オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

トランプの異常なメディア攻撃

2018-11-04 | 政治
史上最悪のアメリカ大統領トランプ。開発途上国なら、影響も少なく見過ごすこともできようが、アメリカ大統領ともなれば、影響が大きすぎて鳥肌が立つ。しかも安倍首相は彼と親友だというのだ。
2年前、早くも日刊ゲンダイがその危惧をぶち上げていた。
 
 ホワイトハウスでの首脳会談をわずか40分間で終え、フロリダに飛んでゴルフを堪能した安倍首相と米国のトランプ大統領。2つのクラブをハシゴし、27ホールも回った。会談の“成果”は何もなく、親密ぶりを世界に向けてアピールしただけだったが、日本のメディアは「百点満点」と大絶賛だ。 自民党内から聞こえてくるのも、「極めてうまくいった」(高村副総裁)、「歴史的快挙」(下村幹事長代行)、「最高の成果」(茂木政調会長)などと浮かれた声ばかり。大統領の専用機に乗せてもらい、一緒にラウンドしてもらったことがそんなにうれしいのか。属国根性丸出しではないか。
 米国では、ギャラップ社による最新世論調査の結果が大きく報じられた。
「トランプ大統領は世界の首脳から尊敬されていると思うか」という質問に対し、「尊敬されていると思う」は29%で、「尊敬されていると思わない」が67%に上った。
 
「主要国の首脳が距離を置く中で、無条件に追従してくれる日本の首相は、トランプ大統領にとって貴重な存在です。就任前に馳せ参じて高級ゴルフクラブをプレゼントし、ちょっと脅せば米国のための雇用策まで考えてくれる。トランプ大統領に取り入るためなら、日本国民の虎の子である年金資金まで差し出しかねない勢いです。首脳会談で、貿易摩擦や為替操作についての苦言がなかったことで、日本側は『無理難題を吹っかけられずに済んだ』と胸を撫で下ろしているのでしょうが、それを“成功”と言うのは間違っている。米国に見捨てられては困ると、すがりついただけでしょう。それなのに、共同会見で、トランプ大統領は『米国と中国の良好な関係がアジア太平洋地域のすべての国々にとって良い結果となる』と明言した。安倍首相が妄執する中国包囲網がくじかれたのです。これまで中国封じ込めのためにアジアやアフリカ諸国にカネをバラまいてきたのに、水泡に帰してしまった。対中国政策でトランプ大統領を味方につけることに失敗したということです」(政治評論家・本澤二郎氏)
 
「私は朝日新聞に勝った」「俺も勝った!」と意気投合
朝日新聞では、アメリカ総局長がこう書いていた。
〈トランプ氏の自己愛・ナルシシズムの度合いが極端に強いことは、選挙戦の序盤から伝えられてきた。ささいなことでも批判されると、相手をツイートなどで攻撃するなど、非常に衝動的〉
〈米国の心理学者ジョン・ガートナー氏は、トランプ氏の行動を分析し、「加虐性、偏執性なども含まれる悪性ナルシシズムを持つ初の米国大統領で、極めて危険だ」と警鐘を鳴らす〉
〈共同記者会見で、用意された原稿を棒読みに近い形で読み上げたトランプ氏と、奔放で乱暴な言動を繰り返すトランプ氏。その二面性は気になる〉
 
 原稿棒読みだけではない。共同会見で、日米同盟の強化で同意したと誇示する安倍の冒頭発言を聞きながら、トランプは時折もっともらしい表情でうなずいたり、笑みを浮かべたりしていたが、同時通訳用のイヤホンをしていなかった。記者との質疑応答になってイヤホンを装着したが、米メディアには、「大統領はいつから日本語を理解できるようになったのか」と皮肉られていた。
 元外務省国際情報局長の孫崎享氏が言う。
「トランプ大統領がイヤホンを着けることも忘れていたのは、忠実なポチの安倍首相が自分を怒らせるようなことを言うはずがないと安心しきっていることの表れです。日本側が切望した尖閣諸島への米国の防衛義務を定めた日米安保条約第5条の適用に関しては、安倍首相が『確認した』と会見で言及しましたが、トランプ大統領にとっては、どうでもいい話でしょう。歴代米政権の見解を踏襲しただけで、何も進展はなく、日本のメディアが大成功だと持ち上げるほどのことではない。それよりも、なぜ、トランプ大統領が安倍首相をここまで歓待したのか。2人が互いにシンパシーを感じているとすれば、その理由がどこにあるのかを考えるべきです」
 
