新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait





[提供:東京創元新社]
 パリのケルン教授の助手に雇われたマリイは,実験室内部の恐ろしい秘密を発見した.人間の首,それも胴体から切り離された生首だけが,まばたきをしながらじっと彼女を見つめているではないか!それは,つい最近死んだばかりの有名な外科医ドウエル教授の首だった.しかもパリ市内では,最近つぎつぎと不可解な事件が続発しはじめていた.ソヴェトSF界の水準を示すベリャーエフの古典的名作――.

 ロシアのSF小説は,ファンタスチカと呼ばれ,国内人気が高いジャンル.ソ連やポーランドなど,共産圏のSFがいち早く邦訳され輸入されてきたのは,ソ連の政治体制からくるイデオロギーへの理解という一側面があったからだろう.翻って英米のSF界では,ヒロイック・ファンタジー,冒険SFへの回帰が礼賛された時期が目立つ.本書は,生体実験や臓器移植,人間改造などユニークな科学技術的発想を,大衆受けする通俗的なプロットで提示したアレクサンドル・ベリャーエフ(Aleksandr Beliaev)の代表作.

 試験管の中で,生首だけとなった外科医ドウエル教授が生き続け理知的に会話する.この不気味なホラー風味が魅力的な前半に比べ,逞しい青年がマッドサイエンティスト,ケルン教授を追い詰める後半の勧善懲悪劇は平凡でしかない.ここに予見や警句は読み取ることはできない.ベリャーエフは1915年,突然脊椎カリエスを発症.6年間,全身不随で寝たきりとなった.回復後,雑誌『探検世界』に掲載された処女作が「ドウエル教授の首」であり,ソ連初の専業SF作家としてスタートを切った.

 “ソ連のジュール・ベルヌ”と呼ばれ,ソビエトSFの創始者として今日では重要な位置を占める作家となるが,生前時は「荒唐無稽」「非科学的」と冷遇された.勤労人民を社会主義に向かって思想的に改造し,教育する社会主義リアリズム体制での文学や芸術には,そぐわないと判断されたのも無理はない.ベリャーエフは1942年,ナチス占領下のプーシキンで死去した.死因は不明.ナチスは遺稿と資料を求めたが,それは隣家の屋根裏に隠されていたという.

両棲人間
ベリャーエフ

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Title: GLOVA PROFESSORA DOUELYA
Author: Aleksandr Beliaev

ISBN: 448863401X
  • 『ドウエル教授の首』アレクサンドル・ベリャーエフ ; 原卓也 訳
    --東京創元新社,1969, , 249p, 15cm
    (C) lapse







  • [提供:筑摩書房]
     パリ郊外のカフェを舞台に,死亡も生存も確認されない夫を待ち続ける女,テレーズの愛の記憶とあるがままの日常を乾いたタッチで描いた物語――.

     マルグリット・デュラス(Marguerite Duras)とジェラール・ジャルロ(Gérard Jarlot)の手がけたシナリオに,アンリ・コルピ(Henri Colpi)とジャスミン・シャスネ(Jacqueline Chasney)が加工とアレンジを加えたスクリプト.映画「かくも長き不在」(1961)の脚本はすばらしいものだったが,映画化に際して削られ,逆に加筆されたものを本書でトレースすることができる.

     セーヌのピュトー.ゲシュタポに捕らえられた夫を待ち続けた女性テレーズが,夫に瓜二つの浮浪者と遭遇.熱病に浮かされたように,テレーズは脇目もふらず,見栄も外聞もなく「彼」の記憶を呼び覚まそうと試行錯誤を続ける――これが事実に基づく物語であることは,それほど知られていない.1957年にある紙面の三面記事を題材に,デュラスは本書の構想を練った.

