新旧の書籍および映画の批評,作品解説.
Augustrait





[提供:岩波書店]
 「原因物質が究明されないかぎり因果関係があるとは言えない」.水俣病など公害事件や薬害事件において無数の被害者を,学者はデータに基づかない非科学的な論理で切り捨ててきた.多額の研究費の支給を受けた学者の発言や行動とそれを生んだ学界構造と官僚機構を,多数の資料や記録をもとに検証した単行本に,その後の情報も加えた改訂版――.

 2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)世界的流行の際,起因病原体がコロナウイルスであると判明する以前に,WHOを中心とした各国の協力と,古典的「隔離と検疫」対策を用いて収束がはかられた.2020年の新型コロナウイルス爆発的流行の陰で,いくつかの食中毒とインフルエンザの症例数は激減している.コロナウイルス感染対策の手洗い・アルコール消毒・密集回避は,他方ではさまざまな感染症を予防するからである.水俣病事件では,実質的に「病因物質の判明が対策をとる際の必要条件」という世論形成に成功した.水俣病が公害に起因することは,「高度な学識と豊富な経験」を掲げる専門家が科学的根拠を示して証明したわけではなかった.

 当初,水俣湾付近の伝染病と疑われた"奇病"が,水俣湾産の魚介類に摂取によるものであると熊本大学が中間報告を出したのは1956年11月.食品衛生法の適用を試みた熊本県に対し,厚生省公衆衛生局長が妨害.厚生省が病因物質を特定する答申を出したのが1959年11月.政府による公害認定がなされたのが1968年9月.診断学の初歩的誤りを犯した論文,自己流の分析で間違いだらけの結果を垂れ流して臆面もない学者,魚介類の水銀値に一定の操作が加えられたデータを知りながら議事とする委員会とそれを公的データとみなす厚生省――現実社会の矛盾に目を向け,新しい発想による思想と論理の構築を目指すべき立場でありながら,彼らは己の名誉,利益を貪ろうとする.欧米では公害事件検証の際には常識である疫学が,日本では全くと言っていいほど一般化しておらず,専門家の数も非常に少ないと著者は警告している.

 仮説として設定された病因らしき事象と疾病との関係を証明する分析疫学には一般的に,症例対照法とコーホート法という2つの方法がある.症例対照法は,病気の患者群と,病気のない対照群とを比較して,患者群が病因らしきファクターをもっているかどうかを調べる.一方,コーホート法は,病因らしきファクターをもっている群とそうでない群とを比較し,それをもっている群に病気が発生するかどうかを調べる.起因病原体を特定しなければ対策できない,というもっともらしいコーホートを狡猾に逆手にとり,水俣病の原因物質不明として対策を引き延ばしてきた国は,「認定条件」を小出しに示していった.それは認定患者をできるだけ少なくカウントするための駄文に過ぎなかった.

 いわゆる「昭和52年判断条件」「昭和60年医学専門家会議」でも,"総合的""経験""学識"と抽象的な単語でごまかし,根拠となる文献を示すことなく,オンブズマン的外部組織による審査を経ることもなく,デタラメな妄言が「診断基準」に採用された驚くべき実態が,本書でこれでもかと論証されていく.情報公開法により2001年に公開された政府の審議会資料を検証しなければ,ここまで醜悪な姿も分らなかっただろう.「何べん来てもけるものはけるのだという悪代官に徹する以外にない」「堂々と書面で主張したことを,ここで,それはうそだったとも言いにくい」「開き直る以外にない」――学究の徒を巧みに擬装する輩は珍しくないとはいえ,恥も外聞もなく言い放つ者も,それを大真面目に政策エビデンスとした政官の連中も精神鑑定を受けるべきではないのか.


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原題: 医学者は公害事件で何をしてきたのか
著者: 津田敏秀

ISBN: 9784006003111
  • 『医学者は公害事件で何をしてきたのか』津田敏秀
    --岩波書店,2014
    (C) 2014 津田敏秀







  • [提供:白水社]
     ローマ帝国で歴代の皇帝から庶民までの治療を手がけ,著作がヨーロッパとイスラーム世界において,約千五百年にわたり医学の最高権威であり続けたガレノス.最新の研究を生かしてその人物と生涯を追いながら,著作にふれつつ,当時のローマ世界の医療や衛生状態を解説する.「医学の第一人者」初の評伝――.

