休 み の な い 海

眺めのいい部屋から改題

あれ?と思うもの つづき

2018-12-16 | 身辺雑記
 少しスマートなものを。

 小さくてもきれいなブルー。スペインの風車の町では、下から帯状にこの色が使われて統一されていた。
 

 昔は、祝日には日の丸を出した。昨今はまず見ない。この辺りでも、この家だけ。


 蔦に覆われた家。夏の姿。
 昨年撮った冬の姿。



 下半分がないスカイツリー
 
 ドクターイエロー。新幹線の点検車。この2枚は、会いに来てくれた友人が撮ったもの。
 どこか新線の車両かと思ったら、ブロ友さんが在来線のドクターイエローを出していたので、
 慌てて探しだした。
 
 地下鉄のホームにできた待合室。新幹線みたい。この椅子では、座れないかも。

 つぎは、図らずして絵になったもの。
 
 雨の降る夕暮れ。
 
 窓枠が額縁になり、いい絵になった。自画自賛。

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あれ?と思うもの

2018-12-15 | 身辺雑記
 きれいな植物ではなく、ちょっと目にとまるもの。
 とりあえず黄色いカンナ、夏に撮ったもの。ピンぼけで。


 エレベーターに。騙しの電話、ご用心と貼りつけてあった。美観を損ねるこのデザイン。
 E V 刑事(エレベーター掲示)だって。警察署も頭をひねったんだねー


 ロビーに飾ってある花瓶。
 
 近くへ寄ったら、全部紙だった。
 
 
 美容院に飾ってあったのを窓越しに。ネットあみのミッキーマウス、猫?が耳をかじってるよ。


 元はこんなだった商店街。

 現在工事中で週日はうるさい。中を覗いたら、元の元は、瓦屋根、ガラス窓の普通のお家だったみたい。



 時間がなくなったので、つづきはまた~

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久しぶりに外へ

2018-12-12 | 散歩道から
 土曜日は急に寒くなり、痛くてベッドを離れられなかった。
 寝転がっていても、脊髄がギューギュー絞られる。気を紛らわせるには、スマホしかない。
 「あ~痛い」と言いながら、スマホのボタンを押したら、音声入力のシリちゃんが出た。
 「会いたい?」だって。

 日曜日は、いくらか楽になったので、スマホにバカにされていてはいけない、筋肉もふわふわだからと、散歩に出た。
 ブロ友さんが、カンナに実が成ると書いていたので、夏、黄色いカンナの咲いていたところへ行った。
 あった! 教えられなければ見落とすところ。


 元気が出て、よく花の咲いていた公園の入り口へ。
 冷たい! ズボンにキルティングのズボンを重ねばきしていたにもかかわらず、冬の風は容赦なく吹きつける。






 名前も分からず、撮り続け、あ、バラよ、きっと。

 ピンクも一輪だけ。いや、乙女椿かもしれない。

 

 これも毎年見事な黄金いろ。


 枯れた紫陽花だと思うけれど、なんていい色なのだろう。

 これも、ブロ友さんが、よく分からないと載せていたっけ。


 色づき損ねた感じの〇〇〇の実。


 これなんか初冬にしては華やか。でも満足。


 華やかのあとに、おしとやかな白。邪魔になる葉っぱを一枚だけちぎって、ごめんなさい。


 緑のなかに、蔦の色だけが枯れ葉いろ。

 冷たい風のわりには、大収穫。
 大した距離ではないが、帰りは、脚が少しほてってきた。わが坐骨神経も3分の1くらいはまだ生きていたのだ。痛いと感じるのは生きている証拠、と言ってもねぇ。

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太平洋戦争以前から戦争はしていた

2018-12-09 | 昭和とともに
 また12月8日がやってきた。
 太平洋戦争が始まった日である。というか「始めた」日である。
 今月も怒りの月になりそうである。

