補選****

マレーシア中部のヌグリスンビラン州議会ランタウ選挙区の補欠選挙が13日投開票され、与党連合の候補が野党連合の候補に敗れた。

 

与党連合候補の敗北は1月の下院補選、3月のスランゴール州議会補選に続き3回連続。政権交代から1年を前にして、マハティール政権の支持率低下が続いていることを浮き彫りにした。(後略)【414日 日経】

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国際的には、東海岸鉄道計画をめぐり「大国」中国の足元をみすかしたようなマハティール首相の「老練な」駆け引きに高い評価が寄せられていますが、国内的な支持率は急速に低下しているようです。

 

****マハティール首相、苦境 多数派マレー系優遇、見直そうとして支持率激減****

昨年政権トップに返り咲いたマレーシアのマハティール首相が苦境に立っている。多数派マレー系住民の優遇策を変える動きを見せたことがきっかけだ。

 

7月で94歳になる「世界最高齢首相」は海外での評価は高いが、就任から1年で国内の支持率は激減し、足元がゆらいでいる。

 

「ともに闘おう」。4日、首都クアラルンプールで数千人規模の反政府デモがあり、参加者らはこう訴えた。大半は国民の7割弱を占めるマレー系の人たち。ファイサルさん(47)は「マレー人のマレーシアではなくなっていくのが心配だ」と話す。

 

 怒りの原因

怒りの原因は、マハティール氏がブミプトラ(土地の子)政策の見直しの動きを見せたことだ。

 

ブミプトラ政策は、経済的に優位な中華系やインド系に対抗し、先住民であるマレー系の教育・就職面などでの優遇策で、1971年に始まった。マハティール氏もマレー系で、81~2003年に首相を務めた時は政策を推進した。

 

だが、マハティール氏は昨年5月の総選挙で、政策の見直しを訴えてきた中華系政党などと選挙協力をした。当時は野党で、政権奪回のために必要な多数派工作の戦略でもあったが、マレー系には考えを変えたと受け止められた。

 

実際、首相に就くと、これまでマレー系が占めていた財務相や司法長官など、主要ポストに非マレー系を任命。昨年9月には、同政策との矛盾が指摘される人種差別撤廃条約を批准すると発表した。

 

これにマレー系は猛反発。政府は条約の批准の断念やブミプトラ政策の維持を発表したが、不満は収まっていない。

 

今年実施された下院議員や州議会議員の補選で与党は3連敗。民間調査機関ムルデカ・センターによると、就任直後に79%あった政権支持率は、3月に39%まで落ちた。

 

 海外は高評価

マハティール氏は中国が巨大経済圏構想「一帯一路」の事業に位置づける東海岸鉄道の建設について財政難を理由に中止を決めたが、中国との交渉の末、事業費の3割削減に成功して事業を復活させた。米フォーチュン誌に「世界の最も偉大な指導者50人」の一人にも選ばれるなど海外では評価が高い。

 

だが、ブミプトラ政策以外にも、汚職事件で逮捕されたナジブ前首相の時代にできたとされる1兆リンギ(約26兆円)の債務など課題は山積。

 

連立を組む人民正義党のアンワル元副首相との関係も微妙になっている。都市中間層から一定の支持を集めるアンワル氏に「2年以内に首相の座を譲る」と就任前から公言してきたが、最近は明言を避けるようになり、与党内に波紋を広げている。

 

マハティール氏は9日、記者会見で支持率について「何かをやろうとすれば反発はある」と受け流した。退任時期についても「あと3年か2年かもわからない」と言葉を濁した。

 

日本貿易振興機構アジア経済研究所の熊谷聡研究員は、「支持を急速に回復する政策は見込めないが、マハティール氏以外が首相になれば政権はさらにもろくなる」と指摘する。【511日 朝日】

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民族・宗教を超えた「新しいマレーシア」の実現ははなはだ困難な情勢です。

「マハティール氏以外が首相になれば政権はさらにもろくなる」というのも恐らく事実でしょう。

 

マハティール首相が禅譲を明確にしないのも、単に政権への色気が出たというだけでなく、自分以外ではこの難局は乗り越えられないという自負心があってのことでしょう。

 

マハティール首相の“老獪さ”で求心力を維持できるか、あるいは、“マレー系・イスラム”第一主義がマレーシアを覆うことになるのか・・・難しい情勢です。

 


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