Augustrait





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 第2次世界大戦中,ユダヤ人に人体実験を施していたナチス将校ヨーゼフ・メンゲレが,正体を隠してアルゼンチン人の一家と暮らしていたという実話をもとに描いた心理サスペンス.1960年代のアルゼンチン,パタゴニア.自然に囲まれたバリローチェの町で民宿を営むことになった夫婦は,最初の客としてとあるドイツ人医師を迎え入れる.その医師は,実年齢よりも幼く見える12歳の娘リリスに興味を示し….

 アウシュヴィッツ収容所で人体実験を繰り返し,「死の天使」と恐れられた医師ヨーゼフ・メンゲレ(Josef Mengele)は,医学と人類学の2つの博士号を取得していた.戦後,ナチ戦犯の多くはパラグアイ,チリ,アルゼンチン,エクアドル,ボリビアなどラテンアメリカ圏に逃れた.これら軍政諸国では,反ユダヤ主義政策が行われていなかったからである.本作は,アルゼンチンのパタゴニアに立ち寄ったメンゲレの潜伏生活,その一コマを描く."南米のスイス"とも呼ばれる地の美しい町バリローチェでは,ドイツ語学校出身の市民が多く居住していた.民宿の経営を始めたエンゾ一家は,ドイツ人医師ヘルムートの滞在を了承する.

 12歳でありながら発育不全の娘リリス,また彼女の母は双子を孕んでいて出産が近い.偽名ヘルムートを用いた医師メンゲレの眼が無機質に光り,リリスと双子の発育に向けられる.かつて,彼はポーランドのアウシュビッツ収容所で囚人を生きたまま解剖する,血液を大量に抜く,麻酔なしで外科手術を行う,有害物質や病原菌を注射する,凍死するまでの時間を計測するなど,残忍な人体実験を繰り返していた.とりわけ,メンゲレが執着したのは一卵性の多胎児であった.双子の背中同士を合わせて静脈を縫い合わせることで人工の「結合双生児」を作る実験,子どもの目に化学薬品を注入して瞳の色を変更する実験などを行った.

 玩具やチョコレート,キャンディを手にした柔和な表情の医師を,選別された双子たちは「ヨーゼフおじさん」と慕った.自らお気に入りの双子の少女をドライブに連れていくこともあったが,数日後,その子らを人体実験「材料」とするのになんの躊躇もなかったという.本作に登場する発育不全の娘への危険な医療行為,胎内で成長する双子に関する詳細な研究ノートは,選民思想「完全無欠のアーリア人」を逃亡生活にあっても追求し続けたメンゲレにとっては当然の研究活動だった.残虐描写は一切見せず,淡々とした描写が逆に異常性を物語る.いわゆるユダヤ人問題の〈最終的解決〉責任者アドルフ・アイヒマン(Karl Adolf Eichmann)逮捕のニュースと同時に,エンゾ一の妻は双子を産み落とす.

 ヘルムート医師=メンゲレ本人,と証拠をつかんだモサド諜報員が,その部屋に踏み込んだ頃にはもぬけの殻.SS同志会やルデルクラブの支援を受け,メンゲレは高飛びし以後20年近くの潜伏生活を継続した.大変に地味な映画なのだが,事実と虚構をつなぎ合わせる「想像力のベクトル」の手堅さを感じ取れよう.ナチ・ハンターのサイモン・ウィゼンタール(Simon Wizenthal)は,メンゲレはパラグアイの首都アスンシオンに出没していたと主張した.実は,その潜伏先はブラジルであったことが明らかになったのは,1979年,メンゲレがサンパウロで心臓発作により死んだ後のことであった.

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原題: WAKOLDA
監督: ルシア・プエンソ

出演: フロレンシア・バド アレックス・ブレンデミュール
  • 92分/アルゼンチン=フランス=スペイン=ノルウェー/2013年
    (C) 2013 HAGI Film