産経新聞に看過できない記事が載っていた。トランプタワーでの初会談で、軽くゴルフ談議をした後、安倍はこう切り出した。
「実はあなたと私には共通点がある」
 怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。
「あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私もNYTと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った……」
 これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。「俺も勝った!」
 
 これが本当なら、異常な事態だ。仮にも民主主義を標榜する国のトップ同士が、自身に批判的なメディアを敵視し、懲らしめたことを自慢し合い、「勝った」「勝った」と浮かれている。まるで幼児だ。
 
 幼児性と加虐性、敵と見なしたら絶対に許さない偏執性。異なる文化や意見を認めない排他性と、自分は正しいというナルシシズム。気味の悪いほど2人は似ている。
 
トランプの異常なほどのメディアに対する敵視は今もエスカレ-トし続けている。
メディアには権力を監視するという役割が求められるため、もともと権力者との間には緊張関係があるのが普通だ。歴代政権はメディアのそうした役割を理解し、時にはメディアの力を利用することで政権の実績アピールに努めてきた。トランプ政権のように徹底したメディア批判を繰り広げ、政権発足後もそうした姿勢をエスカレートさせる政権は、米国政治において例がない。
 
 ツイッターのフォロワーが2600万人を数え、トランプ氏自身が巨大なメディア並みの影響力を持っている。そこに政権とロシアの不透明な関係が影を落とし、真相を追及しようとするメディアとの間で対立が生まれている。メディアを介さず自ら支持者にメッセージを発信するというトランプ氏の姿勢は、大統領に就任する前から顕著だった。歴代大統領は当選から数日後に記者会見を行うのが慣例だったが、トランプ氏の場合、メディアとの会見の場に初めて姿を見せたのは、選挙から2か月以上がたった後。就任9日前のことだった。
 この間、政権人事や目玉となる政策についてはツイッターで次々と発表している。トランプ大統領はツイッターの約2600万人のほか、フェイスブックに約2100万人と、合計4700万人のフォロワーがいる。メディアを介さず自らの考えを直接かつ瞬時に発信できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)という「武器」を手にしているのだ。たとえメディアと対立しても、自分の「武器」をうまく使って反撃すればいいのである。
 
 次期大統領当選後初の記者会見で焦点となったのがロシア問題だった。会見直前に、英国の情報機関「MI6」の元職員が作成したトランプ陣営とロシアとの関係に焦点を当てた35ページに及ぶ調査報告書のコピーをオンラインメディア「BuzzFeed」が掲載し、CNNなども大々的に報じていた。ロシアとの関係を問いただす質問が相次ぐ中、トランプ氏はCNNの記者からの質問を一切受け付けなかったばかりか、「偽ニュースを報道するメディア」とCNNを再三非難した。メディアが示す「事実」を「フェイク」として封印するトランプ政権の戦略だ。
 
トランプの支援者の集会に潜入する大手メディアの記者はボディガ-ドを雇うという。それでも、支援者に取り囲まれて非難される記者の表情に恐怖が浮かんでいた。
何の具体的な政策も示さず、強いアメリカを取り戻すと気炎を吐き、唯一の政策はメディア批判と言論の自由の圧殺、トランプは世界を地獄に導こうとしているように見える。
時代を逆行させることなどできないのだ。ゾンビ企業をよみがえらせることなどできないのだ。政治家のできることは滅びゆく産業の痛みをいかに緩和するか、新しい産業へのシフトをいかに円滑に進めるか、その手立てを提供することだけだと思う。資本主義でも社会主義でもない高度な福祉を提供する産業国家----未来を託すべき政治家の劣化が止まらない。
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降圧剤の副作用

