ほのかなる月明かりの夜に

~人生激情 外伝~
気儘に更新

第四十五夜

2009-01-13 00:00:45 | 私のお話
子供の頃、スイミングスクールに通っていたんです
週に2回だったかな?
何ヶ月位通っていたんだろ
そこらへんは覚えてないや

電車に乗って2駅
石橋にあるスイミングスクール
そのスイミングスクール、子供の足では駅から本当に遠くて、通うのが大変だったのを覚えています
数回、迷った事もあります

私、本当は・・・
水泳じゃなくて、バレエを習いたかったんです
受付横にあるバレエ教室
必ずその前を通る事になるんだけど、子供ながらに複雑な気持ちでその教室を覗いていた記憶があります

一度だけ、母にせがんだんです
「バレエがしたい」って
無理だって、分かっていたんですけどね
子供だったけど

本当に子供だった
だって

5歳か6歳だもん(笑)

その歳で、一人で電車に乗ってスイミングスクールに通っていたんです
両親は共働きでしたから
ほんと、小さい頃から「しっかりした子」って言われていました
小学校低学年の時に、一人で宝塚ファミリーランドに行って、一人で遊ぶような子供でしたからね、私(笑)

お蔭で、今でも一人が好きです( ゜∀゜):;*.':; ガハッ

別に、私、しっかりした子ではなかったんですけどね
自分の事は自分でしなきゃって思っていただけで
ある意味、それで精一杯だった

だからか・・・
自分以外の人との付き合い方が、正直、今でも分からないんですよね、私
家族を含め
どう接したらいいんだろう?
もう・・・チョーえぇ大人なんですけどね ノ∀`)テヘテヘ

そのスイミングスクール、嫌いではなかったんですよ
運動する事自体は好きだったから
頑張って泳いだらクラスも上がって、それを両親に伝えたら褒めてくれたし

で、いつもの如く泳いでいた訳ですよ
・・・必死に(笑)
クロールだったと思います
で、隣のコースでは、男のコーチが補助具を付けた子の指導をしていたんです
忘れもしない・・・
その人とすれ違う時に、そいつが言った言葉


ブス


最初、意味が分からなかった
その後、水を飲んで足付いちゃったんですよね
タイムテスト中だったんですけど、クラス昇級の
勿論、昇級できませんでした
おまけに次の日から40度近い熱を出して(笑)

で、スイミングスクールを止めたんです
両親に理由を聞かれたんですけど、まさか「ブス」って言われたとも言えないし(笑)

まぁ確かに綺麗でもなかったし、可愛いくもなかったけど
モンチッチみたいな顔してたし

でも、子供が必死に泳いでいる時に、なんで「ブス」って言うかなぁ?
お蔭で、自分の顔を好きになるのに30年近く掛かったんですけどぉー!!

あの瞬間に受けた傷は、計り知れない
5、6歳にして、全てがバカらしく思えた瞬間でしたからね(笑)
でも、ま、そんな傷の瘡蓋(かさぶた)をいつまでもいじって治り難くしていても意味がありませんからね

私は幸せになるんです!
今も幸せやけど、今以上に幸せになるんです!

だから、
自分の世界を、あったかい世界に変えていきます





空想するのが大好きだったのは、単なる自己防衛行動です(笑)

第四十四夜

2009-01-01 00:00:44 | 私のお話
新年明けましておめでとうございます
今年も皆様に蒼き月の光が届きます様に・・・


さて、皆様にとって2008年はどの様な年でありましたでしょうか?
私にとっては本当に濃い一年でありました
先延ばしにしていた事を一気にしてしまった結果、少々・・・いえ、大いに心が揺らいだ年でもありました

そんな2008年は、自分と相(あい)対した年といえるかもしれません
まず体
大きな病気は患(わずら)ってはいませんが、小さな病にはちょこちょこ罹(かか)っていたりするんです
検査の結果、大きな病になる一歩手前というものもありました
今思うと、2008年は自分と向き合わなければならなかった年だったのかもしれません

そして、心
去年の波は・・・
巨大でした
その結果、後半は自分に押し潰されっぱなしでした
その事によって得たモノは多いんですが、はっきりと感じた事は・・・

底は無い

という事です
どうにかして踏み止(とど)まらないと、落ちていく一方なんだと痛感しました

ぶっちゃけ、一時(いっとき)・・・
「死にたい」って思っていました
このスパイラルは自分では断ち切れないし、余りにも辛く苦しかったので正直逃げ出したかった

年始にする話ではありませんね
本当は大晦日にUPする予定だったんですが、こたつの分解をして・・・ブツブツ

なんとか立て直そうとするんですが、なんだか根っこが腐っていて直ぐ倒れちゃうってな感じだったんです
自分では頑張って基礎工事を進めてきた気ではいたんですが・・・

私、理想が高過ぎるんでしょうね
そして、それが今の自分に即してないんでしょうね、きっと

でも、今の内に悩んで、苦しんで、辛い事や悲しい事をいっぱいいっぱい経験して、いつか、ちょっとした事では動じない、いつも笑顔でいられる人間になれたなら、誰かの為に何かできるんじゃないか、誰かに必要とされる人間になれるんじゃないか・・・って思ったんです
勿論、楽しい事、嬉しい事、幸せな事もいっぱいいっぱい経験して

「目指せ!生き仏!」です ( ゜∀゜):;*.':; ガハッ

私は考える事を止めません
それが生きているという事だから
でも、自分を追い込み過ぎない様にします
それがまた難しいんですが(笑)

今年もまた落ちるんだろ~な~


話は変わりますが、ジョン・レノン音楽祭2008で吉井さんが歌われたのは“HELP!”と“GOD”なんですね
「吉井・・・」って思いました(笑)

私、洋楽の歌詞の内容、ほっとんど知らないんです
私の語学力で分かる範囲なら、曲を聴いた時点で分かるんですが、何せ中学レベル以下なもので ノ∀`)テヘテヘ
調べるのが面倒臭いという理由ではありません
過去、ディープ・パープルの“Smoke on the Water ”の歌詞の意味を調べた事があったんですが、その時に「今後、調べるのは止(よ)そう」って思いまして(笑)

“HELP!”も吉井さんのLIVEと吉井さんの自伝で歌詞の内容を知りました
“GOD”に至っては、聴いた事さえありません
耳にした事はあるのかも知れませんが・・・
吉井さんが初めてジョン・レノン音楽祭に参加された時に歌った曲というモノでしかなかったんですが、和田春彦さんのblogを読んで、どういう曲なのかを知りました

そして、
「吉井・・・」ってまた思いました(笑)

「私はもっと色んな事を知るべきなんだろうなぁ」と
「そしたら、もっとHAPPYに生きられるんだろうなぁ」と思いました

そう思うと同時に、私、自分を褒めてあげたくなりました
先人達には遠く及びませんが、今の私に辿り着いた自分を褒めてあげたくなりました
「褒めて伸ばす!」みたいな!

