新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait





[提供:丸善]
 研究者の世界はいまや,Publish or perish.ではなく,Publish and perish.という言葉で表現されるような,危機的状況に陥りつつある.そこでは,科学者は業績を上げることにこだわるばかりに,様々な事件を引き起こしている.本書では,「研究発表を中心とした科学者の不正行為」という視点から,科学活動を目に見える実態として提示し,「科学者はなぜ不正を犯すのか」,「その予防法はあるか」,「研究倫理はどうすれば確立されるか」を詳細に検討する――.

 科学の成果は,信頼性と妥当性をもって世に還元されることが期待され,そのために科学論文は生み出されなければならない.データの捏造や改竄は,それだけで学界への重大な背信とみなされる.蓄積と試行錯誤を発展の法則にもつと考えられる「科学」であるが,17世紀のイギリス王立協会はこの営みを「趣味」「アマチュア」の範疇ととらえていたという.哲学,医学,神学などを正当の学問としていた時代には,科学は傍流であったという科学の発展史には,興味を引かれるものがある.しかし,研究成果を偽って他者と社会を欺く事例は,最古の類では,たとえば次のようなものがある.

 バビロニアの文書にある天体を,あたかも自分が観測したかのように公表した紀元前2世紀のギリシャの天文学者の例.もはや,宗教と政治から距離を置くことで容認がとられてきた科学議論の段階的時代ではない.あらゆる社会制度・政策,規範に多大な影響をもたらす知見として,研究成果の質は評価される.だが問題は科学的情報の捏造,隠蔽,ノイズ,オーサーシップ,知的財産権の侵害などを公正に審判される仕組みを,社会的に定着させることの困難さにある.本書は,「科学者はなぜ不正を犯すのか」「その予防法」「研究倫理の確立」を論及する.研究倫理の規範は,公式化された「透明性の高さ」が高次元に求められるが,実態はクリアな倫理の域に至っていない.「学会研究倫理指針」「投稿規定」は学会の“内規”に留まることが多く,そのことは高度に専門分化した科学を規範から律する難しさを示している.
‘科学研究や科学者の規範や誠実さに違反する行為は,犯罪として立件されなくとも,明らかに不適切な行為である.つまり,不正行為は,犯罪を律する規範よりも,はるかに高い倫理的な基準で律せられていることになる.高潔なる科学が,求められているのである’*1
 海外の研究不正行為は,フィッシャー事件,ピアース事件,ヘルマン・ブラッハ事件などが本書で詳細に取り上げられている.そのうえで事実の「解明」を主眼とする研究者の連合的取り組みの必要性を,20世紀終わりに開催された「エジンバラ会議」「ベセスダ会議」の意義を示して訴える.本書の結論の重要な一部として解釈されるのは,研究上の不正行為の発見,指摘,糾弾は一連の科学的プロセスとして確立させる必要があるということ.少なくとも大学院修士課程の全研究科で,本書のテーマは必修の講義・演習科目――学生であっても研究の遂行に必須の「心構え」――として開講し,単位取得を修了要件とすることが求められる.講座の担当教員は,むろん複数名で担当するべきである.
‘大切なのは「事実」であり,善悪や好悪,価値観といったものではない.そして,科学とは,この「事実」に最大の価値を置いた接近方法ではないだろうか’*2

科学の罠―過失と不正の科学史
酒井 シヅ,三浦 雅弘,アレクサンダー コーン,Alexander Kohn
工作舎

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原題: 科学者の不正行為 ― 捏造・偽造・盗用
著者: 山崎茂明

ISBN: 9784621070215
  • 『科学者の不正行為 ― 捏造・偽造・盗用』山崎茂明
    --丸善,2002.3, , vi, 195p, 21cm
    (C) 2002 山崎茂明

    *1 本書
    *2 本書




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