     その記事は,パリ近郊の小都市オーベルヴィリエの女性が,昔ブーヘンヴァルト強制収容所に送られ,記憶喪失となった夫が街に戻ってきたと信じていることを伝えるものだった.夫と見込まれた男性は,奇行により精神病院に送られ,その女性は足繁く精神病院に通ったという.かつてデュラスは,物語の創作にはナルシズムでもあり,露出趣味でもある「ほかに比べようもない喜び」があると述べた.そのエクリチュールは,静謐な反戦映画の傑作とされる本書からも力強く発信されているのである.

    ヒロシマ,私の恋人・かくも長き不在 (1985年)
    ジェラール・ジャルロ,マルグリット・デュラス
    筑摩書房

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    Title: UNE AUSSI LONGUE ABSENCE
    Author: Marguerite Duras, Gérard Jarlot,

    ISBN: 448002736X
  • 『かくも長き不在』マルグリット・デュラス, ジェラール・ジャルロ ; 阪上脩 訳
    --筑摩書房,1993.4, , 204p, 15cm
    (C) 1961 Editions Gallimard







  • [提供:角川書店]
     クリスマス・イブ,若いパイロットの操縦するヴァンパイヤ戦闘機が基地を飛び立った.故郷での楽しいクリスマスが待っている…事故は北海上空,高度一万フィートで発生した.すべての計器が止まったのだ.眼下は一面の霧の海.ヴァンパイヤは方向を失い,漆黒の空間を漂う無力な鉄の棺と化した.その時,霧の中から一機のモスキートが!救援機“シェパード”だった.表題作ほか2篇――.

     シャルル・ド・ゴール(Charles André Joseph Pierre-Marie de Gaulle)暗殺未遂を主題とする傑作『ジャッカルの日』,元ナチス親衛隊隊員の救済組織オデッサに挑むジャーナリストの戦慄の追跡『オデッサ・ファイル』.フレデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth)は,デビュー2作で長編ポリティカル・スリラーの「名手」となる立場を獲得した.本書は,フォーサイスの数少ない短中編を収める.フォーサイスの着想の源泉と真髄は,自身の従軍体験,特別な情報源への取材等によって得られた迫真のディテール描写にある.

     ロンドンの金融街シティに長年勤務する堅物ナトキンが,電車で拾った交際情報誌から,好奇心に抗えず「サリー」と名乗る女と火遊びしてしまう.そこから彼の悪夢が始まるが…(「ブラック・レター」).人生に倦んだ大富豪が全力で口説き落とそうとした人妻には,冴えない軍人の亭主がいた.彼女を掌中におさめるため,富豪は暗殺者を雇う…(「殺人完了」).クリスマス・イブの夜,ドイツから故国イギリスへ向った若い空軍パイロットは,交信不能の乗機トラブルに見舞われる.そこに突如現れたのは,一機の旧式救援機シェパードだった…(「シェパード」).

     1961年にロイター通信記者になる以前,フォーサイスは英国空軍に入隊,指導パイロットを務めた時期があった.「シェパード」は私小説的な装い.離陸後37,000フィートまで上昇,速度485ノットで飛行するジェット戦闘機パイロットを締め付ける孤独,電気系統トラブルでインジケーターなど電気系機器がすべてダウンした際の恐怖,さらにイギリス・ノーフォーク海域で発生した濃霧が視界を覆い,地上燈火の視認が不可能になった絶望.その状況描写が無駄のない細密なプロットとなっており,3つの作品のラストは,それぞれニヤリとさせるようなひねりと遊び心が利いている.長編スリラーの重量感とはまったく違う,軽量級の作品たちだが,サスペンスの味は爽やかである.

    キル・リスト (海外文学)
    フレデリック・フォーサイス
    KADOKAWA/角川書店

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    Title: THE SHEPHERD
    Author: Frederick Forsyth

    ISBN: 4042537057
  • 『シェパード』フレデリック・フォーサイス ; 篠原慎 訳
    --角川書店 ,1982.5, , 177p, 15cm
    (C) 1975 Frederick Forsyth







  • [提供:新潮社]
     身よりもなく,まったく無知で動物的だった盲目の少女ジェルトリュードは,牧師に拾われ,その教育の下でしだいに美しく知性的になっていった.しかし待ち望んでいた開眼手術の後,彼女は川に身を投げて死んでしまう.開かれた彼女の眼は何をみたのだろうか.牧師と盲目の少女,牧師の妻と息子との4人の愛情の紛糾,緊張を通して「盲人もし盲人を導かば」の悲劇的命題を提示する――.

     ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)の《交響曲第6番》(田園)には,各楽章に標題が付されている.第一楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」,第二楽章「小川のほとりの情景」,第三楽章「田舎の人々の楽しい集い」,第四楽章「雷雨,嵐」,そして第五楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」.この曲は,情景イメージ豊かな標題音楽の先駆をなすものと理解されているが,ベートーヴェンの作曲譜には,「どんな場面を思い浮かべるかは,聴くものの自由に任せる」「音の絵というより感覚というにふさわしい」と走り書きが遺されている.

     盲目の少女ジェルトリュードは,牧師に連れられた音楽会の帰り道,《交響曲第6番》の感動から彼に問う.「あなたがたの見てらっしゃる世界は,本当にあんなに美しいのですか?」.無知で衝動的だったジェルトリュードに,牧師は「罪」「死」「罰」「憎悪」といったものは避けた人間教育プロセスを用意した.開眼手術成功でジェルトリュードが目の当たりにしたものは,「耳で聴く」ことの幸福を信じていた先天盲の自分と,牧師を取り巻く人々の暗い表情――くすんだ魂の証左――であった.

     人生に美点は認められず,この世界に生きる自分もまた,恩人との関係において罪人である.これが世界の「実相」であることに,ジェルトリュードの内部が激しく動揺する.宗教者の欺瞞と欲望に捧げられたのは,“外界の認識”が脆弱であるために壊れやすい殻に包まれた少女の魂.牧師の主知主義的実験は敗北したのである.第一次世界大戦中,福音書に耽溺したアンドレ・ジッド(André Paul Guillaume Gide)は,イエス・キリスト(Yhoshuah ha-Mashiah)の説く教えのすべては,慈愛にまつわるものと解釈したが,その自由解釈に限界を覚える.ジッドはついにプロテスタントから改宗することはなかった.

     マルク・アレグレ(Marc Allegret)との同性愛関係で,ジッドの夫婦関係は危機的状況であった時期に,福音書15:14「盲人が盲人の道案内をすれば,二人とも穴に落ちてしまう」という言葉から着想を得て本書は書かれたという.複雑な構成をもたず,筋の拡散もなく,整然と1つの物語が1つの視点から叙述される.ジッドの文学において,本書は『背徳者』『狭き門』『イザベル』『女の学校(三部作)』らと同じ作品カテゴリーに属する物語である.

    狭き門 (新潮文庫)
    ジッド
    新潮社

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    Title: LA SYMPHONIE PASTORALE
    Author: André Gide

    ISBN: 410204504X
  • 『田園交響楽』アンドレ・ジイド ; 神西清 訳
    --新潮社,1951, 改版, 114p, 20cm
    (C) lapse







  • [提供:新潮社]
     母の死の翌日海水浴に行き,女と関係を結び,映画をみて笑いころげ,友人の女出入りに関係して人を殺害し,動機について「太陽のせい」と答える.判決は死刑であったが,自分は幸福であると確信し,処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む.通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に,理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作――.

     反政府活動でアルジェリアを追放され,「パリ・ソワール」紙記者になった1942年,アルベール・カミュ(Albert Camus)はフランス自由地区シャンボン・シュール・リヨン付近の小村ル・パヌリエに居を移した.この若く無名の一エッセイストが同年6月に『異邦人』,12月に『シーシュポスの神話』をガリマール社から刊行すると,戦後はジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre)と並ぶフランス文学の代表と絶賛される.その2作は,ともに不条理と実存主義の思弁を扱っているが,不条理の哲学がテーゼとして生き生きと積み上げられているのは,小説の形をとった本書の方である.