     豚を屠殺する際,喉頭の神経の束を切断する.これにより,豚は悲鳴をあげることができなくなる.この神経を「ガレノスの神経(Galen's nerve)」と呼んでいる.2世紀のローマ帝国で活躍した医学者ガレノス(Claudius Galenus)は,数学のユークリッド(Eukleídēs),物理学のアルキメデス(Archimedes),天文学のプトレマイオス(Ptolemaios)と並び,アテナイ期のヘレニズム科学を飛躍させた科学者だった.ギリシア医学の理論を体系化したガレノスは,優れた外科医でもあり,絹糸や腸線による結紮や肋骨切除法,眼球の曲面遠近法の理念などを次々に提示し実践した.

     ペルガモン,スミルナ,アレクサンドリアで医学を学んだ後,剣闘士(グラディアトル)治療医を経て,ローマ帝国歴代の皇帝の治療や投薬を行っている.臨床医学の祖ヒポクラテス(Hippocrates)以来の古代医学を集大成し,卓見は生理学と解剖学で著しい.ただし,その研究は犬,豚,猿などの解剖に基づいていたために,たとえば循環器系に関する誤認,また,一部の哺乳類しかもたない熱交換器官を人間ももっているはず,という見当違いもみられる.アテナイ期の医学では,書物や口承で,医師の観察を補う医学報告が許されていた.そのような経験主義的解釈をガレノスは「ヒストリア」と呼んで軽蔑している.実践に根ざした医学を重んじる姿勢は,医師の模範として高く評価されることになる.

     ヨーロッパとイスラーム世界において1500年以上も権威を保ち続け,「医師は自然の召使である」とする医学的観察眼をルネサンスまで伝えた功績からすれば,ガレノスは「基礎医学の祖」と称されるべき存在だった.長大かつ詳細な記述で,読み応えのある評伝である.アレクサンドリアが陥落する以前の6世紀末,ヨハネス・ピロポノス(Johannes Philoponos)は,アラブ人に対してガレノスのことを「医師の封印」と紹介していたという.アラブの医学では,伝統的にアスクレピオス(Aesculapius)から始まる偉大な8人の医師を図式化して学んでいた.その図式では,ガレノスを頂点として終わりという意味であった.

    聖ヒルデガルトの『病因と治療』を読む
    臼田 夜半
    ポット出版プラス

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    Title: THE PRINCE OF MEDICINE
    Author: Susan P Mattern

    ISBN: 9784560095843
  • 『ガレノス―西洋医学を支配したローマ帝国の医師』スーザン・P.マターン ; 澤井直 訳
    --白水社,2017.11, , 311,72p, 20cm
    (C) 2013 Susan P Mattern







  • [提供:東京大学出版会]
     化石とはなにか――それぞれの時代を生きた人々が化石をどのように認識していたのかを丹念に跡づける.進化論のダーウィン,弄石家の木内石亭,天才レオナルド・ダ・ヴィンチ,そして哲学者アリストテレス……現代から古代まで,時代をさかのぼりながら,化石をめぐる物語を読み解こう――.

     日本地質学会理事,地質学史懇話会「会報」の編集長を務める著者は,貝形類(介形類)としてのカイミジンコの化石の研究から,古生物学史を志したという.古今東西の自然史家,博物学者を網羅的に紹介する本書は,日本では珍しい古生物学史書.生物起源である化石の本質は,前7世紀ころのギリシアの学者らがすでに看破していた.もっとも,レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci)や朱熹の研究を経て,地層の層序や岩相をもとに堆積環境や地史を明らかにする層位学の確立まで,化石を直接対象として地質時代の生物現象を研究する科学の歴史は古い.

     本書は化石の定義に始まり,19世紀「近代的化石観のなかで」,18世紀「自然の遊び・自然の冗談」,16-17世紀「時を超えた天才」,16世紀「混沌と黎明」,中世と古代「すべての始まり」と年代を遡って地球史に位置づく古生物史を計る.出色は,18世紀ドイツで起きた化石贋作事件「ベリンガー事件」を詳しく取り上げている点.ビュルツブルク大学の教授ヨハン・ベリンガー(Johann Bartholomew Adam Beringer)を陥れるため,同僚教授と図書館司書は,石灰岩を細工してトカゲやカエル,ハチ,カタツムリ,尾を引く彗星,三日月や顔のある太陽,ヤハウェを表す「YHWH」をラテン文字やアラビア文字,ヘブライ文字で刻んだ化石を偽造し,ベリンガーの手で発見されるように仕向けた.

     神秘的な力で化石は形成される説(造形力説)を信じていたベリンガーは,疑いもなくこの「大発見」を21点の図版『リトグラフィエ・ヴィルセブルゲンシス』として1726年公表してしまったが,自分の名前が掘りつけられた化石を発見して,ようやく騙されたことに気づく.地質学への奉仕という応用面から出発した古生物学は,18世紀以降の博物学の発展と並行して進められたが,科学論理と法則性が樹立される百家争鳴以前に,多くの壁が立ちはだかっていたことが知れる.

