新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait



ある異端者を題材に




 フランス革命、ナポレオン帝政から二月革命にいたる激動の時代のフランス絵画を、近代画の発展の系譜として辿る。ルーヴル美術館に所蔵する73点を展示。


§裁かれるガリレオ 
 ジョゼフ=フルーリ (Joseph-Nicolas Robert-Fleury;1797-1890)の《ヴァティカンの宗教裁判所に引き出されたガリレオ》(1846年)が圧巻である。



 『星界の報告』および「太陽黒点にかんする第二書簡」において、ガリレオ(Galileo Galilei;1564-1642)は1610年、筒眼鏡を使い30倍に拡大した月と木星を観測した。そして木星の4つの衛星(ガリレオ衛星)、月面の凹凸を発見、続いて太陽黒点の観測に成功した。
 これらはコペルニクス(Mikołaj Kopernik;1473-1543)の“仮説”(地動説)に依拠するものであったため、ドミニコ会修道士と論争し、ローマ教皇庁異端審問所から2度の宗教裁判に召喚された。1633年の2度目の異端審問宗教裁判は、ガリレオ有罪の判決を下した。このとき、ガリレオは地動説を捨てることを宣誓させられている。ジョゼフ=フルーリが描いた絵は、まさにこの瞬間なのである。


§「それでも地球は動いている」
 枢機卿と衛兵に挟まれ、聖書に左手を置き、司教たちの監視の下、老天文学者は凄まじい形相でこちらを見ている。それを見下ろすように聖堂に掛かっているのは、ラファエロ(Raffaello Sanzio;1483-1520)《聖体の論議》(1509年)である。
 宗教に科学が敗北した瞬間を示しつつも、ただ一人画面から鑑賞者を凝視するガリレオの姿から、宗教と科学の対立と勝者は、不変ではあり得ないとフルーリは主張したのだろうか。



 余談だが、地動説を捨てることを宣誓させられたガリレオが、宣誓の言葉に続いて小声で「それでも地球は動いている」と呟いたという有名な逸話があるが、これは脚色もはなはだしい。このような言葉を実際にガリレオが言ったのであれば、判決の終身刑は火刑に変更され、ただちに実行されただろう。
 実際に絶対的な人間世界を批判し、無限宇宙論を唱えたブルーノ(Giordano Bruno;1548-1600)は異端の烙印を押され、1600年に火刑に処せられた。ガリレオも彼と同じように強硬な姿勢を貫いたなら、同様の運命を辿ったことは疑い得ない。 

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■ルーヴル美術館展
 主催:横浜美術館(横浜市芸術文化振興財団)/ルーヴル美術
    館/日本テレビ放送網/読売新聞東京本社
 会場:横浜美術館
 期間:7月18日(月)まで開催
横浜美術館





果てしなく広がる 異質な風景




 情熱は、燃え上がるような色遣いでペイントをたっぷりと絵筆に滴らせ、叩きつけるようにキャンバスに塗りこむ。それは絵の具ではない。彼の魂そのものが、大声で何かを叫んでいるのである。
 ゴッホ(Vincent van Gogh;1853-1890)の名と強烈な画風は、日本人の最も愛する不遇の天才画家として喧伝されるに十分な素材を備えていた。

 1987年に安田火災海上保険が58億円(当時)という破格の値で、ゴッホの《ひまわり》を落札したことは有名だ。これは過去最高値の3倍以上の金額だった。これをゴッホの最も高額な絵と思っている人が意外と多いが、実は《医師ガッシュの肖像》が124億5700万円で1990年に落札されている(参照)。これらの絵は今回の展覧に列していない。

 生前は画壇の嘲笑を買い、生涯でたった一枚の絵しか売れなかった奇人画家の作品が、20世紀にこれほど美術的価値を付与されるとは、誰が想像できただろうか。

 多くの職を転々としながらも、絵で身を立てる決心をしたゴッホは、エッテン、ハーグ、ドレンテ、ニューネンとオランダ各地を移り住みながら、多くの労働者を描いている。今回出展されている《馬鈴薯を食べる人々》は農民を描いた代表作である。暗い部屋で黙々とポテトを口に運ぶ人々の姿は、街の労働者や織工の絵にも通じる、産業革命当時の労働者階級の不安な生活を感じさせる。

http://www.mcs.csuhayward.edu
《馬鈴薯を食べる人々》 1885

 《馬鈴薯を食べる人々》は1885年に発表されているが、このモデルの女性が妊娠し、その父親はゴッホであると噂が立った。ことの重要性を鑑みた村の司祭は、女性たちにゴッホのモデルとなることを禁止する通達を出したため、ゴッホは村を離れることを余儀なくされた。 
 実際には近所のカトリックの若い農夫が張本人だったのだが、ゴッホ自身も29歳の時ハーグでモデルを務めていた女性との間に子どもを設けているし、ヌエネンでも8歳年上の女性と結婚寸前までこぎつけた。しかし、いずれも破局している。

 「孤独」「天才」「狂気」といった彼の運命を劇的に表すレトリックは、ゴッホが偉大な画を残しつつ、そのほとばしる才ゆえ薄幸のうちにひっそりと生涯を閉じ、死後の高い評価を見るにつけ敬虔な気持ちを喚起させる。奇人、貧窮、早世と条件が揃った芸術家なら、後々「天才だ」と口々に誉めそやされる可能性は強くなるからだ。

 天才がこの絵を描いたというのではなく、このような絵を描いた芸術家がなぜ天才と冠されるのかを考察することの方が、よほど面白い。

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■ゴッホ展
 主催:東京国立近代美術館/NHK/NHKプロモーション/東京新聞
 会場:東京国立近代美術館
 期間:5月22日(日)まで開催
東京国立近代美術館





映像と写真でつづる 地球の記憶


 「世界遺産」といっても、人類の叡智の結晶が普遍的価値を持つ「文化遺産」と、地形や大自然の美観と保全を必要とする「自然遺産」、両方にまたがる「複合遺産」の3つのカテゴリーがある。
 例えば、イタリアの「アテナ神殿」、インドの「タージマハル」が文化遺産、カナダ・アメリカ国境の「ナイアガラの滝」、ニュージーランド北島の「間欠泉」が自然遺産、オーストラリアの「ウルル-カタ・ジュタ国立公園」、グアテマラの「ティカル国立公園」が複合遺産として有名である。

 各国の世界遺産の写真は、どれも甲乙つけがたいものだった。ただ、世界遺産に登録されている日本の「屋久杉」や「姫路城」の写真の前では、やはり格別な思いがした。
 特に、樹齢7000年を超えるともいわれる縄文杉(樹齢1000年以上のものを屋久杉というらしい)は、威容堂々、大樹という言葉でさえもその前には掻き消えていくような気がした。実物をいつか必ず、この眼で確かめてみたい。

 世界は一本の樹によって支えられているという「宇宙樹」の神話は、北欧神話に出てくるユグドラシル(トネリコ)をはじめとして、世界を象徴する自然物として語り継がれている。宇宙樹は他にオーク、オリーブ、ブドウの樹などがよく知られている。
 地域を問わず古代の人々が、いかに自然を畏怖し敬意を払ってきたかが窺われる。ただ静かに佇み、ひっそりと齢を重ねていく存在は、それだけでわれわれに教えを諭しているのではないか。そう思えてならない。

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■世界遺産写真展III
 主催:TBS
 会場:横浜高島屋ギャラリー(8階)
 期間:3月7日(月)まで開催
横浜高島屋イベント情報