孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ベルギー総選挙  国家分裂の危機をはらみつつ、連邦政府の権限弱体化に向かう

2010-06-14 23:02:00 | 国際情勢

(第1党に躍進した新フラームス同盟のデ・ウェーフェル党首(39) “flickr”より By CarolienC
http://www.flickr.com/photos/carolienc/4541890936/)

【言語境界線】
ベルギーの総選挙で、南北分離派の政党が第1党に躍進したことが注目を集めています。
ベルギーでは、おおざっぱに言えば、首都圏ブリュッセルを挟んで、オランダ語圏の北部と、フランス語圏の南部の対立がかねてよりあります。

もう少し正確に国家形態を言えば、“連邦政府の下に(1)オランダ語圏の北部(2)フランス語圏と(少数の)ドイツ語圏で構成される南部(3)仏蘭2言語のブリュッセル--に各地域政府がある。連邦政府は外交、国防、財政、社会保障、司法などの権限を持ち、地域政府は経済、雇用、公共事業、都市開発などを担当する。地域政府とは別に教育、文化などを管轄する言語別の共同体政府がある”【6月14日 毎日より】ということです。

オランダ語圏の北部フランデレン地域とフランス語圏の南部ワロン地域の境界線は、国土のほぼ中央を東西に横切っており、言語境界線と呼ばれています。
北部のオランダ語圏はベルギー人口(約1067万人)の約6割にあたる約616万人を擁し、フランス語圏を主体とする南部は約346万人、仏・オランダ2言語併用の首都ブリュッセルは約105万人となっています。

政党も南北の地域で分かれており、比例代表制の議会選挙においては、北部オランダ語圏の住民はオランダ語系政党、南部フランス語圏はフランス語系政党に投票します。仏蘭2言語併用地域のブリュッセルと周辺地区は仏語系、蘭語系のどちらかに投票できます。

1830年の独立後、ベルギーでは石炭業で潤う南部に北部住民が出稼ぎに来る「南高北低」の時代が続き、フランス語が支配階級の言語でした。しかし、1960年代以降、南部の石炭産業が斜陽化し、入れ替わりに北部オランダ語圏が自動車、化学工業などでベルギー経済のけん引車役を果たすようになりました。
経済的な主客逆転で自信を深めたオランダ語圏の政党や住民は、連邦政府から地域政府への一層の権限移譲を求めています。

経済的に豊かなオランダ語圏には「なぜ、貧しいフランス語圏を支えなければならないのか」との不満があるとも言われます。フランス語圏の失業率が高いことなどから社会保障負担を通じ、年間推定約50億ユーロ(約5550億円)がオランダ語圏からフランス語圏に渡っているとも。【6月14日】

こうした事情を背景に南北対立が続いており、前回2007年6月の総選挙後も、北部の自治権拡大要求をめぐって連立交渉が難航し、9か月間も首相が決まらない状態が続きました。その際も“南北分裂の危機”が取り沙汰されました。
今回の総選挙も、南北対立から、ブリュッセル周辺自治体を本来のオランダ語圏選挙区に戻す協議が進まず、4月、オランダ語圏の政党が連立離脱を表明して政権が維持できなくなったことによるものでした。

【北部分離・独立派 第1党へ躍進】
今回選挙結果につては、下記のとおりです。
****ベルギー:北部独立派が下院第1党に****
13日のベルギー総選挙は即日開票の結果、北部オランダ語圏の分離・独立を最終目標に掲げる民族主義派政党・新フラームス同盟が前回選挙(07年)の8議席を大きく上回る27議席を獲得し、下院第1党に躍進した。南部フランス語圏の中道左派・社会党は議席数を20から26に伸ばした。姉妹政党・オランダ語系社会党の13議席と合わせれば、下院第1勢力。ルテルム首相の中道右派・キリスト教民主フラームスは23議席から17議席に後退した。
今後の焦点は連立協議に移る。新フラームス同盟のデ・ウェーフェル党首(39)は仏語系に首相ポストを譲るとしており、仏語系社会党のディ・ルポ党首(58)が首相候補に有力視されている。仏語系首相が誕生すれば74年以来、36年ぶり。
ディ・ルポ党首は13日夜、「多くのオランダ語圏住民が国家機構の改革を望んだ。耳を傾けなければならない」と述べ、新フラームス同盟との連立合意を目指す考えを示唆したが、連立協議は難航が予想される。
ベルギーは7月から半年間、欧州連合(EU)の議長国を務めるため、連立協議が長引けばEUの運営に影響が出る恐れもある。【6月14日 毎日】
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これまでの経緯を考えると、特に、今後「国の形」をどうするのかという基本問題が焦点になってきていますので、7月までに連立交渉がまとまるのは難しいような感じがします。