2018-10-01 | 健康
降圧剤を服用している人は実に多い。高齢になれば、動脈硬化などにより、血管が固くなり、高血圧患者が増えてくる。年々、低く設定されるガイドラインを超えると当たり前のように降圧剤が処方され、何の不安もなく薬を飲み続ける。薬には当然副作用があってしかるべきなのだから、体は対応するために無理をする。そして、ある日突然・・・・・
 
現在の高血圧の基準値は異常に低く設定されているという。1969年ごろは、上が『年齢プラス90』以内ならば正常とされていた。たとえば50歳なら140、60歳なら150という具合。ところが高血圧の基準値は2000年以降、どんどん下がっている。年齢とともに血圧は高くなるものだが、なぜそれを低めに設定するのか。基準値を低めに設定するだけで、健康な人を『患者』にすることができるからだ。製薬会社は莫大な利益を得る。
日本高血圧学会のガイドラインで高血圧の基準が下がり始めたのは、2000年からだ。高血圧の新薬ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)が発売されたころだ。
 
「アメリカの製薬会社は高価なARBを売り出すために国際高血圧学会や世界保健機関(WHO)に働きかけて、高血圧の基準値を下げさせることに成功した。おそらく製薬会社からの巨額な寄付金があったのでしょう」と語るのは医薬ビジランスセンター理事長の浜六郎医師である。
 
人々の栄養状態がよくなったので、脳出血は減った。細胞を丈夫にするコレステロールの摂取量が増え、血管が破れにくくなったのだ。それなのに「血圧が高いと脳卒中になる」という思い込みは依然強い。脳卒中には3種類ある。50年前はほとんどが脳出血だったが、いま脳出血は激減していて、脳梗塞が8割、くも膜下出血はいまも昔も全体の3%程度という。低血圧で起こりやすい脳梗塞は血圧を高めにして詰まった血栓を流した方がいいと言う考え方もある。
 
酸素と栄養素を血液から取り込むためには一定の血圧が必要だ。それなのに降圧剤で血圧を下げすぎてしまうと、それが取り込めなくなる。さらに怖いのが、薬がもたらす副作用だ。降圧剤には種類がいくつかあり、現在の主流は前出のARBやカルシウム拮抗薬だ。これらの薬剤には炎症を抑える作用がある。
 
免疫反応は、病原体や体内にできた異物から体を守るための防御システム。炎症は、免疫反応の重要な要素で、体にできた傷を治す働きだ。ARBやカルシウム拮抗薬は炎症を抑制するので、これを飲むと炎症が目立たなくなり、一時的に健康になったかのようにみえる。しかし傷を治すための反応が起きないということは、傷を放置しているということなのだ。その1つが「がん」である。免疫が正常に働いていれば、がん細胞が生まれても小さいうちに排除できる。しかしARBやカルシウム拮抗薬を飲んでいると免疫が抑制されてしまうので、がんになりやすい。感染症が全身に広がって死に至る「敗血症」も、免疫不全によって起こる。さらには高齢者が血圧を薬で無理やり下げた場合、脳に栄養や酸素が行きわたらず、認知症になりやすいという説もある。
また、内臓や各細胞に栄養が届かなければ、体の機能は低下する。特に目や脳、腎臓といった部位は血液の増減に敏感な臓器だ。例えば白内障を患っている人は降圧剤を使用していることが多く、その因果関係も指摘されている。
 
“高血圧ワクチン”
🌟 大阪大学大学院 森下 竜一教授
従来の降圧剤に代わって、1回の注射で血圧を下げる効果が数年にわたって持続するという高血圧ワクチンが開発中である。
 
アンジオテンシンⅡは 血管を収縮させる作用があり、血管が細くなると、血圧が上がる。アンジオテンシンⅡが、血管の壁に直接付かないようにブロックしたり、体内で造られるのを防ぐのが降圧剤である。
それに対して、高血圧ワクチンは、血液内のリンパ球の一種に、アンジオテンシンⅡを攻撃するように指令する。すると、リンパ球の一種が作った抗体が、アンジオテンシンⅡを攻撃する。効果が長期間持続するので、毎日薬を飲む必要がなくなるというのである。夢のようなワクチン!に聞こえるが、免疫システムをだまして自分の組織を攻撃することになるわけだから、怖い…
 