     「不条理」とは,進行し続ける状況の不可解さと,非論理的な推論の上に成り立つ.しかし,カミュはこの言葉に独自の解釈をもたせた.養老院で死んだ母の葬式にも涙を落とさず,不可解な殺人を犯して動機は〈太陽のせい〉と嘯くムルソーの一人称からなる「中性の文体」の斬新さ.反社会性を法廷で裁かれるムルソーは,実際の殺人罪よりも母親の死にも心を動かされない「モラルの欠如と無感情」を責めたてられるが,死刑を控えた彼は,それでも自身を幸福であると確信し,見物人からの憎悪を心待ちにする.カミュは17歳のとき結核を発症,喀血して生涯の健康に影を落とした.カミュの母は,息子に忍び寄る死を恐れる気振りを見せず,無関心を「装った」.カミュは母のその態度に混乱し不信を抱くが,母の無関心には自分も無関心で応じる.

     人間的な感情をもちえないと見なされたムルソーに対する糾弾は,ムルソー本人にとってはどこまでも無意味であり,言葉だけが空費されていく.客観による「明晰な認識」に対峙する,第三者には決して理解されない「内観的な不可解さ」.カミュの「不条理」は,両者の埋めようもない根源的な隔たりを意味している部分に独自性がある.ファウスト的な衝動や悪意をもって人間社会に挑むのではなく,感情を誰にも読み解かれず理解されない悲劇を演じながら,ムルソーは恬淡としている.その姿を通して,人間の理性やモラルの実存に本質的な疑問を呈する.カミュは本書で戦後世代の鋭い知性の英雄として,――暴力革命とマルクス主義を否定することに関する「カミュ=サルトル論争」の起きるまで――フランス戦後文壇の寵児となった.

    最初の人間 (新潮文庫)
    カミュ
    新潮社

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    Title: L'ÉTRANGER
    Author: Albert Camus

    ISBN: 4102114017
  • 『異邦人』カミユ ; 窪田啓作 訳
    --新潮社,1951, 174p, 20cm
    (C) lapse







  • [提供:角川書店]
     オデッサとは元ナチス親衛隊隊員の救済を目的とする地下組織で,その存在は公然の秘密とされている.リガの殺人鬼と呼ばれた元SS高級将校を巡って,この悪魔の組織に挑む一記者の,戦慄の追跡行――.


     1967年にナイジェリア内戦取材の特派員として現地に赴いたフレデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth)は,傑作『ジャッカルの日』を35日間で書き上げた.本書も『ジャッカルの日』と並び,スリラー小説ファンを歓喜,興奮させた.20年以上にわたり,フォーサイスは英国の諜報機関MI6(秘密情報部)に協力していた事実を2015年8月30日のサンデー・タイムズが報じた.『ジャッカルの日』を出版した2年後の1973年,フォーサイスは東ドイツに派遣されたという.オデッサ(ODESSA)とは,元ナチス親衛隊隊員の救済を目的とする非公式の組織(Organisation der ehemaligen SS-Angehörigen)であり,それは旧ナチス党員の逃亡支援のため1946年に密かに結成されたという.

     幾度かその名称を変更しながら,オデッサは組織としての存在を否定され続けてきたが,フォーサイスは「オデッサは厳として存在し,そして “ドクロ”の標章をともにいただく同志 (カメラート)たちは,組織の中で固く結ばれている」と本書冒頭で断言している.元SS隊員を助けた組織には,オデッサ以外には,たとえばSS同志会やルデル・クラブなどがある.元SS隊員とナチス残党は,オデッサの支援を受け,戦後ドイツ社会に復帰し,また他国に逃亡を果たした.オデッサはプロパガンダを含め,行政,警察,官僚組織などに浸透し,彼らに便宜を図る互助組織だった.オデッサにより氏名,戸籍,職業,外見をも捏造された“同志”は,極秘の名簿にリストアップされていた.それが非公然ながらも「オデッサ・ファイル」と呼ばれてきたのである.

