海鳴りの島から

沖縄・ヤンバルより…目取真俊

名護市議会選挙

2010-09-06 15:43:50 | 米軍・自衛隊・基地問題
 沖縄では昨日5日から統一地方選挙が始まった。5日に名護市、宜野湾市、沖縄市など5市議会議員選挙が告示され、7日には伊是名村、大宜味村の村長選挙と22町村の議会選挙が告示される。
 その中でも名護市議会選挙に注目が集まっている。与野党いずれが過半数を制するかによって、辺野古新基地建設に反対する稲嶺進名護市長の市政運営に影響を与えるからだ。今回は27人の定員に対し37人が立候補し激戦となっている。朝から選挙カーが市内を走り回り、候補者名を連呼する声や街頭での演説が絶え間なく聞こえている。ヤマトゥからも取材にきているようだが、ただ、有権者からすれば市議会選挙は必ずしも新基地建設問題が大きな焦点となるわけではない。

 名護市は今年8月1日に市政発足40周年を迎えた。1970年に名護町、羽地村、屋我地村、屋部村、久志村の五つの町村が合併して名護市が誕生したのだが、旧町村や区などの地域代表を選ぶという意識で投票する有権者は今でも多い。小中高校の同窓会やPTA、門中など地縁・血縁が大きな影響を及ぼし、インフラ整備や教育、福祉など生活に密着した課題に関心が集まる議会選挙で、辺野古新基地建設という日米安保、外交に関わる問題を中心的課題として問うこと自体が、本来は無理な話だ。
 にもかかわらず、国が決めたことに従わない市長には議会を使って揺さぶりをかけるという日本政府の思惑と、それに同調する島袋前市長をはじめとした名護の新基地建設推進派の画策によって、名護市民はくり返し踏み絵を踏まされようとしている。今年に入って1月には市長選挙があり、7月には参議院選挙があった。今回の市議会議員選挙の後には11月に県知事選挙もある。いったい名護市民は何度踏み絵を踏まされなければならないのだろうか。いい加減うんざりしている市民も少なくないはずだ。

 辺野古への新基地建設に関する名護市民の意志は、すでに1997年12月の名護市民投票で示されている。市民投票の結果を踏みにじってきた比嘉鉄也・故岸本建男・島袋吉和という歴代の名護市長や稲嶺恵一前知事、仲井真弘多知事、そして日本政府によって名護市民は分断と対立、苦しみを強いられてきたのである。歴代の名護市長が名護市民投票の結果を守り、県知事や日本政府がそれを尊重していれば、この13年の名護市の混乱や市民の苦しみはなかった。
 1月の名護市長選挙で当選した稲嶺新市長は、これで市民投票と市長選挙の結果が一つになった、と述べた。この言葉の意味は大きい。名護市がこの13年の分断と対立から抜け出し、国策に振り回されない本来の地方自治の姿に戻るには、名護市民投票で示された民意に戻って再出発する必要がある。市議会選挙や市長選挙、県知事選挙、国政選挙は多様な問題、課題を問うものであり、基地問題だけが問われるのではない。辺野古への新基地建設の是非を問うた名護市民投票以上の明確な市民意志はあり得ない。

 今名護市議会議員選挙の立候補者に問われているのは、名護市民投票の結果を守り、尊重するか否かである。それができない立候補者は、仮に当選しても名護市にさらに分断と対立を生み出し、市民に苦しみを与えるだけだ。メディアも名護市民投票が持つ意味を再認識すべきだ。選挙のたびごとに市民に踏み絵を踏ませるような政局中心の報道は、耳目を集めやすいかもしれないが、余りにも近視眼的である。年に4回も踏み絵を踏まされては、名護の有権者はたまったものではない。
 名護市民の意志は、すでに名護市民投票で出ている。市長と市議会議員はそれを守り、沖縄県知事と日本政府はそれを尊重すべきだ。名護市議会選挙を国策を強行するための手段として利用することは許されない。
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