* ≪aura≫  INTERVIEW TIME *

 
さっぽろの建築デザイン事務所 『aura』 をめぐる、
発見とくつろぎのインタビュータイムです♪

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◆≪aura・インタビュータイム≫ ③ 山下さんと、目黒雅叙園 <後編>

2011年11月25日 | ◆AURA主宰 山下一寛さん インタビュー
◆『アウラ・インタビュータイム』◆<3>
“カウンセリング・アーキテクト”山下一寛さん
(アウラ建築設計事務所代表取締役社長)の巻

( <前編> のつづき)

ビッグ・プロジェクト・エネルギー。

「もともと目黒雅叙園は “昭和の竜宮城”
 と呼ばれる独特の装飾美が自慢の昭和初期にできた料亭で、
 結婚式、披露宴、宿泊と全てまかなえる日本初の総合結婚式場
 として人気を博した場所だったんです。

そこを80年代の終わりに4年弱かけてリニューアルする
 という絶妙なタイミングに、

 大学を卒業して東京の設計事務所に就職したての僕は、
 出向先の鹿島建設から、このリニューアル事業に、
 プロジェクトチームの一員として
関わることになりました。


このリニューアル事業は、
 いわゆる “ビッグ・プロジェクト” と呼ばれるもので、

 1つの大きな事業を成し遂げるのに必要な役割を持つ
 様々な業種の企業から選りすぐりの精鋭たちを終結させ、

 企業の枠を超えた一つのチームとして目的達成を目指す、というもの。

 (例えるなら、経済界の“なでしこジャパン”ですね。笑)

 “昭和の竜宮城” に盛り込まれていた様々な作品を
  近代建築の中に組み入れ、いかに斬新に調和させるか、


 を、建築に関わる一流のプロたちが、
 各々の技術と情熱を存分に発揮し
 互いに切磋琢磨しがら実現していくという、
 それはそれはエキサイティングな現場だったんです。


鹿島建設からも、
 このプロジェクトのために世界各地の支社から呼び寄せられたメンバー
 を含め、各分野のエキスパートたちが計10名ほど集められ、

 特別なプロジェクトチームが作られました。

 右も左もわからない新人の僕がこんな大事業に関われたのは、
 奇跡のような幸運だったと思います。

 鹿島の先輩たちは、
 さすが選りすぐりの精鋭たちだけあって、

 みなさん熱く、温かく、
 すばらしい発想・技術・人格の持ち主ばかり。


 青二才の僕のことも息子のように可愛がってくださり、
  
 ・木材や鋼などの建材
 ・最高の性能を持つ機材・道具・加工技術、
 ・彫刻、絵画などの美術品や、
 ・宮大工などの伝統工芸技術、
 ・はたまた 火花散る議論の現場や、
 ・ダイナミックなアイデアなど、

 「あらゆる分野の超一流の仕事」 を
 毎日惜しみなく目の当たりにさせてくれました。


当時の僕にとって非常にハッとさせられたことの一つは、
 プロジェクトチームの工場長が
 この巨大な建物のことを、「商品」 と呼んでいたこと。

 隅々まで技と情熱を注ぎ込み寸分の狂いもなく創られた、
 世の中にふたつとない芸術品のような、
 または自分の子どものように心血を注いだこの作品を、

 チームの責任者でもある工場長が 「商品」 と表現し、  
 まるで手のひらに載せて 「はい、どうぞ」 と手渡すように、
 期日が来たら、潔くお客さんに “納品” する。

