眺めのいい部屋から   

 窓から見える空と四季のうつろい
  そして昭和を振りかえる
 

ソ連侵攻のかげに

2017-08-08 | 思いだすままに
1945年8月6日広島に、
 9日長崎に原爆は落とされた。

 2013年、日本を訪れたオリバー・ストーン監督は言う。
「原爆は戦争を終わらせるためだったとアメリカは言うが、それは嘘である。ソ連への牽制のためだった。原爆を落とさなくても戦争は終わっていた」と。
 
 そう、アメリカが広島へ原爆投下したあと、
 8月9日午前零時にソ連は満州へ侵攻。
 同日、午前11時、長崎に原爆が落とされた。
 そして、ソ連は満州を、アメリカは日本を取った。
 この日付は、大国の思惑どおり、取り合いのあげくなのだ。


 
 
 長崎出身の人と友人になった。
 そのBさんは、原爆で父と兄を亡くしている。
 ずっと、ずっーと、Bさんは、あのような残虐な爆弾を落としたアメリカは悪い国だと思い込んできた。
 酷い国だと、成人してからもずっと。

 そして、結婚し、子どもももうけて、夫の赴任でタイで暮らすことになった。
 外交官夫人として過ごすうち、日本が東南アジアでしてきたことを知った。
 Bさんは、自虐史観でもなんでもなく、自然に学んでいったのだ、日本の歴史を。
 東南アジアで、日本人がどんな扱いをし、どんな目に遭わせたかを。

 数人の飲み会で、満洲生れのインテリ男性がいて、少し右的であった。
 「あなたみたいな人、つゆさんんの友だちでなかったら、ここに一緒にいなかったわよ!」
 とBさんは叫んだのである。
 みんながあっけにとられ、言われた本人もあっけにとられただけで、何事もなく済んだ。

高校の修学旅行で長崎の平和記念像前。

 
 さらに数年経ち、女医をしている娘さんの結婚が決まった。
 相手は、アメリカ人であった。
 最初に会ったとき、
 「あなたたち、アメリカ人はね、なにをしたのか知ってる?
 原子爆弾という酷いものを落としたのよ、あなたに、その自覚ある?」

 「つい、そう言っちゃったのよ」
 とBさんは、電話口で言った。
 今でも、原爆に関するイベントや運動に関わっている。

 
 わたしも言いたい。戦争というと、太平洋戦争のことしか思い浮かべない人が多い。
 もてはやされるのは、ゼロ戦や特攻隊の話ばかり。
 ソ連侵攻と敗戦で、満洲でどんな目に遭ったか、せいぜい帰国婦女子のことくらい。
 それも、もう風化してきている。
 太平洋戦争以前に、朝鮮半島や中国をどんな目に遭わせてきたか。
 Bさんのように、知る必要があるのではないだろうか。


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12 コメント

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Unknown (虎猫)
2017-08-09 22:08:40
今日は関わっている団体の関係集会で、
戦争をしたがる現政権のメディアへの介入や、
北朝鮮の脅威を煽る政策の真の意図や、
南スーダンの「戦闘」やシリア戦争などなど、現場報告を聞き、
平和を求める市民パワーを鼓舞する講演がありました。

帰宅してPCを開いたら、
このつゆさんのブログ。
胸に入り込んできます。

共有をありがとうございます。
Unknown (ミルフィーユ)
2017-08-09 22:42:26
戦争を知る人が段々減って来ている今、発信し続けることが大事ですね。
父は皇国の洗脳された少年兵として。
夫の父は満州でソ連の捕虜となり4年間。
どちらも戦争に翻弄された庶民の一人でした。

偏った力を舵取り方が強引にしていくと、何処へ行きつくのか、もっと若者たち真剣に考えて欲しいですね。。。。

あ、歳寄りっぽかったですね、この言い方。

長崎のこの像の前で19歳の私も写真を撮りました。
女学生のつゆさんはどちらでしょう?

Unknown (みのり)
2017-08-10 09:26:28
つゆさん
 広島と長崎に原爆投下は
戦争を終わらせるためでは
なかったようですね
ソ連の影があるとか?
 戦争は今もそれそれの国に
心の傷を残しています。
 転勤時代には長崎から
広島に転勤になりました。
どちらもかなし原爆投下の
傷が残されていました。
虎猫さんへ (つゆ)
2017-08-10 09:37:55
平和を求める市民パワー、いいですね。
参加できて。
以前は、反戦・反核を標榜する会で、少しはお手伝いもしていたのですが、外出出来ないので、今や会費を払うだけです。が、それも寄付だと思って払っています。
このブログに反応をしてくれる人はいないかも、と思っていたので、コメント大変うれしく思いました。
ミルフィーユさんへ (つゆ)
2017-08-10 09:52:23
戦争を知る世代が少なくなりました。
この私でさえ、終戦時4歳でしたから。
その後も、自分で知ろうとしなければ、このままで終わっていたでしょう。

若い人たち、戦争がいかに悲惨で酷なものか、分かっていませんね。
また、こういうとき、はっきり物言うのは女性。
男性は、社会的に暮らしてきたせいか、あちらこちらを向いてから…。

すつかり年寄りになりましたから、個人の経験もはさみながら、語っていかなければと思っています。
ミルさんのコメント、励みになります。
みのりさんへ (つゆ)
2017-08-10 10:28:58
無条件降伏しろというポツダム宣言が7月26日に出されています。
それを早いとこ受諾していれば、広島も長崎も被曝しなくてすみました。

経過は、書いたとおり、アメリカとソ連のとりっこです。
日本はアメリカの植民地だったのです。
朝鮮半島が分断されたのも、両国のせいです。
Unknown (喜美)
2017-08-10 10:33:53
私は難しいことはわかりません
唯戦争で故郷全部焼かれました終戦1か月前です15歳の私は動きも早かったですけれど焼夷弾をかき分け上から降ってきますその中を千本浜まで逃げました一晩で皆灰になりました
こんな戦争したくないのは当たり前です
喜美さんへ (つゆ)
2017-08-10 11:29:30
空襲で逃げ回るのは、どんなに怖かったかと思います。
戦争のときは、それぞれが大変な思いをしているので、個々の悲劇や辛さを若い人に伝えていくのは、大事ですね。

ただ、大局的に見る目を、あとからでもいいから、知っておくことは、今後を考えるにあたって、さらに役立つかもしれないと思うのです。
Unknown (チブリッツ)
2017-08-11 06:37:38
アメリカに住んでいるといかに韓国人 中国人 他のアジア国も日本軍がしたことを忘れていないか知らされます。 それは三代にも語られて続いている日本人への憎しみです。  

リーダーを間違えると恐ろしい事になりますね。 アメリカの政治 今とても不安です。
チブリッツさんへ (つゆ)
2017-08-11 09:27:32
そうでしょうね。
かの友人も、夫の仕事がら、他の国々の人と付き合うことが多かったことから、韓国人の日本に対する思いをさんざん聞かされたと言っていました。

戦前から、そういう差別があり、もう消滅していると思っていましたが、先日、あるブログで、在日でありながら、いまだに続いていると知り、悲しくなりました。

日本の政治も、不安です。

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