さてさて、今年はどの様な一年となるのでございましょうか
楽しみでございます





とりあえず、彼氏募集中

第四十三夜

2008-12-21 00:00:42 | 私のお話
~~ 綾子考 お気楽ver. 四 ~~

灰色になりたい

廃人になりたい訳ではありません
私、「灰色」になりたいんです

私の心は「白」と「黒」にきっちりカッチリ分かれています
白があるから黒が際立ち
黒があるから白が際立つ

私は灰色になりたいから、心の中を掻き混ぜて「灰色」を作るんです
「わ~い、混ざった!混ざった!これで気楽に生きれるわぁ~」って喜ぶんですけど、しばらくすると私の心はきっちりカッチリ「白」と「黒」に分かれた状態に戻ってしまいます

ずっ~と心の中を掻き混ぜていれば「灰色」になれるんでしょうけど、心の中を掻き混ぜるのは割とエネルギーが要るんです
どうやったら、私は灰色になれるんだろう・・・

私、紫色も好きです
興奮と冷静が交じ・・・混じり合った色だから(笑)


さて、話は変わりますが、私どうしても分からない事があるんです
事ある毎に考えるんですが、どうしても答えに行き着かないんです
そう、それは・・・

お弁当に入っている煮豆の存在理由

私、歌う釣り人さんとは違って、お豆さんは好きなんです
だから甘く炊いてある煮豆も大好物ではありませんが、出されたらちゃんと食べます
でもそれは、決しておかずではありません
煮豆でご飯は・・・
食べられないんですけどぉーーーー!!

私の家の場合、家での食卓におかずとして出される事はありません
でも、お弁当のおかずコーナーにでーんと鎮座している事が・・・多い!
「うわ!また煮豆入ってるわ!ガビ━━∑(゜д゜lll)━━ン」てな感じです

なんなん?
煮豆って?

私は箸休めに煮豆を食べる事なんてできません
ご飯食べてる途中に、甘い物食べるなんてありえへん
仕方が無いので、ご飯もおかずも食べ終えてから、一気に煮豆を食べています
デザートてな感じでもないんですが・・・

うーん、分からない
煮豆の存在理由が分からない

お弁当によく入っている理由は、単なる手抜きだと思うんですが(笑)
「お弁当ぐらい、自分で作れよ!」てな感じでしょうか?
すみません、朝は弱くってぇ~ ノ∀`)テヘ



さて、年の瀬となりました
今年はお豆さんで終わるのも好し
と思わなくもないんですが、それは少々月らしくありませんので

もう一夜、お付き合い下さいませ
大晦日、煩悩を祓う鐘の音と共に・・・

第四十二夜

2008-11-22 00:00:42 | 私のお話
~~ 綾子考 お気楽ver. 三 ~~

通勤途中にちょっとした公園があるんですが、その一角に大きな蜘蛛が巣を張っているんです
その蜘蛛を見る度に、私は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出します
というより、私は蜘蛛を見たら『蜘蛛の糸』を漏れなく思い出します
だから、家蜘蛛が部屋に現れたら、ひっ掴まえて外に放ちます
絶対に殺めたりしません

で、『蜘蛛の糸』を思い出すんですが、その度に「お釈迦様って質(たち)悪いなぁ」と思うんです
「あの状況では、誰でもあぁ言うやろ」って思うんです
ましてやカンダタは、人を殺めたりした罪人なんだから、それなりの心の持ち主だろうし
中途半端な慈悲程、遣る瀬無いモノはない様に思うんです
「救うなら最後まで責任持って救えよ!」って思うんです

まぁ、このお釈迦様は芥川龍之介の中のお釈迦様であって、もしお釈迦様が実在するのなら「ちゃんと救うっちゅうねん!」とおっしゃられるかもしれませんが
でも、なんとなく、カンダタが『こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いてのぼって来た。下りろ。下りろ。』と喚かずに蜘蛛の糸を上って極楽に辿り着いても、きっと地獄に落とされる様な気がします
「皆、極楽に辿り着ければいいが」って、カンダタは思わないだろうから
そう思える様に導き、教授すべきだと思うんですが、「自分で行き着け!」というのが基本スタンスの様ですし


さて、私は常日頃から自ら生き地獄を創ってしまう傾向にあるんですが、まぁその事自体についてはもう少し自分の中で整理してから書きたいと思います
結構、私と同じ様な状況に陥ってしまう人って居ると思うんです
解決策にならなくても、「あぁ~同じ様に悩んでいるんだ」という出会いだけでも、救いになる時がありますから

で、つい最近まで自分で自分を苦しめていたんですが、毎日ずっと苦しんでいた訳ではありません
至る所に書いてありますが、私は吉井さんの事が好きです(笑)

「好き」という事象は本当に凄いです
それこそ、頭がおかしくなる一歩手前まで行ってても、吉井さんの事を思ったら温かいモノが心に溢れかえって、本当に幸せな気持ちになるんです
気持ちを切り替えて、笑顔で「頑張ろう!」って思えるんです

あの時は強固なモノを創り上げていたからその気持ちが続かなくって、「ダメだ・・・」「頑張ろう!」「ダメだ・・・」「頑張ろう!」の繰り返しだったけど
まぁ、吉井さんの事を本気で好きな時点で、「・・・頭、おかしいんじゃね?」なのかも知れませんが・・・
それを言い出すと前に進まないので(笑)

対象が誰であろうとも(笑)、「好き」という事象は、本当に生きる力を与えてくれるんだなぁ~と、今回も実感したんです
その力を前に進む力に変えられたという事は、私も少しは成長したって事かな?
昔はそこに逃げ込んで、引き篭もってたんだから

救いの糸は、太いロープにも、切れそうにないワイヤーにもする事だってできるけど、心が衰弱したら、それこそ切れてしまいそうな蜘蛛の糸に・・・
その糸を垂らしているのはお釈迦様じゃなくて、実は自分だって事、多かったりするんだなぁ