     愛車であるジャガーXK150Sを乗り回し,単身オデッサに乗り込む若いルポ・ライターの奮闘を描きながらも,唸らされるのはストーリー的なプロットではない.表沙汰にならないよう張り巡らされたオデッサの警戒網,団結力と強烈な選民意識,隠然と権限を握る元SS将校が説く大ゲルマン帝国構想――戦後ドイツにあってもなお,汎ゲルマン主義を妄信する組織が存在している事実に対し,もよおす嫌悪と戦慄.それをもたらすディテールの描き方,その細密さが凄い.その裏づけの証明がある.主人公ミラーが追ったのは,リガのカイザーヴァルト強制収容所責任者を務めた実在のエドゥアルト・ロシュマン(Eduard Roschmann).その残忍さから“リガの屠殺人”と呼ばれた.本書でロシュマンは逃亡中に凍傷で足の指を数本欠損した記述がある.ロシュマンは1977年パラグアイで心臓発作を起こして死んだが,検死官によると実際にロシュマンの足の指が数本欠けていたという.

     フォーサイスは,かなり詳細な事実を調べ上げ,書いたことの一例である.また,ミラーのオデッサ追跡は,1963年のケネディ大統領暗殺事件を発端とするが,同時期に英米の支援を受けるイスラエルと敵対するエジプト(ナセル政権)の巡航ミサイル配備計画の攻防がマクロの背景としてある.イスラエル壊滅作戦としてのミサイル開発にはドイツの科学者が斡旋されており,それに深く介入していたのがオデッサという設定である.ミラーは,ユダヤ人過激派グループとイスラエル諜報特務庁(モサド)の力を借り,元SS隊員に「成りすまし」,オデッサに逆に潜入して目当てのロシュマンを追跡する計画を決行する.このように,ミクロの物語とマクロの背景を余念なく描き込むデザインが,虚構に質実を与えている.それは,フランス特派員経験およびMI6との情報交換をリソースとするフォーサイスの綿密な調査により,小説のプロットが巧みに構造化されているからである.

    ジャッカルの日 (角川文庫)
    フレデリック・フォーサイス
    角川書店

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    Title: THE ODESSA FILE
    Author: Frederick Forsyth

    ISBN: 4042537022
  • 『オデッサ・ファイル』フレデリック・フォーサイス ; 篠原慎 訳
    --角川書店 ,1980.5, , 458p, 15cm
    (C) 1972 Frederick Forsyth







  • [提供:恒文社]
     ボスニア地方の美しい石橋「ドリナの橋」を舞台に,橋の上を去来する人間たちの運命を中世から400年にわたって,あたかも大河の流れのごとく,静かに,ゆったりとした筆致で描くノーベル賞作家イヴァン・アンドリッチの代表作――.

     ユーゴスラビア連邦共和国は,2003年にセルビア・モンテネグロに国名改称,さらに2006年のモンテネグロ独立によって地球上から消滅した国家である.だが,「7つの国境,6つの共和国,5つの民族,4つの言語,3つの宗教,2つの文字,1つの国家」と形容された国際的位置は,6つの構成共和国からなる国家的枠組みに移行しても,その系譜が終焉したわけではない.イヴォ・アンドリッチ(Ivo Andrić)が幼少期を過ごしたボスニア・ヘルツェゴビナのヴィシェグラードには,モンテネグロの山の頂を源とするタラ,ビヴァ2つの支流からなる全長346キロのドリナ川が流れている.エメラルド色の水流は,バルカン半島セルビアとボスニアの境界近くに達し,ヴィシェグラードに暮らす人々を潤してきたという.オスマン帝国大宰相ソコルル・メフメト・パシャ(Sokollu Mehmed Paşa)の命により,宮廷建築家ミマール・スィナン(Koca Mimar Sinan)が16世紀末にドリナ川に架けた橋が,メフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋である.