    地球からの手紙
    矢島 道子
    国際書院

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    原題: 化石の記憶―古生物学の歴史をさかのぼる
    著者: 矢島道子

    ISBN: 9784130607513
  • 『化石の記憶―古生物学の歴史をさかのぼる』矢島道子
    --東京大学出版会,2008.10, , 219p, 22cm
    (C) 2008 矢島道子







  • [提供:岩波書店]
     1610年冬,ガリレオは30倍に拡大された星界に初めて対面する.まず月面に,そしてこれまで未知であった木星の周囲を回転する四つの惑星の運動の観測へと筒眼鏡は向けられる.精緻な観察が卓抜な想像力と結びつき,世界をゆるがせた推論は仮借なく押しすすめられる.他に「太陽黒点にかんする第二書簡」を収録――.

     最初の実用的な望遠鏡が1608年,オランダで発明・製作されたことを知ったガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)は,軍事利用が目的とされた望遠鏡の筒先を国境や軍隊ではなく,天空に向けた.ニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus)の『天球の回転について』は1543年刊,ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler)が「ケプラーの法則」の第1と第2法則を唱えて惑星の軌道が楕円であることを証明したのは1609年.ガリレオは望遠鏡レンズを球面加工していたが,双曲面に磨いたほうが性能は向上することをケプラーから助言されており,最終的には倍率30倍の望遠鏡を作り上げた.

     可滅的な地上界に対する天上界は不滅であり,教会の教義と化したエウドクソス(Eudoxos)以来のアリストテレス理論――あらゆる天体は地球を中心としてそのまわりを回転する――を批判する新学説は,1610年に出版された『星界の報告』が嚆矢,1613年の『太陽黒点にかんする第二書簡』がそれに続く.この両方を収録する本書は,短い分量の中に,世界をゆるがせた天文学的発見と比類なき推論を語る.望遠鏡により拡大された“星界”の解釈,画期的であった「確実な感覚的経験」.木星の4つの衛星(ガリレオ衛星),月面の凹凸を発見,続いて太陽黒点の観測成功――ガリレオは地動説に対する確信を深め,地動説と聖書の矛盾をトスカナ大公の母公あての手紙に述べるようになる.

     『星界の報告』により,ガリレオは宮廷お抱えの哲学者兼首席数学者としてフィレンツェに招かれた.だが1615年,教皇庁検邪聖省に異端を告発され(第一次宗教裁判),1633年の2度目の異端審問宗教裁判は,ガリレオ有罪の判決を下した.このとき,ガリレオは地動説を捨てることを宣誓させられるのである.近代科学創始の暁光をもたらした『星界の報告』の表題は,仏語および英語版では「星界の使者」と訳されてきたが,イタリア語版に従うなら「星界の報告」が正しいものとなる.

     なお著述の内容,著者の氏名のみならず,著者の社会的立場,出版年,出版社,出版権を明記して要約を意図した正式な表題は次のとおり.『パドヴァ公立数学院の哲学者兼天文学者,フィレンツェの貴族ガリレオ・ガリレイによる,重要な,まことに驚くべき光景をくり拡げ,万人の耳目をそばだてさせ,真実を語る星界の報告.そのなかでは著者によって考案された筒眼鏡により,月の表面・無数の恒星・天の河・星雲,および,とくに,様々な間隔と周期とをもち,驚くべき回転速度によって,木星のまわりをまわる4つの惑星――これまでだれも知らず最近著者によってはじめて発見され,メディチ星という名をあたえられた――が観測された.ヴェネツィア,トーマス・バリオーヌス出版,1610年,当局による許可および特権付与にもとづく.』

    ガリレオ・ガリレイの『二つの新科学対話』―静力学について
    ガリレオ ガリレイ
    鹿島出版会

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    Title: AVVISO SIDEREO
    Author: Galileo Galilei

    ISBN: 4003390652
  • 『星界の報告』ガリレオ・ガリレイ ; 山田慶児, 谷泰 訳
    --岩波書店,1976, , 173p 図, 15cm
    (C) lapse







  • [提供:工作舎]
     19世紀末,南インドの小都市に,ひとりの天才が生まれた.彼の名は,シュリーニヴァーサ・ラマヌジャン.数学以外の学科は全くできなかった彼は,ひたすら数学研究に没頭し,独学で数多くの公式を発見する.その成果を初めて認めたのが,イギリスの大数学者G・H.ハーディ.ラマヌジャンをイギリスへ呼び寄せると,二人による共同研究が始まった.数学史上に燦然と名を残す二人の天才の生涯をドラマチックに描いた感動的な評伝――.