どうか切れません様に
どうか切っちゃいません様に

第四十一夜

2008-11-08 00:00:41 | 私のお話
~~ 綾子考 お気楽ver. 二 ~~

雨が降っています
私、雨が嫌いではありません
大好きでもありませんが

「雨」の持つイメージは楽しかったり明るかったりするモノではありませんが、それは単に、私の「雨」の記憶に楽しいことがそう無かったことに起因する私のイメージであって、人生で最大級の楽しい出来事が雨が降っている時に起こった人にとっては、「雨」のイメージはまた違うモノなんでしょうね

雨の思い出で、直ぐに浮かんでくるのは小学校の花壇
雨に濡れた小学校の花壇・・・は出てくるのですが、はて、なんで雨の中、花壇を見に行ったのか・・・
確か、右腕を骨折していた小学生の頃の記憶・・・
もうこの時点で楽しくない思い出なんですが(笑)
でも、暗い気持ちになるのではなく、なんだか楽しいというよりはちょっと心が温まるような気持ちになるんです
・・・思い出せませんが

小学生の頃といえば、私・・・
よぉ~駄菓子を食べていました(笑)
あの頃は「駄」菓子なんて、これっぽっちも思っていませんでしたが
大人になってから「さくらんぼ餅」を食べた時、「これは・・・駄菓子や!」って心底思いました
今でも時々食べますけど
「ほんま駄菓子やなぁ~」って思いながら

私が昔住んでいた所には駄菓子屋さんが近所に3軒あって、遠い所まで入れるとそれこそ数知れず
昔ながらのガラスケースにお菓子が入っているお店も数軒ありました
お店によって売っているお菓子に違いがあって、目当てのお菓子を買いに、まるでちょっとした冒険の如くワクワクしながら遠くのお店に行ったりしていました
「ヨーグル」が遠くのお店でしか売っていなくて・・・
食べると、ガッカリするんですけどね(笑)

あと、毛嫌い(笑)していたのが「どんどん焼」
「・・・おかきやん」と思っていて、絶対買いませんでした
「味カレー」も最初の内は美味しいんやけど、後半は・・・
でも、つい買っちゃって、後でよく後悔していました

こんな感じで、食べていた駄菓子を書き連ねていったらキリがないな
私も普通の子供だったってことです(笑)

私、小学校6年生の夏休みに今住んでいる家に引っ越してきたんです
川西市内での引越しだったんですが
それまで通っていた桜ヶ丘小学校に通おうと思ったら通えたんですが、両親が中学校に上がった時、一人も友達がいないのは辛いだろうということで、多田小学校に転校になったんです
私は桜ヶ丘小学校が大好きだったし、友達と会えなくなるのが悲しかったから、最後まで反対したんです
不安と寂しさと色々なモノが入り混じった気持ちで二学期の始めに登校したんですが、そんな気持ちを消し去って余りある程、多田小学校のクラスメートは本当に良い人ばっかりで・・・
たった二学期間でしたが、楽しい思い出がテンコ盛りです
今となっては、両親に感謝しています

それに・・・
多田小学校の給食のコッペパンがめっさ美味しかってん!
学校裏のパン屋さんが毎日焼いてくれるコッペパン
桜ヶ丘の給食のコッペパンは、そりゃもう不味い不味い
「なんでもっと早くに引っ越してこんかったんやろ!」って心底おも・・・ケホケホ
ま、私も普通の子供だったってことです(笑)

子供の頃の思い出、食べ物ばっかりじゃありませんからね!



ホームランバー、連続二回「当たり」を引いたのが、子供の頃の自慢です

第四十夜

2008-10-25 00:00:40 | 私のお話
~~ 綾子考 お気楽ver. 一 ~~

さて、今宵から始まります、『綾子考 お気楽ver.』
私の中にあるモノをそう捏(こ)ね繰り回して考えずに書いてみようというシリーズ第二弾でございます
考え過ぎると神経衰弱に陥って生活に支障を来たすので、それを回避する為でもあるんですが(笑)

前回ははっきり言って暴挙でした
今回は月二回の更新ペースを遵守したいと思います
割と忙しかったりするんです、私
決して、帰宅後毎晩酒に呑まれてる・・・なんてことはありませんから!


私、『カゲロウ』で「尻、尻」言ってますけど
あっ、書き忘れていましたが、思い付いたまま書きますので、話があっちゃこっちゃに飛ぶと思われます
頑張って付いてきて下さい(笑)

で、「尻、尻」言ってますけど、変態ではありませんから!
「・・・頬擦りしたい」とか思っていませんから!
ただ、歩いていたら自然にお尻に視線がいくだけです

理想のお尻に巡り会うことって、そう無いんですよねぇ
「BIG PEACH」は・・・ブー
小尻がいいんです、小尻が
TOPが上を向いていて、キュっと引き締ま ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ ) ジュウブンヘンタイヤ!

ほんの冗談です
さて、本題


「何やってるんだろ、私」と思う時があります
お尻を見ている時じゃありませんよ(笑)
『カゲロウの宴』を書いている時です

書くのは好きです
本当に好きです

でも、たまに、無性に・・・虚しくなる時があるんです
「ほんと、何やってるんだろ、私」って

『カゲロウの宴』にも書きましたが、あのblogには外付けでアクセス解析を付けているんです
「私のblogのアクセス数とか傾向を分析したい」という目的よりも、私にとっては大切な栄養剤なんです
(アクセス解析は個人を特定したりは出来ませんので御安心下さい)

アクセス解析には「アクセスログ」というものがあって、IPアドレスが固定の場合、「あっ、また見に来てくれてる」って分かるんです

それが私の栄養剤なんです

見に来てくれる人がいるから書く
それは、単に好きだから書くってことよりも書く力になるんですよね

私、まだまだ自分の為に動くのが苦手というか不得手というか・・・
昔よりは自分のことを思うようになったけど

「○○してもらったから」とか「○○してあげたいから」という思いは、単純で、根本的なモノであるからこそ、最も大切で、最も強い原動力となるんでしょうね


にしても、更新し過ぎるから、虚しくなっちゃうんかなぁ・・・うーん
11月はちと更新数を減らすか

・・・減らせれば(笑)

