オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

バラカ

2017-11-14 | 読書
 関係者が相次いで消えてゆくなか、バラカは人間の欲望や権力に翻弄されながらも、強く生きようとする。エピローグでは、国家の周縁に当たる北海道の東端でようやく安住の地を見つけたバラカの姿が描かれる。
 
 
 東日本大震災直後の日々、多くの人の頭をよぎった「ありえたかもしれない日本」を舞台にした桐野夏生(64)の『バラカ』(集英社)は、平成23年夏から4年にわたり月刊誌で連載された。
 震災当日、桐野さんは自宅で執筆中だったが、「フィクション以上の悲劇を見て、自分の仕事は何もできない虚業だと思ってがくぜんとした」という。当時、東京の湾岸地区のタワーマンションに住む母親たちを描く『ハピネス』を連載中だったが、「目の前の現実と乖離しすぎて、こんなことを書いていていいのかとむなしくなった」という。新連載は、今の状況を書くしかないと構想を大幅に変更し、2カ月遅れでスタートさせた。
あの日の震災で、福島第一原発がすべて爆発した。東京は避難勧告地域に指定され住民は西に逃げた。首都機能は大阪に移り、天皇も京都御所に移住した。2020年のオリンピックは大阪に開催地が変更された。震災から8年がたち、放射線量が下がってもまだ住民の半分以上が戻らず、東京の空き家では地方から来た若い日本人や外国人労働者がルームシェアしながら住んでいる。
 
 タイトルの「バラカ」は、震災後に警戒区域で発見された一人の少女の名前。日系ブラジル人として生まれながら、中東のドバイで人身売買により日本人夫妻の子とされたバラカは、東京で震災にあい、被曝して甲状腺がんの手術を受ける。そして日本各地を転々とするうち、自分たちの運動のシンボルとして利用しようとする原発推進派や反原発派と遭遇する。こうしていつしか原発をめぐる政治の渦中に巻き込まれてゆく。バラカという名は、スペインの詩人、ガルシア・ロルカの移動劇団「バラッカ」からとった。バラックと同意で、居場所がない存在という意味に、アラビア語の「神の恩寵」という語義も重ねた。
 
 
 ドバイの赤ん坊市場でバラカを買って日本に連れ帰った女、その夫でミソジニー(女性憎悪)をあらわにする男など、登場人物は欲望をむき出しにした人物が多い。
「震災後、差別や憎悪など嫌なものが噴出したように思う。そうしたものをすくいとり、提示していきたかった」
 誹謗中傷の増幅器となっている偏向ネット社会の不気味さも描かれ、現代のリアルな雰囲気が嫌になるほど醸成され、フィクションでありながら、ドキュメンタリ-のような迫力で迫ってくる。特に震災前の男女のむき出しの欲望が描写され、その腐敗した蒸せるような感覚が読む者を圧倒する。
「人は死ねば生ごみと一緒だ」広告業界から葬儀屋に転身した川島の言葉は座間の事件が起きた今、実感となった。
華やかなマスコミ関係で働くキャリアウ-マンの競争社会、結婚や子育てに逃げたくなる気持ち、それでもなお、意地で貫き通す自立。バラカにそそぐ愛情も自分本位のものでしかない。子供に対する親の愛情そのものが自分勝手なものであるとは思うが・・・・・・
 
登場人物は自分の欲望を抑えようとしないから、人身売買、男色、財産目当ての色仕掛け、暴力なんでもござれである。リアルな社会で起こっている強烈な負のエネルギーが渦巻く。
「人が(震災を)『忘れる』ということも負のエネルギー。明るくて未来に向かうものなんて、到底書けなかった。」 日本はどうなってしまうのか-。そんな思いのまま連載を脱稿したそうだ。
単行本化の際につけた短いエピローグに、かすかな希望を添えたという。
 
勝手に売り買いされ、被曝させられ、反原発派にも推進派にも象徴として祭り上げられるバラカはディストピアを生きている。しかし、希望の象徴として存在し続ける。
 
現実の日本は女性差別を筆頭とする差別意識が蔓延している。白人至上主義など非難する資格はないと思っている。差別は社会が疲弊するほど顕わになる。震災からの避難者がいじめにあっている事実は今の日本が疲弊している事実を雄弁に語る。相模原事件が起こるのも、大多数の心に根づく差別意識が顕在化したものだ。
震災前でも社会は疲弊していた。そこに大震災と原発のメルトダウンが起こった。わずか6年程度で、震災も原発爆発も忘れたように東京オリンピックに狂奔する日本にどんな災難が降ってくるか。
北朝鮮との戦争。南海トラフを震源とする未曽有の大震災、富士大噴火、東京直下型地震・・・・・
 
地震大国に54基もの原発を作り、使用済み核燃料の後始末もできない有様で再稼働をしようとする日本。トップが狂気なのだから、国民の精神が蝕まれるのも無理はない。
 
作者は絶望にいたたまれなくなって、希望を添えたつもりかもしれないが、震災後の物語は蛇足だったように思う。リアルワ-ルドに蔓延する狂気は強烈すぎて希望で覆うには無理がある。安っぽいお伽噺にしかならない。
 
この小説を読んで、気分が悪くなり、体調を崩した。小説を読んでこんなことになったのは初めてである。それだけ、自分自身が疲弊し、後戻りできないディストピアで暮らしているということかもしれない。昨日と変わりない平凡な日常を送れることを希望に、いつ訪れるとも知れない終焉を考えないようにして・・・・・
 

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