外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

ウィリー木原さん

2010-01-14 21:12:16 | 大学野球
ウェブで、懐かしい顔を見つけました。

1973年(昭和48年)のドラフト会議で、大洋ホエールズから4位指名を受けるも拒否して、法政大学に進学したウィリー木原捕手です。
ちなみに同年の大洋ドラフト一位は慶応の山下大輔内野手。

木原さんは、郷里の別府に戻って、今も野球に関わっていらっしゃる様子で何よりです。
近況へのリンク

写真は、最強を誇った法政大学で、怪物・江川と同期入学となる“花の49年組”の打撃陣です。

〔前列左から〕
楠原(広島商)、袴田(静岡自動車工)、金光(広島商)

〔後列左から〕
植松(静岡高)、ウィリー木原(別府大付属)、徳永(柳川商)、島本(箕島高)

投手陣には江川(作新学院)、佃(広島商)もいて、さながら甲子園のスター選手、ドラフト候補選手大集合という感じです。

この時期は、早稲田、明治、慶応にも甲子園球児が大量に入学したのですが、法政の選手たちは体格が良くて、同じ甲子園球児でもスケール感が一味違いました。

彼らが上級生となった三年生の春から、法政はリーグ四連覇。
それも全て勝ち点5の完全優勝という磐石の強さで、明治神宮大会も二年連続で優勝しました。

法政の“花の49年組”は、入学して、いきなり一年生春のリーグ戦で大量にベンチ入りを果たし、メディアでも盛んに採り上げられました。

しかし、彼らに押し出される形で控えに回った上級生たちは、やはり面白くなかったのでしょうね。
あの時代ですから、江川らが下級生の頃は、先輩たちから相当しごかれたと聞きます。
Comments (2)
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