第三十九夜

2008-10-11 00:00:39 | 私のお話
~~ 思い込み 二 ~~

正直、「思い込みでもえぇやん」とも思っています
幸せなら
事実の認識が幸せに生きていく上で本当に必要不可欠なのかと問われれば、「う~ん、そうでもないんちゃうかなぁ~」と答えると思います
「知らなければよかった・・・」と思うこともあります
でも、「『知らなければよかった』って思うのは、自分の心の弱さ故じゃない?」とも思います

私は、知ってさえも尚幸せでいられる人間になりたいんです
道は限りなく続いてて、辿り着く気がしないんですが


『第三十八夜』以降も考えていたんですが、やはり「思い込み」自体にはとりわけ問題が無い、と言っては少し問題があるんですが・・・
思い込みの内容によっては問題になりますし
でも、ま、それはちょっと置いといて、やはり、「思い込み」に気付いた時の方が色々あると思うんです

「思い込み」に気付くということは、今まで自分が信じてきたことを否定することでもあります
それはどんな人にとっても容易なことではないでしょう
時には、自分自身を、自分が過ごした時を、自分が大切だと思っていたモノを、「間違っていた」と認めなければならないのですから

しかし、思い込みをしていた間に経験したこと、学んだこと、感じたこと、作り出したこと、それら全てを否定する必要はありません
それらは、自分にとって大切なモノになることもあります
私はいっぱい経験して、それなりに色々なモノを得ています


さて、人には「感情」があります
それを上手にコントロールするモノが「柔軟な思考」であるのなら、それはどうやったら身に付くのでしょうか?

生きるしかないんでしょうね

生きて経験して、考えて、時には感情を爆発させて、そうやって思考を柔らかくしていくしかないんでしょうね
元から思考の柔らかい人もいらっしゃいますが、私の場合はかなり固い・・・硬い・・・堅い・・・やっぱり分からん(笑)
思い込みをしていた自分さえも取り込んで、生きていくしかないんですよね、きっと

でも、ま、今の私にはなんちゃってポジチブもありますし、「あぁ~幸せやぁ~」って思ってるし、思えるし
以前の私よりも、本当に毎日楽しく生きています
・・・ま、時々落ちますが(笑)


次回からはお気楽シリーズが始まります(笑)
『綾子考 お気楽ver.』です
どうぞよしなに~





今、確実に、思い込みじゃないって思えるのは
「吉井が好きだーーー!!」ってことぐらいでしょうか?
好き過ぎて、笑っちゃいます

第三十八夜

2008-09-27 00:00:38 | 私のお話
~~ 思い込み ~~

「違うよ」と言われても「違わない!」という生き方をしてきました
今は「うーむ(ちょっと考えてみよう・・・)」と思えるようになりました
私・・・
我が強いんです(笑)

自分と異なる考え方を(まぁそう簡単に受け入れたりはまだまだできないけれど)聞いて、それを自分なりにあれこれ考えたり、人それぞれの考え方を尊重できるようになったことは、私にとってはかなりの成長です

それは仕事に於いてもそうで、神経質で完璧主義の私は、他の人の仕事にもそれを求めていました
それができないのであれば、多少しんどくても自分がやった方がいいと思っていましたし、実際やってました
今は、人にはその人のやり方があるということを意識して、極力手を出さないようにしています
今の会社の同僚は、私からするとかなりの適当さんで、正直その適当さにストレスを感じることもあるんですが、そこをぐっと我慢し・・・
見て見ぬ振りをしています(笑)
「・・・修行じゃ」てな感じです


さて、今回のテーマは「思い込み」
「思い込み」は「思い込み」だと気付くまでは「思い込み」ではありません
今回はちとややこしいですぞ (・∀・)ニヤニヤ

例えば、自分は短気だと思っていても、周りの人に「貴方って我慢強いし、短気じゃないのね」なんて言われて、「えっ、私って短気じゃないんだ・・・」と思った時に、短気だと思い込んでいたことに気付く訳です
気付くまでは「短気」が正しく、「短気じゃない」と気付いたら「短気」が誤りになる訳です
因みに私は「短気」です(笑)

前回の『第三十七夜』で、「ワタシ」は「私ではない」と述べました
それは正しくもあり、間違いでもあります
「ワタシ」は人それぞれのフィルターを通したモノではありますが、私の一面を捉えたモノでもあると言えるからです
親しい友達がいる場合、その友達の「ワタシ」が私以上に私を捉えていたりするものです
反対に、「ワタシ」が私とは掛け離れた「思い込み」である場合もありますが

「思い込み」は、よくあることです
だから、「思い込み」だと気付きかけた時に、「いや違う、私が正しい」と思うのか、「・・・私が間違っているのかも」と思うのかが重要なんだと思うんですが・・・どうでしょう?

思考の柔軟性があれば、「思い込み」も減るんでしょうね
そして、思考の柔軟性が「感情」に打ち勝つことができるモノだと、最近思っているんですが・・・
まだまだ、私の思考も固い・・・硬い・・・堅い・・・どれが正しいんやろ・・・

気楽に生きる為にも、思考の柔軟性は必要ですな
「無関心」とかの気楽さは要らないんです、私





そして、ややこしいテーマはまだまだ続きます (・∀・)ニヤニヤ
楽しいんです、考えるの(笑)

第三十七夜

2008-09-13 00:00:37 | 私のお話
~~ ブログ ~~

今、私は、本宅のblogをメンテナンスしていて、作業上、過去の記事を読み返しています
かなり恥ずかしいモノもあるんですが、それでもやっぱり「blogを書いていてよかったなぁ~」ってしみじみ思います

会社の同僚は、自分の日記を大量にシュレッダーにかけてしまったそうです
理由は「誰かに読まれたら困る」
私は、「えぇ~、勿体無い!!」と同僚に言いました
人それぞれの考え方があるんだから同僚の考えを否定したりはしませんが、それでもやっぱり・・・勿体無いって思います
その前に「・・・誰が見んねん!」「てか、シュレッダーにかけなあかん内容って!」と思います(笑)


私のblogは私の記憶、私の想い・・・だったモノ
blogになった時点で、私が創り出したもう私だけのモノではないモノ

そのblogを読むということは、私が創り出したモノに触れるということ
つまり、間接的に私に触れるということであり、その結果、読んでくれた人の中に「あやこ」なり「綾子」というモノが生まれるということ

一体どんな「ワタシ」なんだろう?
酒呑みのイタい女であることは間違いないな(笑)

その人が創り上げた「ワタシ」が、その人の中に存在する「ワタシ」
・・・とりあえず顔は、蒼井優ちゃ ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ )ドアツカマシイワ!!