     オスマン帝国の建築様式の粋を集めた「ドリナの橋」は,全長179.5m,11の石組みのアーチから成っている.ヴィシェグラードに育った少年期のアンドリッチは,この白く美しい橋を眺めて暮らしていたに違いない.そして,ヴィシェグラードを離れてからは,古くからサラエヴォとイスタンブールをつなぐ要地であったボスニアにおける故郷,民族と宗教の坩堝がもたらした様々な“物語”を回顧し,そこからの“めざめ”を得たであろう.本書は,橋のたもとにあるトラヴニクという町を舞台に,メフメト・パシャの出自から16世紀ドリナの橋建設を叙述する.17世紀から19世紀にかけては,トルコがハンガリーを撤退,橋は大洪水にも耐え,生を全うしようとする人々の群像が描かれる.さらに19世紀から20世紀初頭では,オーストリア軍の進駐,聖職者に迎えられるオーストリア大佐の物語,鉄道敷設,ホテル建設など文明開化が町の交流を活性化させ,セルビアがトルコに勝利するバルカン戦争の描写がなされ,都会の大学で学んだ学生らがトラヴニクに帰省して交わす論戦は,リベラルやペダンティックな論理である.

     最後の章では,1914年の第1次大戦勃発,オーストリア軍撤退時に戦術上の要請から,ドリナの橋は爆破される.そうして,先祖代々橋の管理を司った敬虔な回教徒の老人アリホジャは,無残に引き裂かれた橋を見届けた後,それが現実であることを受け止めることができないまま,坂道に昏倒して喘ぎながら絶命したのである.4世紀近くに及ぶ時の流れを,橋はひきも切らぬ戦闘や大洪水にも耐え,橋上を行き交う旅人や儀式の行列,名も記録されない無数の人々を見守り,民族,宗教,言語の衝突や離合を沈黙のうちに包容し続けた.ドリナの橋の存在とは,セルビアとボスニア,サラエヴォとイスタンブールをつなぐヴィシェグラード,あるいはトラヴニクの鎮守であることが本質,意義だったのである.アンドリッチは,1961年「自国の歴史の主題と運命を叙述し得た叙事詩的力量」が評価され,ノーベル文学賞を受賞した.ボスニアの苦難の歴史と運命の渦中にあって,存在理由を問い続けなければならない人間の無常が,歴史の主題や叙事詩という文学性に結晶しているといってよいであろう.
    ‘橋も老いた.だが,人間の生涯よりも,いや,数世代よりもずっと長い時の尺度に応じてなので,目で見てもその老化はわからない.橋の生命は,不死ではないにしても,永遠を感じさせた.いつその終わりが来るともわからなかったからである’*1
     本書は結末の後に,このアンドリッチの文学をイズム化したようにも読める.アンドリッチは,第1次世界大戦中,南スラブ民族解放運動に参加した由でオーストリア官憲に逮捕,投獄された体験を経て,西欧諸国でユーゴスラビア外交官生活を送った.祖国ボスニアに題材を求め,壮大な構想と静謐なリアリズムからなる長編三部作『ドリナの橋』『ボスニア物語』『サラエボの女』を発表した.これが直接的にはノーベル文学賞授賞理由に結ばれることを考えれば,第1次大戦勃発とともにその存在にピリオドを打たれたドリナの橋が,現実の橋としての生命を絶たれたことで,ユーゴスラビアが宿命的に背負う悲しみや抒情を――アンドリッチが文学上の功績として――世界に架ける重大な契機になりえたと理解できるはずだ.メフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋は,本書に描かれた通り,第1次大戦,さらには第2次大戦でも壊滅的な損傷を受けたが,1950年代に再建され,2007年にユネスコの世界遺産に登録された.ボスニア・ヘルツェゴビナ東部のスルプスカ共和国の町ヴィシェグラードに現存している.

