海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

生誕百年の作家

2009-01-17 19:36:24 | 生活・文化
 昨日、名護市内の古本屋に行ったら、生誕百年作家フェアということで埴谷雄高、松本清張、太宰治、中島敦、大岡昇平の五名が紹介されていた。太宰や中島が三十代で亡くなったこともあって、この五人が同じ1909年生まれだったとはけっこう意外だった。インターネットで検索してみると、北九州市の松本清張記念館では、この五名を中心に「一九〇九年生まれの作家たち」という特別企画展が催されている。8月までやっているようなので、機会を作って見に行こうと考えている。
 清張記念館には一度行ったことがある。一昨年のことだが、館内に再現された書庫が何よりも興味深かった。記念館には松本清張が朝日新聞社で広告を作っていた頃の資料も展示されている。そのあと沖縄戦を戦った元日本兵の方に話を聞いた際に、その方が朝日新聞の広告部で松本清張と一緒に仕事をしていたということで、小倉から東京に出てきた当時のエピソードをいくつか聞かせてもらった。
 清張記念館を見たあと、近くにある北九州市立文学館にも行ったのだが、日本近代文学館との共催で「作家の自筆原稿でたどる〈文学・青春〉展」というのやっていて、去年話題になった小林多喜二の「蟹工船」や太宰の「人間失格」「斜陽」、椎名麟三「永遠なる序章」、大江健三郎「飼育」、中上健次「岬」などの自筆原稿を目にすることができた。沖縄ではまず目にできないので、いい機会となった。

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6 コメント

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オフトピですが (ni0615)
2009-01-18 16:29:57
ちょっとオフトピですが、
キー坊さんの<力作資料ブログ>をご紹介させていただきます。
http://keybowokinawan.blog54.fc2.com/

1960年代に於ては、住民間の矛盾問題をリアルに探求して行こうとしたのは、サヨク人士だったのですね。

20世紀に入り、原告側応援団はそれをかなり研究して逆手にとり裁判に挑んだようです。さかのぼって曽野綾子の「ある神話の背景」自身がそれを逆手に取ったものだとすれば、当時沖縄のリベラル知識人から批判の声があまり上がリ難かったのも、なんとなく分かるような気がしてきました。

もちろん、キー坊さんが紹介した石田氏論考も、批判的に咀嚼したいと思っています。
Unknown (目取真)
2009-01-19 10:10:35
石田氏の論考を紹介しながら「サヨク人士」という蔑称を使うのは、極めて失礼でしょう。
沖縄戦に関する資料を紹介するのは意義あることだと思いますが、匿名による中傷は自らを貶めるのではないでしょうか。
Unknown (ni0615)
2009-01-19 12:48:12
目取真さん
ご指摘ありがとうございました。

蔑称のつもりで申したわけでは有りませんが、そう思われる方がいる以上本意ではありませんので、「進歩派言論人」と訂正させていただきます。

なお、1960年代後半においては左翼と呼ばれることは決して蔑称ではありませんでした。

「サヨク」とカタカナで書いたことも、これは80年代以降の用法ですから、それを使った私は不用意だったと思います。

批判的に読むというのは、否定的に読むということではありません。

例えば、石田氏の論考の中にはかなりあけすけな直感にもとづく当時の村の指導者批判があります(その人たちに石田氏は直接あっていない)。かなりの部分それを私も首肯するものですが、現実にこのたびの裁判における隊長側弁護団や、さかのぼって曽野綾子氏が「ある神話の背景」で、表層的にであれ逆手にとったとも考えられるものですから、私にとっては、それらは他の資料とあわせて慎重に読見込んでいく必要があると思っております。

こうしたことは、先に目取真さんがこのブログで、O氏やM氏の論考までがなぜ原告側証拠として提出され、提訴理由にまで利用されてしまったのか、それは、こちら側の陣営としても、きちんと考えてみる必要があると仰ったことに、私が啓発されたからでもあります。

私は、キー坊さんのサイトをご紹介しましたが、石田氏の論考は一ヶ月以上掛けて読むつもりです。氏への評価を定めて投稿したわけでは有りませんので、その点もどうかご理解ください。
「サヨク」について (目取真)
2009-01-19 15:46:56
島田雅彦氏の小説の題名から80年代に「サヨク」という表現が話題になりましたが、最近はインターネット上で「サヨク」と片仮名書きにすることが、誹謗中傷の手段として使われることが目立ちます。
左翼・右翼と漢字書きにするときには、その人の思想的立場を表すだけですが、片仮名書きにすることによって、本物の左翼・右翼ではない偽物であると強調したり、あるいはあからさまに馬鹿にするためにわざわざ「サヨク」と表現する。
この20年余で、そのうように変化してきているように思います。
漢字と片仮名の表記の違いがどのような意味の違いを生み出すかを考えずに、「サヨク」と無頓着に表記してきたのなら、これまでも誤解を与えてきたのではないでしょうか。

『ある神話の背景』に対する沖縄の知識人の評価の問題は、これから掘り下げていくべき大切なことだと思います。
そのための資料を公開、分析、評価する作業をなさっているのは、とても意義のあることだと思います。

石田氏の論文の評価に関連して、岡本恵徳氏の「水平軸の発想」という評論は読まれたでしょうか。
もしまだならご一読を薦めます。
『現代沖縄の文学と思想』(沖縄タイムス社)に収められています。
また、西谷孝三氏の〈沖縄戦における「集団自決」・「強制集団死」論の史的分析〉という論文も参考になると思いますので紹介します。
西谷氏は沖縄国際大学大学院地域文化研究科南島文化専攻ということですので、沖縄国際大学に問い合わせてみたらいいと思います。

Unknown (ni0615)
2009-01-19 17:52:21
目取真さん
ご紹介ありがとうございました。

>岡本恵徳氏の「水平軸の発想」『現代沖縄の文学と思想』(沖縄タイムス社)
>西谷孝三氏の〈沖縄戦における「集団自決」・「強制集団死」論の史的分析〉?

国会図書館に行けた時に遅々読み進めるしかありませんが、努力します。

~~~~~~~~

> この20年余で、そのように変化してきているように思います。

そこまで強い忌避感をしらず鈍感でした。
石田論文 (キー坊)
2009-01-19 23:57:00
ni0615さん、こちらで拙ブログを紹介して下さって、恐縮です。

目取真さん、お邪魔致します。 

「サヨク人士」という言葉が最近、侮蔑的意味合いで使われている事は、私は知りませんでしたが、石田郁夫氏は60~70年代、「極左」の活動派言論人だったでしょうね。私は「左」・「右」のこだわりはないですね。
私は、石田氏の論文を十分に読み咀嚼した段階にないです。拙速にブログを立てて、石田氏の慶良間関連のルポを紹介したのは、沖縄についての、最初の論考と思われる「沖縄の断層」の冒頭、「沖縄の老婆たちへの偏愛とでもいうべき熱い共感が私の胸のなかにたまっていた。」という一節が象徴するように、けっして高見からでない沖縄への「情」を、論考全体に感じたからです。(「右」の山崎行太郎氏の論考にも似たものを感じます。)
また、誰よりも早く渡嘉敷へ行って、底辺住民のナマの声を聞きだし、書物に発表しているのに、あまり知られてないように思えたからです。旧著は絶版のようで、図書館にも蔵書少ないようなので、あえてブログで公開しました。
岡本恵徳氏等の論文を読んでみたいと思います。

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