それは、ちゃんと存在する「ワタシ」
私がどれ程「私」を書き連ねても、人それぞれの中で異なる「ワタシ」が生まれる
そのことをしっかり認識していないと、途轍もない穴に落ちてしまうことになるんだろう
それは・・・
私ではないんだから
そして、「私」も私ではないんだけど、ややこしいからえっか(笑)

「ワタシ」を私に近付けたいのなら、どうやったら私が伝わるんだろうって色々試行錯誤して努力する外(ほか)ない
だから、酒呑みではない、標準語をしゃべる、心優しい、ポジティブな女性である私を伝える為には、私は相当な努力をしなければならない訳で・・・
ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ )ウソジャネェカ!

私と「ワタシ」を近付けるということは、容易(たやす)いことではない
しかし、諦めてしまったら、私と「ワタシ」は永遠に乖離(かいり)したままだろう
だから、酒呑みではな ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ )

だ ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ )


乖離したままでも平気な人はいる・・・というより、その人達の方が普通なのかなぁ?
なんだかとっても話が逸れてしまいましたので、軌道修正

blogはおら・・・じゃない、私にとって(まぁ大したことはないんですが)作品です
だから、eo blogに文句をブーブー言いまくりながらも、仕事中に(おいっ!)せっせこメンテナンスをしている訳で
「読む人が読み易いように」という気持ち以上に、自分が納得する為に、自分が気持ちいい為に、という思いの方が強いです
えぇ、完全に・・・
自慰行為です ;`;:゛;`(;゜;ж;゜; )ブッ

私、本当に自分のblogが大好きなんです(笑)
だから、本当は自分のこと、大好きなんやろなぁ~って気付いたんです
だって・・・
めっさオモロいやん!( ゜∀゜):;*.':; ガハッ ←こういう人間です
暇があったら、自分のblogを読んでるっちゅうねん!( ゜∀゜):;*.':; ガハッ ←バカです

ま、自分のことを一番知りたいのは自分ですからね

そろそろまとめないと・・・

私のblogを知っている人もいれば、知らない人もいる
私のblogを読む人もいれば、読まない人もいる
私のblogを好(す)いてくれる人もいれば、嫌いな人もいる
私のblogを受け入れてくれる人もいれば、拒絶する人もいる

私は私の書きたいことをこれからも書き続けます


例え、コメントがなくっても!
(ノ`Д´)ノ ==== ┻━━┻ ウガー





「いっそ否定してくれ!」ってな文章書くの、止~めよ

第三十六夜

2008-08-30 00:00:36 | 私のお話
バランスなんだと思う
必要なのはバランス

私はバランスをとるのが下手です
感情の起伏が激しいのも、それに起因するんだろうな
いや、どちらが原因なのか・・・実のところ、よく分からないんだけど
誰かを好きになったら、その人のことしか考えられなくなってしまう
天秤に例えたら、完全に一方の皿が下に付く・・・というより、反対側の皿が吹っ飛んでいっちゃう(笑)
だから、今、色々実験しています
まだまだ感情は暴走傾向にあるけど、それでも、昔よりはコントロールできる様になってきました
でも、やっぱりまだまだです

さて、ある二つのモノがあります
それは大きさも質量も異なります
この二つのモノを天秤に掛けバランスをとる必要がある時、あなたはどうしますか?
どちらかを、もう片方に合わせますか?
それとも・・・
天秤自体を変えますか?

性能の良い天秤なら、大きさも質量も異なっていても、バランスをとるコトが可能かも知れません
性能の良い天秤なら、二つどころじゃなく、どれだけ数が増えてもバランスをとるコトが可能かも知れません
でも、性能の良い天秤を手に入れるのは、そう容易いコトではないでしょう

欲をかいて、あれもこれもと天秤に掛けたら、天秤自体が壊れちゃうコトもあります
だから、性能の良い天秤を手に入れるまでは、天秤にかけるモノを変えたり、我慢したり、諦めたりするコトも大切なんでしょうね

バランスをとるというコトは、決して「均一にする」というコトではないと思います
故に難しいんでしょうね

天秤に掛けた時、天秤は揺れ動きます
最終的にバランスがとれれば、それでいいんでしょうね、きっと

さてさて、あなたはどの様にしてバランスをとりますか?



今の私の場合、吉井と酒で天秤が壊れるな
今回は抽象的過ぎたかな?
そして、支離滅裂っぽいし・・・
てか、天秤って量る為にあるん ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ )

第三十五夜

2008-08-16 00:00:35 | 私のお話
~~ 日本人 ~~

北京オリンピックで、日本人選手が頑張っています
いや、参加されている全選手が黄金に輝くメダルを目指して、鍛え上げた身体と費やしてきた時間、そして計り知れない想いと共に各競技に挑んでいる訳ですが

日本において、スポーツは国家的事業ではなく、練習環境等が整っている競技は限られている様に思います
そう恵まれていない環境の中で鍛錬を積み、オリンピックで記録を残している選手の方も多いのではないでしょうか?

しかし、世界に目を向けると、日本以上に練習環境等が整っていない、それこそ練習する事もままならない国が存在します
経済的崩壊を迎えてしまった国や、内戦中であったり、他国から攻撃を受けている国・・・
この平和の祭典ともいうべきオリンピックが開催されている時を同じくして、この地球上に戦場があるという現実

63年前の8月15日
日本は終戦を迎えました
何百万人という失われた命の上に
彼らはなんの為に戦い、そして死んでいったのか・・・

私は日本人です
この国を愛しています
この国に生まれ、今を生きられる事を奇跡の様に思い、感謝しています

ですが、私の中に「日本人」として確固たるモノがあるのかというとそうではなく、曖昧なモノでしかありません
この国で生まれ、この国で育ち、両親も日本人
それ以上、私を日本人たらしめているモノを思い付かない・・・
海外にも社員旅行でサイパンと台湾に行った事があるだけで、国を離れて日本人である事を痛感した事もなく・・・

サイパンと台湾
共に日本が爪跡を残した地
サイパンでは、太平洋戦争時の砲台や司令部跡が残っているラストコマンドポストや、多くの民間人の方が身を投げたバンザイクリフなど、戦場地跡を巡りました
ガイドの方のお話では、サイパンのジャングルには戦死された方の遺骨が数多く残っているそうです
実際ジャングルを歩くツアーに参加したんですが、飯ごうとかヘルメットとか・・・本当に残っているんです
不憫だと思い、よく日本人観光客が持ち帰ろうとするんだそうです
その度に、後世に伝える為にこのままにしておいて下さいとお願いするんだそうです