 今となっては当然のことですが、
 当時の僕にとって、それはある種の衝撃でした。 

 これが “プロの仕事” なんだなぁ……!ってね。


と同時に僕は この“ビッグ・プロジェクト”で、

 「一つの目標に向かって各分野のプロが
  最大限の実力を出し切ることで実現する奇跡」
 

 を、たくさん目の当たりにしたんです。


 どんな人にも、本人すら気づいていないような
 未知のチカラが備わっている。


 各分野の人々が本気でタッグを組み、
 時にはぶつかり、火花を散らしつつも
 一つの目標に向かって上り詰めて行った時、

 思いもよらなかったチカラが互いに引き出され、
 それまでの枠を超えた最高が生み出される。


 僕にとって “ビッグ・プロジェクト” は、
 まさにその事実を見せつけられた体験でした」


みんなの “本気” を設計したい。

「あれ以来ずっと、僕の目標は、

 “どんな仕事もビッグ・プロジェクトにすること”

 なんです。


 現実はなかなか難しいことも山積みで、
 まだまだ修行中ですが、
 それでもベースには、常にこの想いがある。

 どんなに小さな規模の仕事も、
 僕にとっては 「ビッグ・プロジェクト」。


 いつもそう思いつつ、取り組んでいます。



設計士の僕の仕事は、建て主さんの望みを知って、
 それを大工さんや各業者さんたちと共に実現することです。

 進めていく段階で建て主さんの意見が変わることも多いので、
 交流を深め、望みの本質をつかみ、
 プロとしてその本質を満たすためのアドバイスや情報提供を
 どこまでできるかが重要だと思っています。

 と同時に、大工さんや業者さんたちからは、
 いかにそれぞれの人たちの本気を引き出すかが勝負。

 そのために、僕も本気でぶつかってゆきたい。

 結果的にその “本気の集結” こそが、
 “最高の建築” を生み出す原動力になる。

 こんなことめったに語らないし照れくさいけど、
 心の奥では、いつもそう思っています」



◆*◆INTERVIEW & TEXT By プランナー&ライター はらみづほ◆*◆



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◆≪aura・インタビュータイム≫ ② 山下さんと、目黒雅叙園 <前編>

2011年11月23日 | ◆AURA主宰 山下一寛さん インタビュー
◆『アウラ・インタビュータイム』◆<2>
“カウンセリング・アーキテクト”山下一寛さん
(アウラ建築設計事務所代表取締役社長)の巻

山下さんと、目黒雅叙園。

長らくごぶさたいたしました。
夏・秋を越え、北海道は、もう雪の季節。
みなさん、いかがお過ごしですか?

ごぶさたしている間に、
山下さんのお仕事を語るに当たって欠かせない場所、
東京・目黒に行ってきました。

JR目黒駅を降りて、


繁華街とは別方向の静かな通りに入り、


途中、道端のお地蔵様にお参りなどしながら




歴史ある坂道を下り、




ふいに現れたる由緒正しきお寺で手を合わせ、










東京の歴史と文化を感じながら進んでいくと、


ついに目的地、『目黒雅叙園』 に到着。

ここは言わずと知れた、日本屈指の結婚式場

建物の中に入ると、そこは……

近代的な外観とは打って変わって、
まるで昔の絵巻物の世界に迷い込んだかのような、

日本伝統美術の粋を集めた、豪華絢爛ワンダーランド!

この日も、平日にも関わらず賑わっていて、


日本の美と粋を尽くしたディスプレイの数々に


みなさんウットリしながら見入ったり、


シャッターを切ったり。

天井も、


お手洗いも、


中庭も、


廊下も、


ガラス窓も、


休憩用のイスも、

思わず大和魂が呼び覚まされてしまう
華やかな日本美に満ちた空間。

ここだけでも素晴らしかったけれど、
日本の歴史的伝統美術を堪能できる空間が他にもたくさんある
知る人ぞ知る美術館のような建物なのです。

今から約20年前、大学を卒業したばかりの山下青年は、
この歴史的な建物のリニューアルプロジェクトに、
若き技術者として加わったとのこと。

その4年間は、仕事上だけでなく、
人生においても大きな発見と学びを得た、
今でも胸が熱くなるような毎日だったそうです。

はてさて、それは、
どんな出逢いと発見の日々だったのでしょうか……?

