新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait





[提供:中央公論新社]
 「陰気は私のコンプレックスだった」.貧しさと飢えの中で育ち,敗戦で人間不信に陥った少年は,俳優座養成所で後の夫人と出会い,名優への道を歩み出す.黒澤明,小林正樹ら日本映画黄金時代を彩る巨匠の作品に出演,舞台俳優としても大きな足跡を刻んだ著者が,亡き妻との思い出を中心に綴った生涯の記録――.

 結核を患い,学歴・実績は低く,役者としての才能も未知数であった仲代達矢の軌跡.「上海事変」「五・一五事件」の暗い世相に生まれ,家庭環境も不遇というほかなかった仲代は,不器用なうえに努力の仕方を知らなかった.日本初の俳優学校という宣伝を真に受けて受験した「俳優座養成所」の筆記試験は,「近代演劇の理論を築いたスタニスラフスキーについて考察せよ」.決して奇問ではない出題であったが,演劇理論について公立図書館で事前に勉強したはずの仲代は,スタニスラフスキー理論についての知識はゼロだった.さらに,実技試験では緊張のあまり,記憶が吹っ飛んだ.不合格は確実と思われた.

 それがなぜか,20倍の競争率を勝ち抜いて「合格」が与えられる.その年は「背の高い奴」と「声のでかい奴」を採用する方針であったからである.仲代はその両方の条件を満たしていた.興味深いことに,1975年から仲代が妻・宮崎恭子と開いた「無名塾」の実技試験で,役所広司を合格させた理由も「酸欠になるほどの大声な奴」ということだった.俳優座養成所で仲代の先輩にあたる宮崎は,仲代の役者としての素質を本人よりも聡く見抜き,常に励まし続けた.本書の大半は,妻への感謝と愛慕で埋められている.

 仲代は邦画の黄金期とともに成長した俳優の1人となったが,破格の待遇で専属契約を申し入れてきた映画会社の誘いをすべて断り,生活の安定よりもフリーの立場を選んだ.悩める仲代の背を押した妻の「それでいいじゃない」という包容の言葉.堅実な職業と見なされない役者稼業でも,芸術家としての価値観を持ち続けることによって,誰にも引け目を感じることはないという信念.妻の前だけではいつも弱気で,愚痴ばかりこぼしていた仲代は,小林正樹,岡本喜八,五社英雄,市川崑,黒澤明,成瀬巳喜男,山本薩夫,舛田利雄らの求める幅広い役柄に応じてきた.その肥沃な土壌が,後進の育成に貢献していることは計り知れない.

幻を追って―仲代達矢の役者半世紀
高橋 豊
毎日新聞社

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原題: 遺し書き―仲代達矢自伝
著者: 仲代達矢

ISBN: 9784122053441
  • 『遺し書き―仲代達矢自伝』仲代達矢
    --中央公論新社,2010.7, , 285p, 16cm
    (C) 2010 仲代達矢




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