高血圧は薬よりも減塩や運動など生活習慣で改善して、健康長寿を目指すのが安心できるやり方だろう。そして、薬を使う場合は降圧剤のリスクをきちんと認識して服用すべきだろう。
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健康長寿に欠かせない筋肉

2018-09-08 | 健康
高齢になると体が衰える。筋肉や関節が次第に衰え、神経や平衡感覚の機能も低下していくので動作が鈍くなる。
長寿の健康のためには、心臓、血管、腎臓、肝臓などのはたらきを維持することが重要なのは言うまでもない。しかし、筋肉は命や健康に直接関係するほど重要な器官ではないと考えている人が多い。最近の研究から、筋肉の量やその機能が健康に深く関わっていることが明らかになりつつある。
 
脳卒中や心筋梗塞などの生活習慣病を予防するには、内蔵脂肪の蓄積、メタボリックシンドロームにならないように注意することが必要だ。筋肉や骨、関節などの運動器の機能を維持することで「ロコモティブシンドローム」、略して「ロコモ」を予防することが重要だ。そして、認知症を予防できれば、要介護になる危険性を3分の一にまで減らすことができる。
筋肉はこれらの3つの全てに関係しているのである。
重要な筋肉の3機能
・「運動器」としてのはたらき。
・体温を生み出す「熱源」としてのはたらき。
・内分泌器官としてのはたらき。
 
筋肉の量は普通に生活していても、加齢とともに減ってしまう。加齢に伴って筋肉が減り、筋力が低下していくことを「サルコペニア」という。加齢でサルコペニアになりやすい筋肉は、太ももの前、お尻、お腹、背中の筋肉だという。30歳あたりをピークで緩やかに減り始め、50歳あたりを過ぎると減り方が速くなる。30歳から80歳までの50年間では、大体半分くらいの太さになってしまう。
歩行動作が不安定になり、歩幅が狭くなって、転倒の危険性が増し、この状態がさらに進むと、移動能力が制限され、「ロコモ」になる。そして、活動量がさらに減少することで、「フレイル」と呼ばれる虚弱状態、引きこもり、認知症などにつながっていく。
さらに、体温を維持する機能が低下し、寒さに弱くなる。熱を作るためのエネルギー消費が減るので、肥満や糖尿病になりやすい。つまり、メタボリックシンドロームになりやすい状態だ。糖尿病のように、体が糖を利用する能力が低下すると、余剰の糖が「糖化ストレス」という状態を引き起こし、動脈硬化、脳卒中、腎疾患、認知症などのさまざまな合併症につながる。ネズミを用いた実験では、筋肉による熱の生産を抑えてしまうと、冷え性になるばかりでなく、やがて肥満になり、糖尿病になる。
次に、筋肉の3番目のはたらき、内分泌器官としてのはたらきは重要だ。
最近の研究から、筋肉をよく動かすと、筋肉からさまざまな生理活性物質、つまりホルモンのようなはたらきをする物質が分泌されることがわかってきた。筋肉が分泌する生理活性物質を総称して「マイオカイン」という。分泌するマイオカインの量は、組織1グラム当たりでいえば非常に少ないが、筋肉そのものが多量にあるので、絶対量としては、無視できないほど多くなる。運動によって筋肉から分泌されるマイオカインの中には、動脈硬化を予防したり、脂肪の減少を促進したり、脳の神経細胞に作用して認知症を予防したりするものがある。筋肉が減ってしまうと、これらのマイオカインの分泌量も減ってしまう。
 
カリフォルニア大学ロサンゼルス校は、寿命を大きく左右する要素が「体組成」、つまり、身体の中の筋肉、骨、脂肪の割合だという説を発表した。同じ身長・体重の人でも、「運動習慣がなく脂肪が多い人」と「よく動き、運動をし、適度な筋肉をキープしている人」とでは、寿命予測に大きな差があり、後者の方が長生きできる確率が高いという。
超高齢社会を迎えた日本は世界屈指の長寿国だが、平均寿命と健康寿命(日常生活に制限のない期間)の間には約10年の乖離がある。また、ここ10年間においてその差は全く縮まっておらず、必ずしも健康な状態で長生きしている訳ではないことが分かってきた。健康的な日常生活を送る上で要となるのが筋肉だ。
 
