やさしさを

生きていく道をみながら

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大切な思い出なのに

2014-09-07 23:20:07 | 日記
テレビで皇室を拝見していました。  美智子様の行かれた聖心女学院が出てきました。
思い出しました、大切な方を.未だ10代の頃体を壊して山の麓の小さな療養所で知り合いました。  妹さんが入院して見えました。戦争中にお祖父様のお里へ疎開されていました。
千代の出で 島岡さんと言いました。 お祖父様は、満鉄(満州鉄道)の社長をされ方で
お祖母様は東国宮様の妃殿下の同級生で、よくお屋敷へ呼ばれて遊びに行かれるとの事。孫の長女美穂子さんと、お母様とも随分親しくお付き合いさせて貰いました.
はじめに、びっくりしたのは、次女の入院して見える方と付き添いの母君との一寸した口争いを聞いた時です「***は、お止めあそばせ。」「...でもxxxxと、おっしゃったでは御座居ませんか。」敬語のあそばせことばで口喧嘩をして見えたのです。こんな方も居るのだとおもいました。まもなく、紹介されて親しくお付き合いさせて貰いましたが、生活の良さを奢る事も無く,(見せびらかす)事も無く勿論威張ることも無い気持ちの良い信頼関係ができて、私、は其の間に心の糧を沢山頂く事が出来ました。  娘さんばかり6人で、鎌倉のお家から、東京の聖心女学院まで、6人の内何人かは電車で通ったとの事、さぞ華やかであった事と勝手に想像していました。  特に上の美穂子さんは心も姿も、今までに逢った事のない
品格も備わっていて未だ若い私を丁寧に大切にお付き合い下さいました。。。
お互い退院した後も、お母様が、私の実家へ見えてくださったりもいたしました。

  思い出せば忘れてはいけない事ばかり。  お母様は、美穂子さんは、お元気でしょうか
    消息が知りたい.  思いが募ります。
                           汀
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