日本から遠く離れた地で、一体何を思い戦ったのか・・・
「御國の為」
戦地に赴(おもむ)き戦った方達の胸には、「日本の為に」という思いがあったのでしょう
しかしそれは、決して高邁(こうまい)な思想ではなく、「守るべき、愛するモノの為に」という思いの上に成り立っていたモノだったのではないでしょうか?
しかし、戦争という狂気は、そういった思いさえも変質させます
「守るべき、愛するモノの為に」彼らは銃を手に取り、命を懸けて、敵国の人間と戦ったのですから
そして戦争という極限状態の中で、「己(おのれ)の為に」という思いに変わってしまった方も多かったのではないでしょうか?
恐怖と共に、人間故に

「国」というものは普遍的で確固たるモノの様に思えますが、時の流れの中では流動的で曖昧なモノなのかも知れません
戦前戦後では、「日本人」たる概念も、「日本人」自体も変わってしまったんでしょうね
「今」が全て劣っているとは思いませんが、何か大切なモノを失ってしまった感は否(いな)めません

さて、私は今日もテレビを観て、日本の選手を応援します
「頑張れ!頑張れ!」
プレッシャーを乗り越えて、実力を充分に発揮して下さい!!
私は彼らを通して、私の中の「日本人」を確認しているのかも知れません・・・



最後に、戦争によって亡くなられた方に対し、追悼の意を表します
人が地球人として手を繋げる日々は、まだまだ先の様です

第三十四夜

2008-07-15 00:00:34 | 私のお話
「思い立ったが吉日」
別に吉日でもなんでもないんですが、ここ最近、思い立ったらその思いを抑えることができないでいます
新しいblogも予定通り8月に移行して、それまでは気ままに記事を書いていようと思っていたんです
他人にとっては高がblogでも、私にとっては違うんです
少しの間、大事にしまっておこうと思っていたんです
でも、データ移行しないと不便だと気付いたら、居ても立ってもいられなくなり、blogの移転を早めました

最近の私は、ほんのちょっと生き急いでいます
原因も分かっています
今週末、私は手術を受けます
私の中にできたポリープ群を切除する簡単な手術で、即日退院の安全性の高いものです

ただ、不安はあります
それは、全身麻酔と筋肉注射
部分麻酔は好きなんですけどね (・∀・)ニヤニヤ
私・・・
心臓がそう強い方ではないんです
なんてったって、高血圧症ですから!ヨホホホホ

・・・コホン
いや、どれだけ安全性の高い手術であっても、「不安になる」というのが正常な心の動きなのでしょう
「死」にほんのちょっと近付いただけで、私の心は不安に襲われているようです
実感はほとんどないんですが、行動にあからさまに出ちゃってます(笑)

そんな私は数年前まで、「いつ死んでも構わない」と思って生きていました
今は、「いつ死ぬかなんて分からないんだから、精一杯、生きよう」と思っています
嫌なことも確かにあるけど、えぇこともほんまにいっぱいあるって実感しているから、心底「生きよう」って思っています

私は長い間、『死の美学』というモノに取り憑かれていました
「まず、死、在りき」の「生」を生きてきたんです
人は「死」に向かって生きています
つまり「死」は「生」の最終到着地点であり、人生の評価が下される瞬間です
故に、どうすれば美しい「死」を迎えられるのか、どう生きれば美しい「死に様」を得ることができるのか
そんなことばかり考えながら生きていたんです
「生」と「死」のある側面を捉えているとは思うんですが、かなり後ろ向きな「生き様」であることは否(いな)めません

今は、「まず、生、在りき」の考え方に変わりました
そして「生き抜いてもいないのに『死』に囚(とら)われるなんて痴(おこ)がましい」とも思っています

また、「死」は静かに受け入れるべきものだと捉えていたんですが、これも考えが変わって「最後まで足掻け!」と思っています
それは「生」も同じです
どんなに見っともなくとも、人は足掻くべきだと思います
それを見て笑う人がいるのなら、笑わせておけばいいんです
足掻く姿を見せるか否かは各々の『生の美学』ですが、それを見せようが見せまいが必死に足掻きながら生きることは、私にとって最も美しい「生き様」です

ま、そんなことを性懲りもなく熟々(つらつら)考えている訳です(笑)
今罹っている病気の治療が落ち着いたら、高血圧症の治療に入ります
なんや年寄りみたいで嫌なんですが、そんなことを言って放置していたら、私の心臓と血管がボロボロになってしまいますからね

因みに今回の手術は、ある病気を約20年間放置したことに起因します
そして放置した代償として、私は今後、その病気と共にあらねばなりません
初期であったなら簡単に治った病気です
あっ、心配は要りません
命に係わるものではなく、単に痛いだけです
それに・・・
私は死にません(笑)
皆様も、「あれ、なんかおかしいなぁ」って体の不調を感じたら、ちゃんと病院に行って診察してもらって下さい
本当に・・・
後悔しますよ

ではでは、昏睡の世界を覗いてきます
(前回はなんら覚えていなかったけど・・・)

無事に手術が済みます様に・・・





んで、手術の翌日のB'z LIVE-GYMに行けます様に
ま、這ってでも行くけど

第三十三夜

2008-06-28 00:00:33 | 私のお話
私は決して善人ではありません
だからといって、極悪非道な人間でもありません
しかし、私の中には「善人の私」も「極悪非道な私」も存在します
単にそれが際立って表出(ひょうしゅつ)していないだけかも知れません

私はここでも、本宅でも、自分を飾り立てることなく書いています
というよりも・・・
晒(さら)しています(笑)
故に、時々後悔します

「私」が見えないblogは、私にとって書く意味がありません
個人情報も自分が許せるギリギリまでUPしています
ま、私は永遠の20歳だか ブフッ∵(´ε(○=(`Д´ )サバヲヨムニモホドガアル!
・・・ネタにもなりますし(笑)

まぁ、私の書く内容も内容ですから
「不特定多数の方が見る」という前提で自分なりに考えて色々気を付けているんですが、それでも配慮が及ばない時があると思います
だからせめて、書くことの責任を意識すると共にフェアでありたいと思うんです

