新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait





[提供:角川書店]
 学生・社会運動の嵐が吹き荒れた1969年の5月13日,超満員となった東大教養学部で,三島由紀夫と全共闘の討論会が開催された!自我と肉体,暴力の是非,時間の連続と非連続,政治と文学,観念と現実における美…互いの存在理由を巡って,激しく,真摯に議論を闘わせる両者.討論後に緊急出版されるやたちまちベストセラーとなり,いまだ"伝説の討論"として語り継がれる貴重なドキュメント,三十余年ぶりの復活――.

 1969年5月13日,東京大学教養学部900番教室で行われた三島由紀夫と全共闘の公開討論.この日の大学は,ストライキの真っ最中であったが,三島に対峙する論客(全共闘A=木村修,全共闘C=芥正彦,全共闘H=小阪修平)は比較的闊達に議論を投げかけ,三島が鷹揚に応じている.当日の討論を記録した映像を見ると,和気藹藹とした雰囲気は“シュンポシオン”を彷彿とさせるほど.

 三島はこのディスカッションを 1)暴力否定が正しいかどうかということ.2)時間は連続するものか非連続するものかということ.3)三派全学連はいかなる病気にかかつているのかということ.4)政治と文学との関係.5)天皇の問題.以上の論点を探求することが課題だったと本書「討論を終えて――砂漠の住民への論理的弔辞」に書いた.生硬な内面を武装するように,難解な言葉を夥しい量で繰り出し,相手を圧倒しようと試みる全共闘の弁士ら.

 その力量は,実際には三島の期待した「論理的衝突」の域に達していない.三島は彼らの「論理性」を認めはするが,論敵の措定には至っていないと喝破するのである.この討論では全共闘の発言者に対し「観念世界の遊びに過ぎないじゃないか」と聴衆から野次が飛ぶ.現状の否定を正当化するための理屈を積み上げる論弁力は,剔抉な論理を担保するものではない.多彩に言辞を弄していても,ハイパーなラディカリズムは未来志向とは言い難い詭弁に聞こえてしまう.

 「アンフォルメルなゼリー状の未来というものに何も賭けたくないんだ」.過去・現在・未来を画然として観念を確立すべきと考える三島の言葉は,非遊離な印象を強める.壇上に上がった全共闘の者にはそれがない.「カンパの半分でも『盾の会』に回してほしい」と開会の挨拶をして笑いを誘った三島が,『豊饒の海』(第四部 天人五衰)最終の原稿に日付を記入,陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室に籠城するのは,公開討論から約1年半後.

三島由紀夫vs東大全共闘―1969-2000
三島 由紀夫
藤原書店

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原題: 美と共同体と東大闘争
著者: 三島由紀夫, 東大全共闘

ISBN: 4041212081
  • 『美と共同体と東大闘争』三島由紀夫, 東大全共闘
    --角川書店,2000.7, , 173p, 15cm
    (C) 1969 Yukio Mishima,Osamu Kimura




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