中高年のための筋肉づくり
サルコペニアに負けない筋肉づくりには、少し強い刺激が必要だ。ウオーキングは、筋肉を強化するほどの刺激にならない。それよりやや強い運動を、週2、3回行う必要がある。そして、加齢の影響を強く受ける足腰の筋肉をしっかり使う運動をすることが大切だ。必ずしも重たい負荷を使う必要はない。以前は、「それなりに大きな負荷を使わないと筋肉は増えない」とされていたが、最近の研究から、負荷は軽くても、筋肉をしっかり使い込むことで筋肉が増えることが立証されている。なるべく簡単な運動で済ませたいという場合には、ゆっくりとした動作で行うスロースクワットや片足立ちがよい。
 
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カメラを止めるな

2018-09-01 | 映画
著名人たちが絶賛している映画。ゾンビ映画だから?B級映画だから?ワンカットだから?
気味の悪いゾンビ映画がコメディになる?その辺のからくりが知りたくて見に行くことにした。
 
商業映画に分類されているらしいが、監督は知らないし、キャストに至ってはど素人の一般人?これが意外にこの作品にリアリティを与えているのかもしれない。本物の恐怖に翻弄されているようで、その生々しい恐怖感が視聴者に伝染する。一方、そのバカバカしい舞台裏のスト-リ-展開に白けてしまって笑ってしまう観客を生成する。
自主制作の前衛映画と言ったところか?それにしては訴える難解なテ-マなんかなくて、ふざけている。しかし国内だけでなく、海外の映画祭で賞をかっさらっているようで、どこが受けているのかいまいちわからない。セリフなんかなくても笑える映画ではある。何の説明がなくても、万国で笑えるのがいいのだろう。
2018年3月に開催された「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で観客賞に相当するゆうばりファンタランド大賞を受賞。
イタリアで開催された「ウディネ・ファーイースト映画祭」で1位に僅差の2位にあたるシルバー・マルベリー賞を受賞。
ブラジルで行われた南米最大級のファンタスティック映画祭「FANTASPOA 2018」のインターナショナルコンペティション部門・最優秀作品賞を受賞。
 
俳優や監督を養成する映画専門学校「ENBUゼミナール」が開催するワークショップ「シネマプロジェクト」の第7弾として放たれた作品である。
山奥でゾンビを題材にした自主製作映画を撮影するクルーの様子をワンカットで追った前半と、その舞台裏の大混乱を撮った後半で構成される。大きな話題をよんでいるのが、タイトルにもなっている30分に及ぶワンシーン・ワンカットで撮影したサバイバルシーンである。山奥にある廃墟でゾンビ映画の撮影をしている自主製作映画のクルーたち。ワンマンな監督である日暮の要望はどんどんエスカレートしていき、なかなかOKを出さずにテイクは42を数えた。そのとき、撮影クルーを本物のゾンビが襲う。リアリティーを追求する日暮監督は喜々として撮影を続行し、一方、メンバーたちは次々とゾンビ化していく。
この前半は下手な素人の自主製作映画。怖いところが全くない、ナンセンスなゾンビ映画である。血が噴き出すシ-ンばかりで構成され、血のシャワ-で、ゾンビもヒロインも真っ赤っかである。
後半で舞台裏のトラブルが暴露される。クル-も出演者も大混乱に陥り、ゾンビ化していく。要するに滅茶苦茶なのである。その脚本を無視したような滅茶苦茶さが滑稽で笑いを誘う。場内で沸き起こる笑いによって、この映画がとんでもなくナンセンスでバカバカしいという感覚が増幅され共有される。
 