 戦争というと、原爆、空襲、特攻隊と、被害者としての視点で語られることが多い。戦争の悲惨さを語るのに、それも確かに必要である。

 しかし、太平洋戦争の前も、その後も、中国全土で戦争が続けられていたことを忘れてはならない。
 満洲事変は、またあらためるとして、1937年7月7日に盧溝橋で日中全面戦争が始まったことは書いた。

 盧溝橋で戦線を視察する河辺正三少将
 写真はこちらから。

 その年12月には、日本は、あの有名な虐殺事件の起きた首都南京まで押し進んだ。

 しかし蒋介石は、とうに南京を抜け出し、漢口を経て重慶へ。そして、重慶を首都とした。
 渡洋爆撃の始まりでもあった。
 爆撃機に乗っていた人の本を読んだことがある。日ごろから、動体視力を養うため、電車に乗っていても、看板の字が読めるような努力をしたこと。
 そして、初めて重慶に爆弾を落としたとき、下に住む人びとを思い、胸が痛んだ。しかし、それも慣れてしまったと。
 ここが恐い。これが戦争なのだと思う。

(出典は上記に同じ)

 北支、中支、南支と広がるばかりで、泥沼の戦争とか、点と線ばかりで面にはならなかったと言われる。
 子どもたちは、日本が勝つたびに、地図に印をつけていった、という。
 ここも、怖い。そこの住民たちの苦しみをなにも考えていないということが。

 さらに、蒋介石を援助するという「援蒋ルート」なるものが南支にできていた。
 世界中から中国との戦争をやめろと言われ、日本に経済制裁がされた。
 ABCD包囲陣である。
 アメリカ、ブリテン(英国)チャイナ(中国)ダッチ(オランダ)の略。

 その矛先はアメリカに向けられた。
 海軍は、石油の備蓄がある今なら勝てる、と主張した。
 本土では戦闘や空襲こそなかったものの、続く戦争のため、すでに物資は不足し、国民は飢えていた。
{ぜいたくは敵だ」という標語ができたりした。
 
 結局、日本は大国アメリカ相手に戦争を始めた。パールハーバーの奇襲である。


 中国との戦争は、それでも続いていた。
 蒋介石の妻宋美齢は、アメリカへ行き、演説までした。
 (ネットより借用)

・なぜ祀る瀕死の国を鞭打ちてなお戦えと煽りし将を
                       (byつゆ)
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人権週間10月4日~10日

2018-12-05 | 身辺雑記
 カルロス・ゴーンさんて、業つく張りなの? どうしてあそこまで。
 友人の息子がフランス系の企業に勤めている。
 と言っても、日本人ばかり。でも英語が話せると出世が早いらしい。
 ある日、フランス本国から、偉い人が来て、社員一同は一堂に会した。
 偉い人いわく「ミナサン、オハヨゴザイマス。ペラペラペラ~~(とフランス語で分からない)~~サンビャクオクエンね!(そこだけ日本語で分かった)ペラペラ~~~」
 だったそうな。つい、その話と重なってしまった。

 で、写真から。



 ブラジルの大統領になるボルソナロ氏ってゴーンさんと似てる。へぇ~!
 と思ったのは、ゴーンさんが、ブラジル系で、ブラジルの大統領になりたくて、その資金集めだった、とテレビで放映していたから。よぉく似てるじゃない、骨格とか。

 もちろんボルソナロ氏に反対の民主的な勢力もあるわけで。

 人権がなくなってしまうと心配している。

 最近届いた我が区の広報誌の表紙にこんな記事が載っていた。
 人口約50万の区民に配られるもの。
 法務省が強調する人権事項が書かれている。


 新しい憲法では、国民に人権や民主主義は要らない! と演説する議員の動画を見た。
 大事な前文は削られるし、国民という言葉もなくなり、国だけが残る。
 緊急事態条項などは、そうしようと思えば、永久的に時の内閣を続けられるという。
 戦前ですら、内閣ぐらいは変わっていたのに。

 あおり運転への警告も大事だけれど、新憲法についても、詳しくやってほしい。
 右傾化する世界ーー
 日本は、ほんとに平和なのか。
 報道規制が進んでいるのに、ほんとに自由なの?
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