新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait





[提供:コピアポア・フィルム]
 1930年代後半のローマ.機能不全に陥った中流家庭で育ち,少年期に異常な出来事を体験した青年マルチェロは,「正常」な人生を送ること,すなわちファシズムへの同化を希求するようになっていた.彼は秘密警察の一員として,現在パリで亡命生活を送っているクアドリ教授の動向を探る役割を自ら買って出る.クアドリはマルチェロの大学時代の恩師で,反ファシズム運動の精神的支柱の一人でもあった.マルチェロは結婚したばかりの娘ジュリアを伴い,パリへと赴くが….

 社会主義的ファシズムを痛撃したジョージ・オーウェル(George Orwell)は,1936年末にPOUM義勇軍(マルクス主義者統一労働党)アラゴン戦線分遣隊に参加し戦った際,反ファシズム勢力内部での欺瞞に憤慨して記録に残した.「人間狩り」と称するコミンテルンとスターリン主義による圧力,逮捕,監禁,拷問,銃殺を目の当たりにすれば,ファシズムに身を委ねる"体制順応者"への冷笑も生まれて当然だっただろう.まさに,体制順応における「正常」は「ファシスト」であることが代名詞的に観念されていた.そうした政情を舞台に,ファシスト党に入党した大学哲学講師の青年の心の闇と自我崩壊を本作で描いたベルナルド・ベルトルッチ(Bernardo Bertolucci)は,製作当時なんと弱冠29歳.「自分と同じ人間が好きで,自分と違う人間を警戒する.正常な人間とは,真の兄弟.真の愛国者」.

 盲目の友人イタロに感化された青年マルチェロは,「真のファシスト」たりうることで,無意識に抑圧した精神的葛藤を無毒化しようとする.彼が党から与えられた最初の任務は,反ファシストでパリに亡命した恩師クアドリ教授の身辺探査であった.新婦を伴う新婚旅行の体で渡仏したマルチェロは,教授の美しい妻アンナと情を通じつつ,標的となった夫妻が深い森にさしかかったところで,ファシスト党刺客が2人を惨殺する現場をつぶさに見る.しかし彼は眉ひとつ動かさない.真のファシストという自己像を得た彼にとって,「ムッソリーニの死」以外に動揺する事態はあり得ないためであるように思えた.しかし,真実はそうではなかった.この青年が無意識のうちに最も恐れているのは,「正常(ファシズム)からの逸脱」.それは肉親からの負の影響を激しく憎悪する心理反応として描かれる.彼の実父は,ミュンヘンでナチズムに感化され破壊活動に関与した結果,無機質な精神病院に収容され廃人となった.実母は,お抱え運転手を愛人にしながらモルヒネ中毒で人格崩壊が進んでいる.

 両親の異常が自分にも遺伝していることへ怯えをもつマルチェロは,いわれのない梅毒疑惑にも過剰に反応し,そうした恐怖を完全払拭すると信じられるのがファシズムへの忠誠であり,信仰なのである.共産主義ドクトリンの横暴なプロパガンダの本質を,「人を見て法を説く」ものであると喝破したズビグネフ・ブレジンスキー(Zbigniew K. Brzezinski)は,人類の進歩を可能ならしめるという共産主義の飛躍は,単純化されたドクトリンが変容する社会に適合できなかった点で,画餅に終わったとみた.中央当局が不磨の大典の如く唱えた「科学的真理」を結集し,最良の理想主義的精神で掲げた「真に公正な社会」.西側諸国が共産主義の欺瞞を制圧するまで,ユートピア的価値観に埋もれた大衆は,専横する共産主義に高いモラルと連帯を夢見ていた.それはマルチェロの夢であった.だが,彼には自分でも無意識化に抑圧していた"少年時代のトラウマ"があった.暗殺の森の血しぶきにも微動だにしなかった彼が,1943年7月27日に解散した国家ファシスト党の行く末を案ずる矢先,盲目の友人イタロに呼び出されて夜の街を徘徊した時,それまで露ほども疑わなかったファシズムへの忠誠と信仰を打ち砕く人物に邂逅する.

 混乱の極みに陥ったマルチェロは錯乱し絶叫する.その叫びはとめどなく,いつまでも木霊する.大学時代にクアドリ教授の下で書いた哲学の卒論は,プラトン(Platon)「洞窟の比喩」だった.暗殺の前,再会したクアドリはマルチェロに言った.洞窟に映る炎の影は事物の投げる影,"幻覚"は"現実"と呼ばれ,人々は現実の影を現実と思い込む.それがイタリアで起こっていることだ――予見どおり,現実の影を過去の記憶とともに白日の下に引きずり出されたとき,正常をカムフラージュし続けた青年の自我は耐え切れずに崩壊したのだ.1930年代の退廃的なイタリア体制順応者の相克と内面的闘争を,妖艶な美しさを帯びて静かに描く傑作.「光で書く」(Writing with Light)と自称するヴィットリオ・ストラーロ(Vittorio Storaro)は,この作品以後,詩的な構図と陰翳のあついシンメトリックな撮影でベルトルッチ作品に欠かせない撮影技術者となった.


++++++++++++++++++++++++++++++
原題: IL CONFORMISTA
監督: ベルナルド・ベルトルッチ

製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ
原作:アルベルト・モラヴィア
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ
撮影:ヴィットリオ・ストラーロ
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン ドミニク・サンダ ステファニア・サンドレッリ ピエール・クレマンティ イヴォンヌ・サンソン
  • 115分/イタリア=フランス=西ドイツ/1971年
    (C) 1971 Minerva pictures Group




  • « ▼『空飛ぶタイ... ▼『我らが少女... »