ナンセンス映画なんだけど、出演者の真剣さは本物だ。演技には見えないのである。この映画が、生放送の枠内で生で演技され、放映されるという設定なので、脚本があってもどんどん状況に応じて変容していくのである。出演者が来れなくなって、監督の家族が急にスタッフとして呼び出されたり、その家族がゾンビになって殺したり、殺されたり・・・・・なんでもありの世界なのだ。
 
低予算で笑える映画が作れる。ゾンビ映画で笑える映画が作れる。アイデア次第で面白い映画ができるということだ。
 
しかし、感動巨編が好きな私は、やはり物足りなくて、この後、隣の映画館でやっていた「マンマミ-ア」を見てしまった。
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B29の敵国犠牲者を慰霊する日本文化

2018-08-13 | 戦争
B29の慰霊碑に初めて遭遇したのは、2017年6月、南蔵王に行った時のことだった。
その時の記述だ。
不忘山に戦時中、B29が墜落したと言う。昭和20年3月10日東京大空襲に前後し、3機のB29が吹雪の不忘山山麓に墜落した。3機が墜落した時間帯は、300機を超えるB-29の無差別爆撃により、推定で10万人以上が犠牲となった東京大空襲と重なる。3機の所属は別部隊でグアムとサイパンから飛来している。不忘山の山頂近くにある不忘の碑。1961年に地元有志により3機のB-29搭乗員34名の慰霊の為に建てたものである。一方的に米兵の慰霊を目的に建立したような文面で、違和感を感じる。東京大空襲への言及があっても良いように思う。しかし、「わが父の家には住み家多し」という新約聖書の文面を見て納得がいった。
ヨハネ14章1~6節
「あなたがたは心を騒がしてははなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのためにわたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいるところにあなたがたをもおらせるためです。」
結局、「汝の敵を愛せよ」というキリスト教的視点がなければ、戦争を防げないと思う。
 
私たちは迫害されたり侵略されたりすると、相手を憎んで、仕返ししようと考える。いや、昨今は専守防衛さえ虚ろになってきて、攻撃される前に相手を攻撃しても正当化されそうである。
憎しみの連鎖が個人間でも国家間でも争いにつながって行く。そこまで見据えての慰霊碑なのかもしれない
 
今年の夏、終戦番組で宮崎県でB29の慰霊祭が一人の生存者と犠牲者の遺族を招いて行われたことを知った。それを見て、戦争の敵国犠牲者を慰霊するのはキリスト教とは何の関係もなく、特殊な日本の文化ではないかと思い至った。そこで調べてみると、撃ち落されたB29の搭乗者に対する慰霊碑が日本各地に存在することが分かった。しかも、戦時中に建立されたものも少なくないという。
 
中央大学の学生グル-プが去年から各地を訪ね歩き、ルポとして本にまとめているらしい。
 
戦時中、空襲の主力を担い、「超空の要塞(ようさい)」と恐れられた米軍の爆撃機B29は、日本国内で相当数が墜落したとされ、各地に住民らが建てた乗員を弔う慰霊碑が残る。「なぜ敵国の軍人のために」。そんな疑問を抱いた中央大の学生が建立の経緯を調べている。調査は昨年度、始めた。東京・多摩地域の歴史を調べていた学生が慰霊碑の存在に関心を持ったのがきっかけだった。総合政策学部の約30人が文献などからB29を中心に米軍機などの墜落地点約30カ所を調べ、秋田から沖縄まで22都府県の碑を訪ね歩いている。調査結果は学生らがまとめて本にする予定だ。
 