第1党となった新フラームス同盟のデ・ウェーフェル党首(39)は、国の形は維持しつつ、連邦政府権限を国防・外交にとどめ、言語圏別の地域政府に財政や社会保障の権限を移し、独立国家に近づけたい考えと言われています。他の右翼政党が訴える「ベルギー分裂」に比べれば現実的だとも見られているとか。

経済的に優位な北部オランダ語圏だけでなく、南部フランス語圏にも“独立”志向が出てきているようです。
“フランス語系の各党はこれまで連邦国家としてのベルギーの一体性を守る立場を取ってきたが、ここに来て、一部政党の党首が新フラームス同盟に対抗して「フランス語圏とブリュッセル」の独立構想を提唱し始め、足並みの乱れが表面化している。”【6月12日 毎日】

こうした分離・独立への動きについては、アントワープ大学、デイブ・シナルデ教授の次のような指摘もあります。
****強まる地域政府権限*****
独立派政党の支持者の全員がベルギーの分割を求めているわけではなく、分離主義者はオランダ語圏住民の推定10~15%にすぎない。新フラームス同盟への支持は他党への不満の表明でもあり、フラームス・ベラングへの投票は反移民が主な理由だ。
新フラームス同盟はフランス語系各党だけでなく、オランダ語系他党との間でも意見の隔たりが大きく、連立合意の形成は容易でない。一部のフランス語系政党が言い出した「フランス語圏とブリュッセル」の独立構想は現実的でない。
ベルギーは連邦制を維持しつつ、言語圏ごとの地域政府の自立性を高め、権限を強化する方向に向かう。だが、ブリュッセルが仏蘭両言語圏のかすがいの役割を果たすため、ベルギーは国家としては生き残るだろう。【6月13日 毎日】
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【“国家”という“中間的な存在”】
恐らく、分離・独立まで進むのは、現実問題としては様々な問題があってなかなか難しい側面もあるでしょうから、“ベルギーは国家としては生き残るだろう”といったところでしょう。
ただ、毎回のように南北対立を繰り返す現在の“国家”を維持することが、意味があるのか?という疑問もあります。

特に、日本のようなほぼ共通の言語が当然のごとく前提となっている国に暮らす者からすると、言語が異なる住民が明確に北部と南部で住み分けており、政治体制もそうした言語圏の違いを前提に成り立っている国というのは、想像しがたい面もあります。

一方、欧州はEUという国家間の共同体を有しています。
EUは現在、ユーロ危機でやや混乱もありますが、これまでも欧州統一の動きは何度もとん挫しかけながらも、結構しぶとく、リスボン条約のもとで“大統領”を持つまでになっています。(まだ機能するまでには至っていませんが)
これからも、いろんな問題・危機はあるものの、統合に向けた動きは後戻りはしないのではないでしょうか。
それは、“EU諸国は常に共通の解決策を見出してきた。ヨーロッパ統合の理想に思い入れがあるからではなく、ヨーロッパは世界で最も経済的に相互依存した大陸だからだ。協力する以外に道はない”【6月16日号 Newsweek日本版】という現実が存在するからです。

そうであれば、外交面はEUという大きな枠組みに委ね、内政面は言語・文化をいつにする地域を基盤とする形で、現在の“国家”という“中間的な存在”を排除するというのも、ひとつの方向であるようにも思えます。

なお、現在のユーロ危機に関して言えば、ベルギーは今年か来年に債務の対国内総生産(GDP)比率が100%を超え、ギリシャとイタリアに次ぎ欧州で3番目の高さとなる見通しだそうで、連立協議が長引いた場合に市場が混乱するリスクを指摘する向きもあるようです。


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