「おまたせ〜! やっと表に出てこられたぜ。いままでは眺めるだけだったからな。おいらは、絶対悪。名前はまだない」
その姿は後ろが見えるほど透け透けで、その言葉はデジタルサウンドが奏でる楽器のように響いた。
「これが『切り裂かれた天使が純粋な悪を生み出し』の意味か」アストロラーベがつぶやく。
「おい、陰の薄い奴、誰もお前なぞ待ってはいなかったぞ。それはともかく、何をしたくて出て来た? 名前はまだないとか、野良猫じゃあるまいし。だいたい、絶対悪がお前の名前じゃないの?」冷静に戻ったマクミラが尋ねた。
「よくぞ聞いてくれた。おいらは絶対悪という名前というより、そういう存在なんだ。今、地上は中途半端な悪であふれてる。ついでに中途半端な偽善にも。このまま偽善者と善人の皮を被った悪人が諍いを続けても、何もいいことはない。だから天使の力と堕天使の力、ヴァンパイアの血、マクミラ、お前がおせっかいにも見せたアポロノミカンの力、トリックスターの力まで混ざったおいらがケリをつけてやる。神にも、悪魔にさえも想像出来なかった善と悪の両極を兼ね備えた存在だ。歴史上、これだけの何でも有りはどこにもないよ」
「輪廻の蛇を忘れてない?」
「フン、たしかにそうだ、ウロボロスも入っている」
「なかなか楽しそうじゃない」マクミラが続けた。「でも、どうやって諍いを終わらせるの?」
「お前が2年間もダニエルをほったらかしにしてくれたおかげで、考える時間はくさるほどあった。おいらも神々のゲームに参加させてもらう」
「2年間考えたって言うのも、まんざらはったりじゃなそうね」
「お前たちは知らないだろうが、絶対悪という存在は悪魔なんかじゃない。おいらはどちらかといえば天使の範疇に入る存在だ」
「ふ〜ん、私は冥界では聞いたことがなかったけどね。それじゃ、いったいお前は敵なの、それとも味方なの?」
「そんなもん、両方に決まっているだろ。正義とは、つねに自分が正しいと思う者の側にあるが、絶対悪の誕生は最高神たちにとってさえ極秘事項だ。あいつらはトリックスター誕生にさえ右往左往しかねない小心者ぞろいだ。何が、世界が作られ、線引きがされ、範疇が定義され、階層が建造されるやいなや、原始的パフォーマーが規範を破るため入り込み、タブーを犯し、すべてをひっくり返すだ? しょせんトリックスターなど天と地という二項対立世界を自由に行き来し既存秩序を破壊するだけの道化師にすぎない」
「トリックスター以上のことをしでかしてみせると?」
「言うまでもない。おいらの支配下では、これまでの理(ことわり)のすべてがひっくり返り、すべての存在が天国の到来に感謝するだろうさ。いいか、おいらこそがチョイス・イズ・トラジックの化身だ!」
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