例えば、吉井さんネタを書くにあたり、自分は不透明な存在で且つ安全な所から言いたい放題じゃフェアじゃないような気がするんです
うん?
吉井さんを扱(こ)き下ろさんかったら問題ないんや・・・
でも、自分に嘘吐いてまで書きたくないし
悪意を持って書いてる訳やないけど、関西人の癖で、ついツッコミ入れてまうねんなぁ
・・・う~む
「オモロい方がえぇやん!」っていう誘惑に負けてしまう私が(ほんのちょっと)悪いけど、でも、ま、オモロい方がえぇし ( ゜∀゜):;*.':; ガハッ ←開き直り
ネタ振る方が悪いねん! ←反省の色なし
お、おら、悪くないも~ ブヘハッ∵(´ε(○○○=(`Д´ )アルヤロ!
・・・申し訳ありません
(と謝ったところで、変わらないけど(笑))

極力フェアでありたいと思っているのは事実です
って、顔を出さずにblogを書いている時点でフェアも何もないんですけど
単に自分の据(す)わりが悪いからそれを解消する為と自己満足の為・・・なんやろ~なぁ、やっぱり


私、閉塞感が苦手です
風通しの悪いところ、嫌いなんです
息苦しくって、耐えられない
物理的、精神的、空間的、時間的、全てに於いてそうです
人間関係に於いてもそうです

じゃ、「狭い」のが嫌いなのかというと違います
どちらかというと、狭い方が楽だし、落ち着きます
つまり密閉された空間が嫌いなだけで、風通しのいい狭い場所は好きなんです(笑)

私のblogを見ることができる人を限定するということは、空間を密閉してしまうことです
フェアでありたいと思う自分にも反します
さらに、私がblogを書く意味さえも失ってしまうことにもなりかねません
・・・露出狂なんで ノ∀`)テヘ
というのは冗談で、やはり「読んでもらいたい」という思いがあるからです
行き着くところ「自己満足」であっても、やっぱり読んで貰いたい
たとえ!!
コメントが付かなくても!!!
ブツブツブツブツブツブツ

・・・コホン
私、神経質なんです
きっちりカチっとしてないと気が済まないんです
そんな神経質な私は、常に限定的な方向に行き易いんです
つまり、自ら風通しの悪い閉塞感たっぷりの密閉空間を作りがちなんです

blogや日記なんてものは元々狭いものです
それに私は「私が私に収まらない」からblogを書くんです
ですから、密閉空間になりがちな元から狭い所に自ら入るなんてことは有り得ないんです
ということで、mixiには引っ越しません
(と、一部の人に対するメッセージでした(笑))


さて、今回もなんだか意味の分からないことを書いてしまいました
ついでと言ってはなんですが、最後に私が書くblogの最大のポリシーを

「面白い」かどうか

言わずもがなっていう感じですか?
「笑い」だけが「面白み」ではありません
時には(という割には多いんですが)、私もず~んと落ちるときもあります
暗~い内容の記事を書くこともあります
でも、その中にさえも、こそりと忍ばせることができるような書き手になりたいと思います
数多(あまた)のblogがある中で、ここ(又は本宅)を訪れて下さった方に、なにかをお伝えできればと思います

因みに本宅は、ネタです
本当のことなんてこれっぽ ガフッ∵(´ε(○=(`Д´ )
かなりの脚しょ グフッ∵(´ε(○=(`Д´ )
いや、ほん ゲフッ∵(´ε(○=(`Д´ )
ちょっ ゴフッ∵(´ε(○=(`Д´ )





私は自分に正直でありたいと思っています
そんな私は「曲者」・・・「癖者」です
そして、ほんのちょっと「意地悪」です
割と根に持つタイプなんですよ (・∀・)ニヤニヤ

第三十二夜

2008-06-14 00:00:32 | 私のお話
~~ 一線 ~~

この世界には、様々なモノ・コトを分かつ「一線」が存在しています
越えなければならないものもあれば、越えた方がいいものもあり、越えない方がいいものもあれば、越えてはならないものもある
意識して越えるときもあれば、無意識に越えてしまうときもある

「一線」はひとつではなく、越えた先にも無限に存在するものなのでしょう
そして、人によってそれが「一線」であったりなかったりするんでしょうし、「一線」を越えたことによってもたらされるモノ・コトも違うんでしょうね


では、私の吉井さんに対する想いを参考に、「一線」について考察してみたいと思います(笑)

私は物欲が少し強い程度のごくごく普通のファンでした
・・・普通のファンでした!

吉井さんのことはアーティストとしても、人としても、男性としても好きでしたが、以前は「一線」の外側にいたんです
というより、「一線」自体存在していませんでした

手の届かない人を本気で愛することに対してどちらかというと「愚か也」と考える側の人間でしたし、アーティストとファンとの関係はあくまでも擬似でしかなく、それを踏まえた上での一人遊びであると考えていました
ま、私という人間はそんなシニカルなところに悦楽を求める傾向があるので、それはそれで充分に楽しかったし、満足していたんです
・・・人としてはイタいかもしれない(笑)

あの頃の私は、どれ程イタいファンに見えていようが、自己の中ではイタいファンではなくごく普通のファンという認識だったんです
FM802の書き起こしを延々続けていたあの頃でさえ

そんなごく普通のファンであった私(誰、そこ、「普通ちゃうやろ!」とか言ってるの!)をイタいファンへと変貌させる素因となったのが、“GENIUS INDIAN TOUR 2007”の初日、2007年9月29日(土)仙台市体育館(宮城)でのLIVEでした

吉井さんが悪いんです

・・・えっと、シャ、シャワーヘッドが悪いんですっっ
トイレットペッパーがベチョベチョになったのがいけなかったんですっっっ
なんや、表現がエロいな(笑)

と、兎に角、その時のそれは「一線」となる素因であって「一線」自体ではなかったんですが、その後のLIVE参戦及びその内容、その他諸々の素因が積み重なって、私がイタいファンになっちゃう「一線」が発生しちゃった訳ですよ
・・・みんな、ついてこれてる?

「あ、ヤバいな」的感覚はありました
でも、「ま、私もそれ程アホやないし、大丈夫やろ~」って思っていたんですが、GENIUSのFINAL、福岡でのLIVEの時には完全なるイタいファンになっていたんですな、これが
( ゜∀゜)ウハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \ / \

“Dragon head Miracle tour 2008”に至っては、イタいファンどころかヤバいファンになってた
そして、それは現在進行形やったりしてぇ~
( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \ / \

自己要因だけであったなら、私は決してイタいファンにはならなかったんです!!