2年生の山本大介さん(20)は秋田県男鹿市の男鹿半島西部にある本山(715メートル)を訪ねた。山頂近くの碑の前で、地元のロータリークラブが毎年開く慰霊祭を見るためだ。
B29が墜落したのは終戦直後の1945年8月28日。サイパン島から秋田県北部に物資を運ぶ途中で、乗員12人中11人が死亡した。ふもとの住民が生存者を救出し、遺体も運んだ。クラブは90年5月、事故当時19歳だった生存者の元乗員を米国から招き、それを機に碑を建てた。1キロ余り離れたふもとの閉校した小学校の敷地にも、同じB29の死者を慰霊する碑がある。戸賀村(現男鹿市)が終戦2年後に建て、所々が欠け「和平」「B29」の文字もうっすら見える程度だ。近くの自営業、大友眞悦さん(80)は「濃い霧の日で、ドーンという音がして火柱が上がった」と墜落時の状況を教えてくれた。集落は人口も減り手を合わせる人はほとんどいないという。
千葉県内で対象となった碑は3カ所。戦争の記憶を伝える象徴の一つだが、地域によっては手を合わせる住民が少なくなった碑もある。
 長柄町の長栄寺。境内にある慰霊碑は1996年、当時の住職(故人)が建てた。45年5月、寺の近くにB29が墜落。乗員11人中5人が死亡し、生存者のうち1人は日本兵に首をはねられた。斬首を命じた日本兵は戦犯として処刑された。碑は双方を弔うもので、建立時には開眼供養もあったが、その後は表だった慰霊行事はない。
 
 2年生の原島光希さん(19)は8月15日、当時の住職に聞き取りをしたことがある睦沢町の学芸員、久野一郎さん(61)を訪問。久野さんは、住職が戦後20年ほどたったころ、ひそかに位牌をつくったことを明かした。碑の建立までさらに30年かかったことについて「周辺住民には戦没者遺族もおり、複雑な思いを抱かれると考えたのではないか」と住職の心中を推し量った。住職は「あの世に国境はあるのだろうか」とも話していたという。
 取材を終えた原島さんは「いつの時代にも通じる考えだとはっとさせられた」と感想を語る一方、慰霊祭が途絶えている現状には「住職の考えや碑の重要性が地域に伝わっているのかな、と心配になった」と打ち明けた。
 
 44年12月にB29が墜落した東庄町も長柄町の状況と似ている。町が管理する「ふれあい公園」の「平和の塔」。住民有志が97年、墜落で生き残った元米兵を招いた際に建てた。日米合同慰霊祭を開催したが、その後は慰霊祭は行われていない。
 
 碑を戦争の記憶のよすがととらえ、活用を図る動きもある。45年5月29日、横浜市を空襲後にサイパン島へ帰還中のB29が地上からの攻撃で木更津市内の山中に墜落し、乗員12人は全員死亡。墜落現場には「B29搭乗員之墓」と刻まれた石柱が残る。地元の男性が51年に建てたもので、半世紀ほどは雑草などに覆われていたが、山菜採りに入った人が発見。地元区長らが2006年8月、在日米大使館の空軍武官を招き慰霊祭を開いたが、それも一度きりだった。
 
 再び日の目を見たのは昨年5月。地元公民館が石柱を目的地とするハイキングイベントを開催し、今年は約40人が参加した。企画した同市浪岡公民館の山下要一郎主査(48)は「石柱は地域の数少ない戦争遺跡。草木に埋もれさせてはいけないと感じた」と語る。
 
 戦争遺跡保存全国ネットワーク(長野市)の代表で、山梨学院大学の十菱(じゅうびし)駿武(しゅんぶ)客員教授(72)=考古学=は「碑には『命は平等』との考えが込められ、時を経て憎しみの連鎖を断ったことも示す」と指摘。その上で「宗教的な考えで建立された碑や、個人の敷地に建つ碑などは行政が関わりにくいケースもある。誰がどんな経緯で建てたかを把握し、保存や活用の仕方を考えるべきだ」と提案する。
 
山本さんは調査を通じて、終戦前に熊本・大分の県境に墜落したB29の乗員らが九州帝国大(当時)で実験手術を受け死亡した「九大生体解剖事件」なども知った。「暗い事実からも目を背けてはいけない。ただ、男鹿半島などで米兵を救出した住民は純粋な気持ちだったと思う」。指導する松野良一教授(60)=ジャーナリズム論=は「戦争の愚かさを少しでもリアルに感じてほしい」と話す。
 
静岡市葵区の賤機山山頂に、観音像が建てられている。この観音像は、米国の空襲により亡くなった方々を慰霊するためのものだ。そして、その観音像の隣に、空中衝突して墜落死したB29爆撃機の搭乗員を慰霊する石碑がある。
 