( <後編> につづく……)



◆*◆INTERVIEW & TEXT By プランナー&ライター はらみづほ◆*◆
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◆≪aura・インタビュータイム≫ ① 住まいづくりは、“生き方”づくり。

2011年04月02日 | ◆AURA主宰 山下一寛さん インタビュー
aura・インタビュータイムへ、ようこそ!

●2011年4月本日から新しく始まった新プログラム、
『aura・インタビュータイム』の舞台は、
さっぽろ市の緑あふれる真駒内エリアにある、
知る人ぞ知る、隠れ家的オフィス『aura建築設計事務所』

ここは、ちょっと建築事務所らしからぬ、
アットホーム&オシャレCafe風な雰囲気で、
この会社とつながりのある方々は、
みなさんドラマチックな世界に一つの物語を内に秘めた、
チャーミングーな個性派ばかり。

そんなみなさんのお宝ストーリーを埋もらせておくのはもったいない!
…というわけで、不肖ワタクシ、フリーライターのはらみづほが、
みなさんの内に眠るお宝ばなしの引き出しインタビュアーとしてお話を伺い、
このページで書き下ろしてゆくことにあいなりました。

●第一回目のインタビューターゲットは、モチロンこの方、
アウラの御大、山下一寛さん。

はてさて、山下ワールドには、
どんなお宝が眠っていることでしょう…?



◆『アウラ・インタビュータイム』◆<1>
“カウンセリング・アーキテクト”山下一寛さん
(アウラ建築設計事務所代表取締役社長)の巻

あんまり人には言ってなかったんだけど、
 実は、ぼくが一生取り組んでいきたいテーマは、
 『ハンディキャップを持つ人が幸せに暮らせる家づくり』なんです。


2002年に独立して「aura」を立ち上げてから、約10年。

いろんな方々に支えられながら、
これまでいろんな仕事をさせていただいてきたけれど、
今、ぼくにとって最も関心があるのは、
ハンディキャップ対応住宅の設計なんです。

ぼくがそういう住宅の設計を最初に手がけたのは、
母が亡くなった年でした。


母は長いこと患っていて、病院暮らしが続いていたので、
最期くらいは何とか自宅で迎えさせてあげたかったんだけれど、
結局その願いは叶わず、病院で看取ることになってしまった。

無念な想いでいっぱいのときに、
「車イスの奥さまにとって使いやすい家を設計してほしい」
というご依頼をいただいたんです。

ぼくにとっては、
母が授けてくれた仕事のように思えてならなかった。


そんな個人的事情もあって、この仕事は、
ぼくの設計士人生においてひときわ印象深いものになり、
それ以来、“ハンディキャップ対応型の家づくり”はぼくにとって、
ライフワークとして一生取り組んでいきたいテーマになったんです。


人は、一人一人違う。
ハンディキャップも、一人一人違う。


この仕事は、これまでの仕事と違う発見ばかりで、
実に多くの新しい学びがあったんですね。

この奥さまの旦那さまは医師で、
専門的な知識や意識が非常に高い方だったことも、
ぼくにとってはラッキーだった。

注文も予算もとても厳しかったんだけれど、
だからこそひときわ多くのことを
学べたんだと思います。

その時点では、
ぼくはハンディキャップ対応型住宅については、
まったくの素人だったんだけれど、

ご主人は、ぼくに依頼する前に高名な建築家に依頼し、
まったく相性が合わず破談になられたとのことで、
優秀な建築家に懲りていらしてね(笑)。

この手の住宅について未経験の若造をこそ
求めていらしたので(笑)、
ぼくも気負うことなく正直に対応しながら、

ハンディを持つ方々の現状や、ニーズ、
ご家族を含めてのライフスタイルや、心情などを、
素直な目で、つぶさに
学ばせていただくことができたんです。

その中で、もっとも驚いたことは、
想像と現実の違いでした。


そこには、
実際に車イス生活をしたことのないぼくが
予想していた導線とはまったく違う導線があり、
ハンディのあり方によって、
ニーズも一人一人まったく違う、
という現実がありました。