えっと、話を戻しますと、気付いたら、私はとある「一線」を越えていたということです
そして、その「一線」を越えたことによって、私の世界は変わりました
正直、切なくって、哀しくって、苦しい時もありますが、それ以上に幸せです
吉井さんの歌が今まで以上に心に響くてくるし
その上、私は私を変えるきっかけを得ることができました
・・・ありがとう、吉井さん
(と感謝しておこう、普段扱(こ)き下ろしているから(笑))

さて、なんだか意味の分からないことを書いてきましたが、皆様ご理解頂けましたでしょうか?
「私は吉井さんのことが大好き」ってことしか伝わらないような気がしないでもないですが・・・
ま、いいや


先般、人としての「一線」を越えた非常に凄惨な事件が起こりました
その犯人が書き込んだ掲示板の内容が、連日報道されています
そこに吐露されている内容の一部は、人ならば少なからず誰もが抱いているものでした
・・・身勝手に歪んではいましたが

私がここで書き連ねていることと、犯人が行っていた掲示板への書き込みという行為とに、悲しいかなそう大差はありません
ただ、私と犯人は・・・人として決定的に違う
それは、現実世界で必死に自分と闘っているということです

とある「一線」を越えた私ですが、「さてどうしたものか」と思案中です
感情のままに進んだら、確実に自分に喰われます
私の中にも狂気は存在します


己が孤独に打ち震えている方へ
人の命を奪わないで下さいませ
奪うのなら、せめて心を
心を奪えぬのであれば、己が身と心、磨いて下さいませ

第三十一夜

2008-05-24 00:00:31 | 私のお話
~~ 綾子考 十四 【魂】 ~~

何もこんな厄介なモノをテーマに選ばなくったっていいのに・・・
と自分でも思います(笑)

『綾子考 十三 【信仰】』を通して実感したことがあります
私の思考は、高校・大学時代に学んだ平安時代の文化と大学時代に学んだ民俗学の影響を多大に受けているということを
因みに大学の専攻は国文学で、卒論のテーマは『「源氏物語」における「死」の表現方法』でした
・・・私らしいでしょ?(笑)

常々「神道(しんとう)」的な考え方をしているなぁ~とは感じていたんです
私の家はチョー仏教徒なんですが

神道に「一霊四魂(いちれいしこん)」という思想があります
これは「心」についての考え方で、『Wikipedia』に解り易く解説されています

断っておきますが、私は神道の思想の影響を受けていますが、神道信者ではありませんし、「神道」を薦めている訳でもありません
正しい正しくないということよりも、何かのヒントになったり、自分の中に取り込めるモノがあるのなら取り込んだらいいと思うんです
単純に「へぇ~こんな考え方もあるのかぁ」とも思いますし
私・・・
「奇魂(くしみたま)」が強いんでしょうね(笑)


さて、今回のテーマは「魂」ですが、正直よぉ~分かりません ( ゜∀゜):;*.':; ガハッ
人の心は「脳」の中にあるのか、「魂」といわれるモノの中にあるのか
死んでしまっても「魂」は残るのか、それとも消滅するのか
そもそも存在するのかしないのか

私的には色々不思議な目や少々怖い目に遭っていたりするので、魂というか霊は存在するような気もしないでもないのですが、それ以上に「こういうことじゃないかなぁ」という考えがありまして・・・
それは、「『想い』は残る」ということ

少し話が逸(そ)れますが、静電気、一度は経験されていると思うんですけど、「バチ!」ってな感じで
つまり、人は、帯電・放電しているということですよね?
私の場合、かなりの帯電体質で、今の時期でも火花が飛びます

そして、こんな経験をされたことがないですか?
イライラしている人の側にいるといつの間にか自分も理由もなくイライラしていたり、その空間の空気もイライラしているような気がするという経験
「イライラの伝染」
例えをマイナスの感情にするあたりが、私らしい(笑)
勿論、プラスの感情も伝染します
それが、「人体からの放電と関係あるんじゃないかなぁ」と思いまして

感情は体内から電子と共に放出され、空気中を漂い、他人に付着・吸収され、その人の脳に信号として伝わり、結果、同じような感情になってしまう、ということがあるんじゃないかなぁ
それは「想い」も同じで、さらに「想い」が強いと「念」になる、みたいな
放出された「想い」や「念」は、電子と共にふわふわ空気中に漂ったり、物に留まったりして残り、何かの拍子に人がそれを取り込んだ時に不思議な現象が起こるんじゃないかなぁ
静電気がひどい人とひどくない人がいるように、その現象も起き易い人と起き難い人がいる、みたいな感じで

・・・ファンタジーですね(笑)
だって、こっちの方が怖くないし ノ∀`)テヘ

この説だと、生きている人間の方が色々放出しているような気がしますね
そして、「魂」=「電子」になっちゃいますね(笑)
電波・電磁波放出しまくりの携帯やパソコンを片時も離さない心の乾いた現代日本人が多いのも、この説だとなんとなく分かるような気もするんですが・・・


私が「神道」寄りなのは、「神道」が「現世主義」的な思想だからだと思うんです
「輪廻転生」も現世を生きる為に考え出された思想だとは思うんですが、「来世の為に・・・」って、なんかしっくりこないんです
いや、前世も来世もあって欲しいんですけどね
昔はよく「死んじゃったらどうなるんだろ・・・」とか考えたんです(笑)
最近は・・・
考えないなぁ、そういえば
「どうやったら、毎日楽しく、おもろく、幸せに生きられるんやろ?」って考えてます

もしかしたら「魂」は存在して、死後の世界も存在して、「輪廻転生」システムが正しいのかもしれませんが、そんなこと生きている限り分かりません
大体死んでしまったら、「魂」が存在しようと消滅しようと大して変わらないじゃないですか
「この世界での時が止まる」という点では

悲観したところでどうしよ~もないし、そんなことを悩んだって・・・って思うんです
・・・もっと別に悩むことがあるし

私は、毎日足掻きながら、少しでも幸せになろうと努めながら、生きるだけです
死が訪れた時に、自分に「よ~やった!」って言えるように・・・
極力悔いが残らないように・・・
そして、私を看取ってくれる人が涙を流しながら私の手を取ろうとした瞬間・・・
静電気でバチっ!!!
「イタっ!!!」みたいな ( ゜∀゜):;*.':; ガハッ

・・・看取ってくれる人がおればえぇけど il||li_| ̄|○il||li ブツブツ



貴方は、生きていますか?