また和歌山県田辺市にも1945年5月5日にB29が墜落しており、搭乗兵11人の内、7人が死亡。和歌山県の人達は、事故現場から遺体を探して埋葬し、戦争中に慰霊祭を開いている。
慰霊祭は戦後も続き、70回を超えている。そして、生き残った4人は周辺で捕えられた。竹槍をもって迫る村人もいたそうだが、突くことはなく、おにぎりとたくわんを与えたそうだ。「恨みもあったはずだが、みんなが戦争に疲れていた。米兵の姿を見て、戦地に赴いた家族の姿を重ね合わせた。哀れみの方が強かったんでしょう」と現地の人は言う。
 
また、群馬県邑楽町の清岩寺でも墜落兵の慰霊碑がある。墜落機からはい出した瀕死の米兵を見て、「鬼と教わった米兵も同じ人間だった。大切に思う人のためにも彼らの魂を弔いたい。」という思いがきっかけになっている。パイロットを弔い、寺で埋葬した。そして戦争が終わると、米国当局に連絡を取り遺骨を本国に戻した。慰霊碑は戦後60年経ってから、町で寄付金を募り建てたものだ。
 
東京都東村山市にも墜落して亡くなったB29のパイロットを弔い、墜落現場に平和観音像が建てられている。
墜落して亡くなった11人の遺体を埋葬し、戦後、米軍関係者が遺骨を引き取っていった。観音像は、住民の呼びかけに、当時の東村山町などが協力して建てられたものだ。
 
日本本土のB29だけに限らず、アリューシャン列島にて米軍の戦闘機が日本軍に撃ち落されパイロットが亡くなった際に、遺体を発見した日本兵は、パイロットの亡骸を埋葬し、碑文を立てている。
「自らの若くも輝かしい時間を、愛する祖国の為に捧げた英雄・・・ここに眠る・・・」
 
 
 
驚くのは、戦後でなく戦時中に建てられた慰霊碑も少なくないということだ。しかも、大東亜戦争だけで起きた行為ではなく、日露戦争や支那事変、古くは元寇の頃から続く日本人の伝統的な思想だという。
 
 二度の元寇を撃退した後、弘安5(1282)年に執権北条時宗は、鎌倉に円覚寺を建て、元軍10万人の死者のために1千体の地蔵尊を作って奉納した。
 
 秀吉の朝鮮出兵の際には、各地で敵兵の屍を埋めて弔った。当時の朝鮮中央の要職にあった柳成龍は、著書「懲毖録(ちょうひろく)」の中で、「日本軍は、熊嶺の戦死者の屍をことごとく集め、路辺に埋葬し、その上に標柱を立て、『弔朝鮮忠肝義胆』と書き署(しる)した」と記録している。
 
 日露戦争が終わった後の明治40(1907)年、日本政府は亡くなったロシア軍将兵を弔うために、激戦のあった旅順近くの案子山に高さ13メートルの礼拝堂を建てた。ロシア皇帝ニコライ2世は感激して、その除幕式に自ら出席すると言い出したほどである。皇帝の臨席こそ実現しなかったが、出席したロシア将兵や牧師たちは、「このような事は史上例がない」と感激し、日本を心から尊敬するようになった。日本政府が自国将兵のための「表忠塔」を建てたのは、その2年後であった。
 
 南京事件が起こったと言われる日支事変でも、総司令官・松井石根大将は日中両軍の戦死者を弔う慰霊祭を行い、また双方の戦死者の血の沁みた土を持ち帰り、それをもって熱海に興亜観音を建立して、両軍の英霊の冥福を祈った。
 
B29のパイロットは、それぞれがその町を爆撃しに来た人達だ。しかも、軍事施設でなく、多くの民間人が犠牲になるように、木の家を焼く為の焼夷弾という爆弾を落とし、多くの日本人達を焼き殺して来た。しかし、その人達にも家族がいて、帰りを待っている。敵国とはいえ、祖国の為に命をかけた人を敬う文化がある。憎いのは戦争そのものであり、人が亡くなったら弔うのが当然の行為だと思う文化が日本にはある。
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