    ボスニア物語 (東欧の文学)
    イヴォ・アンドリッチ
    恒文社

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    Title: NA DRINI ĆUPRIJA
    Author: Ivo Andric

    ISBN: 4770402201
  • 『ドリナの橋』アンドリッチ ; 松谷健二 訳
    --恒文社,1972, 364p 肖像, 20cm
    (C) 1945 Ivo Andric

    *1 本書







  • [提供:岩波書店]
     平凡無垢な青年ハンス・カストルプははからずもスイス高原のサナトリウムで療養生活を送ることとなった.日常世界から隔離され病気と死が支配するこの「魔の山」で,カストルプはそれぞれの時代精神や思想を体現する数々の特異な人物に出会い,精神的成長を遂げてゆく.『ファウスト』と並んでドイツが世界に贈った人生の書――.

     爛熟のロマン派を体現するような初老の作曲家による“美”の理解は,陶酔のディオニソスと秩序のアポロンの「対立」を頑なに肯定する中にあった.頽廃の悲劇を扱った『ベニスに死す』に対する「風刺劇」として,本書は計画された.1912年,肺尖カタルで療養している妻を見舞うために,トーマス・マン(Paul Thomas Mann)はダヴォスのサナトリウムを訪れ,3週間ほど滞在した.喜劇的な風刺をテーマに構想を進めたが,第一次世界大戦を挟み12年かけて完成された『魔の山』は,1,200ページ強の壮大な教養小説に仕上がった.

     頽廃的で官能的なショーシャ夫人,進歩的合理主義のイタリア文士セテムブリーニ,狂信的なジェズイト派のユダヤ人ナフタ,現世的な強者ペーパーコルン.23歳で結核を患った平凡な青年カストルプは,俗世から隔絶されたサナトリウムの魔にとらわれ,特異な人物たちに感化されながら精神的成長を遂げていく.雪山で遭遇した吹雪の中で,カストルプは2つの幻覚を見る.太陽の子らが幸福に過ごす世界.次に,幼児を引き裂いて食らう鬼女の棲む神殿.生の賛歌が死の誘惑を退けるロマン派的神話となる体験,すなわちヒューマニズムの成熟過程にカストルプは置かれている.7年間の特異な療養生活は,第一次大戦の勃発とともに突如として終わる.

     フランツ・シューベルト(Franz Peter Schubert)《菩提樹》の歌を口ずさみつつ,カストルプは死の匂いの充満する戦地に向かう.第一次大戦前夜には,西欧デモクラシーに対する帝政ドイツを支持したマンは,1918年の『非政治的人間の考察』で,デモクラシーを軽薄な文明の産物と断じた.保守層の指導的イデオローグと見なされたマンだが,戦後の講演「ドイツ共和制について」(1922)においては,デモクラシー擁護を宣言した.ドイツの伝統主義と人間愛精神に危機をもたらすのは,民主主義ではなくそれを敵視する保守勢力にあることを感じ取ったのであり,その政治思想の遍歴が本書あるいは1927年以降の4部作『ヨゼフとその兄弟たち』に反映されている.それは転向というよりも,アンビバレントに近いものであっただろう.

     ところで,ドイツの伝統的な教養小説では,青年が世間の荒波に揉まれながら成長を遂げる形式が一般的だった.本書では,世間から隔離されたサナトリウムという独特の閉鎖空間において,また病魔と共存を強いられる異様な人物たちとの交流により精神を昇華させる青年カストルプ,という逆転の構図をとる.ニヒリズムに浸りながら文明批判を意図する“魂”が生息する場として,ダボスのサナトリウム「ベルクホーフ」とその周辺が造形されているのである.

    ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)
    トーマス マン
    岩波書店

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    Title: DER ZAUBERBERG
    Author: Thomas Mann

    ISBN: 4003243374,4003243366
  • 『魔の山』トーマス・マン ; 関泰祐, 望月市恵 訳
    --岩波書店,1988.10, 改版, 2冊, 15cm
    (C) lapse







  • [提供:角川書店]
     夢の中の感情を描く「狂気の浪漫主義詩人」ネルヴァルが,東方旅行の途上,コンスタンチノープルで耳にしたシバの女王バルキスと伝道者ソロモンの幻想的な恋物語.中村真一郎の名訳で贈る――.

