やさしさを

生きていく道をみながら

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詩の心

2011-03-22 16:28:50 | 日記
通院しなくなってから、街で偶にすれ違う折には、私が頭を下げてご挨拶をすると車
の中から「お!。」と大きな笑顔が返って来ました。 お互いの元気を確認していたのだと思います。  頂いた色紙には

     【枯れ果てて   川はしづかな   日を得たり】
  
  と在ります。頂いた時には好い句だと感じましたが、今此の句を見つめて居ますと
 句の深さがもっと有る様に思えてきます。
 先生はもう遠い処に居られますが、私も何時か(静かな日が得られる時が)来る
 でしょうか。先生の心境が少しでも解る様にあせらずに歩いて行きましょう。

    今辛い日々を過ごして見える方々お体ご大切に。



























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再会

2011-03-21 23:06:16 | 日記
 あの大火から数十年、街は見事に復興致しました。
私は身障者に為って仕舞いました。 それで或る整形の病院へ行きました、何とまー
理学療法士の先生があの時のリーダーでは有りませんか!「あら!!」「お”」「懐かしい~。」「やあやあ。」とこんな具合で其れから暫く病院へリハビリに通う事になりました。一緒に仕事をした期間は1週間位だったと思いますが特別な状況の中であったので、先生と私の間の年月が忽ち過ぎて行った様に思いました。
数ヶ月、リハビリに通い思い出話など楽しい時間の内に、四十肩の名残の痛みも楽になって通院をしなくなりました。
通院中に俳句を嗜んで見えた先生に1枚の色紙を頂きました。二、三日まえに其の色紙が偶然に出てきたのです、本当に不思議な偶然で何とも言えない感動のような物が胸の中の片隅を占めて気に為っています。
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街の大火

2011-03-20 23:20:41 | 日記
1945年に太平洋戦争が終結して其の2年後の春4月20日に、私の町の市街地の殆んどが
焼失する火事が起きました。桜の花の見ごろの日曜日だったと思います。
街の南よりから出火した火は春の乾燥した空気と火を巻き込む様に発生した風に煽られて飛び火をして其の日の夕暮れには市街地の後が無残な姿で見渡せる様になって仕舞いました。勿論其の間の阿鼻叫喚は言うまでも無く、今思っても胸が締められる様に熱くなってきます。私の家は幸い焼失を免れた地籍に在りました。
気候も今度の東北地震と似て其の夜から気温が下がり2日くらい雪が降り寒い日がつづき、家の8畳間には大勢の焼け出された方達が寒さに震えておられた姿が目に浮かびます。
幾日目かから焼けなかった町内の青年会の人たちが、ボランテアで避難をしている方達のお世話をする事になりました。私も其の一員として連絡が有りお手伝いさせて頂きました。男性は食料や色々必要な物を市役所から運んだり兎に角暇なく動いていました。
私はリーダーの方に言われる事をしていたと思います、まづ名簿作りが中々大変だったと覚えています。 其の時の事が今度の震災とダブってどうにも心が落ち着きません、
何とかしたい、何も出来ない。辛いです...   その時私は二十歳前でした。
 
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大震災

2011-03-14 21:25:34 | 日記
金曜日に月に一度のカットが済んで受付の処に立っていました。
足元がごとごとするような気がしたと思った次に体が揺れて他のお客さの(あれ!)と言う声と同時にぐらぐらと体が揺れて見ると壁に架かっている額が左右前後に大きくゆれています。今までに無く長く揺れていました、急いで家に帰りテレビを見ました。
今でも涙が出てきます。大変な事が起きていました、画面に映る地震と津波の実態に,只々ショックを受けるばかりでした、そしてあの流れて行く車や家の中に誰か居なければ良いが、居ればなんとか助かって欲しいと、願うばかりで画面から離れる事が出来ませんでした。  
時が過ぎて行くに連れて,ヘリコプターをもっと何機も。とか、兎に角道路を直して支援物資を早くとか、救出来たり再会出来たりした時には共にほっとしたり自分勝手に色々心配していますが、私の年と体ではボランテアも出来ないし、 せめて私一人の命でも代わることが出来れば代わって上げたかった、等々思う日々ですが。
 東電さん誤魔化しは言わ無いで下さい。菅総理頑張ってください。
  何も出来ない私です。罹災された方々に早く平穏が参ります様祈っております。
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遣ってみました

2011-03-08 23:04:56 | 日記
幾日か前のテレビで、人の体の不思議(タイトルはこんな感じでした)を見ました。
其の中で、手を伸ばしても取れない所の物を取ると言うのがありました。箪笥の隙間に落ちたボールペンを取るのに、もう少しで届くと言う時、手を少し伸ばす事が出きると言う事です。
お風呂を沸かすのは私の出来る事の一つですがスイッチが浴室の窓の外に在るので、悪い方の手を使わなければ為りません、もう少し伸びれば楽なのにと何時も思います。
早速遣ってみました。 手を伸ばすと其の緊張で首の筋肉が硬くなるのでその時に舌を出すと首が緩んで手が伸びると言うのです,舌は使う手のほうに思い切って出すのだそうです。余り人に見せたく無い顔になりますが。誰にも言わずに(遣りました。!!)
 (出来ました。”)本当に少し楽なのです。其れから、其の度に黙って遣って居ます。
 私の其の顔を、鏡で見て見ようとは、全然思っていません。
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