右手が不自由な人と、左手が不自由な人では、
動きがまったく違う。

どこが動いてどこが動かないかによって、
必要なものがまるで違ってくるんです。


だから到底マニュアル化などできず、
ハンディキャップ対応型だからこそ、
通常以上に個性を重視した、
実地検証に基づく独自の設計が
欠かせないんだと思い知りました。

「ハンディキャップ対応型」と謳っている
大手メーカーのシステムキッチンを
3人で見に行ったときのことは、

様々なハンディキャップにとって、
いかにマニュアルが当てはまらないか、
用意されている商品がどれほど少なく、
いかに選択の余地がないか、という現実を
目の当たりにした経験の一例でした。

奥さまにとって、
その「対応型」はまったく当てはまらず、
メーカー側が良かれと思って開発したそれは
まるで意味をなさなかった。

しかもそのメーカーには、
応用の余地も、
相談の余地もなかったんです。
有名な大手にも関わらずね…


ご主人は、
メーカー側のあまりの配慮のなさに
怒り出してしまいましたが、

現実を知った目でそのような商品を見ると、
いかに健常者の想像や思い込みで
つくられたものでしかないか
がわかり、

ハンディを持つ方々の悔しさが身にしみると同時に、
なんとかしなければ…!
という使命感も湧き上がりました。

 
こうしてぼくは、
「ハンディキャップ対応型住宅」を
設計することの難しさや責任ともに、

使い手それぞれの方の状態に基づく、
それぞれの生活空間での細かな実地検証の重要性と、

その方の不自由さを解消するポイントを
発見したときの喜びや、やりがいを、
一つ一つ思い知っていったんです。


力を引き出し、絆を育む。
設計の“責任”と“可能性”。


このような住宅をつくる上で
もう一つ重要なポイントは、
介護される側だけでなく、
介護する側にとっても、快適な設計であること。


この双方の充実とバランスが、非常に大切なんですね。

例えば、介護される方のスペースが充実していても、
介護する方のスペースが窮屈だと、
結局双方にストレスがたまってしまいますからね。

そして、
このことにも関連して気をつけるべきことは、
「やり過ぎないこと」

介護する方とされる方は、
ともにチームとして一緒に生活していらっしゃるのだから、
そのチームワークを自然なカタチで引き出してくれる空間
こそが必要なんです。

例えば、最新機器などを設置して
多くのことを一人でやれるような構造にしすぎてしまうと、
お金もかかるし、生活に返って不必要な煩雑さが生じ、
家族の絆や、介護される方の自然なトレーニング機能が
失われてしまったりもします。

いっしょに暮らす間柄には
心地よいコミュニケーションが必要で、
そのための空間づくりこそが大切。


身体の状態と同じで、ライフスタイルも
そのご家庭ごとのカタチがありますから、

生活をともにしているメンバーみなさんと密にお話し、
そのご家族やチームの中で、ムリなく、ムダなく、
互いに気持ちよく支え合える空間をつくることが、
ぼくの仕事だと思っています。

空間のあり方が人の心身や人間関係に及ぼす影響には、
計り知れないものがあります。

「環境問題」は、何も世界規模なものだけでなく、
すでに家の中にあるんですよ。


空間づくりのプロとしてそのことを肝に銘じながら、
施主さんとの現場検証と交流を重ね、
その空間に住まう皆さんの個性がのびやかに調和し、
ストレスや負担が減って、
自然と絆が深まるような設計をしてゆきたい。

ハンディキャップ対応住宅においては、
空間づくりを担う者のそんな責任と可能性を、
ことさらヒシヒシと感じています。

(次号、②に つづきます♪)


*Interview on 2011/3/10
 :INTERVIEW & TEXT By 「旅するはらっぱ」
 プランナー&ライター はらみづほ

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