     最初の狂気の発作に襲われた翌年の1842年,ジェラール・ド・ネルヴァル(Gérard de Nerval)はパリを出て,近東諸国を約1年間放浪した.本書は,コンスタンチノープルで耳にした暁の女王バルキスと精霊王ソロモンの悲恋物語.その神秘のイデアリスムは,アラベスクを思わせる装飾と技巧が凝らされている.繁栄の地イスラエルにおいて,国民に巨大な都市建築を命じるソロモンだが,異教徒でシバの女王バルキスの美貌に迷い,策略を巡らして婚約をとりつける.

     詩歌に秀でた伝道者ソロモンも,権力者特有の猜疑心に苦しむ男であることをバルキスは見抜く.バルキスと通じる神殿建築の棟梁アドニラムはソロモンに嫉妬され,その陰謀で命を落とす.バルキスはソロモンのもとを去り,悲嘆に暮れるソロモンは秘術により,とこしえの玉座につくが永遠に思われた玉座も1匹の虱に食い潰され崩れ落ちる――ネルヴァルは,夢と狂気の幻覚に生きた.『オーレリア』で「夢は第二の人生である」と書いた彼には,晩年,ザリガニと散歩をしたという逸話がある.

     19世紀までネルヴァルはさほど顧みられることはなかったが,20世紀に入りマルセル・プルースト(Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust)やアンドレ・ブルトン(André Breton)によって再評価がすすめられた.本書に対する評論は,1884年2月,ニューオリンズの一紙に「狂える浪漫主義者」と題した文章が最初期のものとされている.シバの女王と精霊王の物語は,浪漫主義の幻想と陶酔の世界にわれわれを誘う.そこでの意想の奇と,文体の不思議な美しさとによって,永遠の価値を持つところの著述,と紹介されている.この評論を書いたのは,小泉八雲だった.

    火の娘たち (ちくま文庫)
    ジェラール・ド ネルヴァル
    筑摩書房

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    Title: HISTOIRE DE LA REINE DU MATIN ET DU PRINCE DES GENIES
    Author: Gérard de Nerval

    ISBN: 4042456014
  • 『暁の女王と精霊の王の物語』ネルヴアル 著 ; 中村真一郎 訳
    --角川書店,1952, 165p, 15cm
    (C) lapse







  • [提供:三修社]
     芸術で挫折した,無名な美術評論家と,マチス最後の弟子で盲目の画家カミンスキーの2人の奇妙な旅を綴ったロードムービー風物語.全世界的ベストセラー『世界の測量』の著者ダニエル・ケールマンの名を世界に知らしめた出世作,待望の邦訳――.

     ゼバスティアン・ツェルナーは,画学校に通ったが画家になれるほどの才はなく,やむなく美術評論で身を立てようとする31歳の男.評伝が書かれていない現代画家を物色して,発見したのは大詩人を養父に持ち,アンリ・マティス(Henri Matisse)最後の弟子であったという盲目の画家カミンスキー.

     シュールレアリストであるカミンスキーは,別れた妻に会うためツェルナーに北ドイツへの旅の同行を承知させ,年齢やハンデを度外視した問題行動を引き起こす.カミンスキーの伝記を著すことで,一旗あげようと目論んでいたツェルナーは,ドン・キホーテのお守りをするサンチョ・パンサに成り下がってしまう.

     著名な画家との交流,また「盲目」という触れ込みにも,カミンスキーは人に言えない秘密を抱えていた.生半可な野心や助平心では,芸術を営んできた男に太刀打ちできないことを,ツェルナーは思い知る.尊敬や友情の念がさほど醸成されないままに,話が終わるのは物足りないところか.

    名声
    ダニエル・ケールマン
    三修社

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    Title: ICH UND KAMINSKI
    Author: Daniel Kehlmann

    ISBN: 9784384041958
  • 『僕とカミンスキー―盲目の老画家との奇妙な旅』ダニエル・ケールマン ; 瀬川裕司 訳
    --三修社,2009.3, , 239p, 20cm
    (C) Daniel Kehlmann




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