     整然たる証明法を理とするギリシア数学,ユークリッド幾何学を「揺り籠」とする西欧数学に対し,インド数学あるいはヒンドゥー数学は結論重視のアプローチをとる.演繹的推論は,前提を真とするプロットの過程から導かれる結論は,常に真であると規定するが,帰納的推論は,幾多の実例から法則を帰納する.南インドの“魔術師”とも称された数学者シュリーニヴァーサ・ラマヌジャン(Srinivasa Aiyangar Ramanujan)の傑出した業績は,帰納にかける超人的な直観力から産み出されている.ラマヌジャンの評伝としては,間違いなく本書が決定版であり,他の追随を許さない.南インドのクンバコナム.およそ知性や合理性とはほど遠い地域の正統派バラモン階級として,ラマヌジャンは生まれ育った.身分階級は最上位だが,経済的には最低の環境から,ケンブリッジの大数学者ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ(Godfrey Harold Hardy)に見出され,ケンブリッジのトリニティ・カレッジ奨学生という栄誉に浴し4000以上に及ぶ数式,定理を編み出した.未だに証明が終わっていない定理が600ほど残されているという.

     ハーディは,後年偉大な数学者の“個人的評価”として「自分は25点,リトルウッドは30点,ヒルベルトは80点,ラマヌジャンは100点」と評した.自己採点は多分に謙遜が含まれるとしても,ラマヌジャンへは,アルキメデス(Archimedes),アイザック・ニュートン(Isaac Newton ),カール・フリードリヒ・ガウス(Carolus Fridericus Gauss)に比す天賦の才という評価を与えている.ラマヌジャンの思考プロセスは,常人には理解しがたい霊感に満ちたものだった.ハーディは慨嘆している.ゼータ関数の関数方程式と解析的整数論の主要条件を独力で発見した人物が,二重周期関数やコーシーの定理をまったく知らない――そのことも驚きであるが,さらに信じがたいことは,西欧数学にのっとって数学の「基礎」を完璧に身につけ,整然と論理構築できる数学者らの数式を,ラマヌジャンのものと並べたとき,それらは「塵芥(ゴミ)同然」に見えてしまうということであった.
    ‘数学的証明に関する彼の概念は曖昧そのものでした.彼の研究成果は,新旧や正誤を問わず,論証と帰納法と直観とが奇妙に混淆した思考プロセスから得られたものであり,当人でも論理的に首尾一貫した説明ができませんでした’*1
     その魔術のような新定式提示について,ラマヌジャンは,夢でナマギーリ女神が秘儀を授けてくれるために,数式を現実に書きだすことができる,と語っていたという.凡庸な人物が,これを正しく解釈することは不可能に近い.その超自然的なスピリチュリアリズムが,非凡な感受性と創造性を結びつけ,数学的才能に統合させたというほかはなく,誰しも傍観者となるしかないのである.ヒンドゥー数学は「真珠貝と朽ちたナツメヤシの混淆,ダイヤモンドと砂利の集合体」と表現されることがある.ラマヌジャンによってもたらされたのは,その創造と画期の極致であろう.才気煥発な科学者であり,実証を何より重んじるハーディが,純粋数学の探求者としてのラマヌジャンを尊敬し讃えたのは,ラマヌジャンの数学的創造性が,まさに無限を思わせる久遠のイデアに接近していたからにちがいない.その結実が産み落とされる過程を,ハーディは懐疑的合理主義者としてむろん重視するが,時に理解を超えるようなラマヌジャンの新公式の論理にも整合性が認められるなら,その正しさを尊重する姿勢をとり続けた.

     ラマヌジャンの短い人生で,不遇の時代は相対的に長かった.ハーディとの共同研究を除いては,第一次大戦の最中の異国イギリスでヒンズー教徒としての戒律を厳格に守り,インドでの家庭生活においても肉体的苦痛と心労を強いられ,夭逝した.しかしただ一点,才能を真に認め評価してくれた気鋭の数学者ハーディに見出され,素数分布についての「ラマヌジャン予想」あるいは「モックテータ(擬テータ)関数」などの業績をなし,数学界に燦然と名を遺すこととなった.ラマヌジャンの肉体を借りて,数学界に降臨した才能とその閃きを,人類の得た福音とみなすべきなのだろう.ラマヌジャンの純粋数学理論は,机上の空論ではなく具体的応用が期待されるものである.ごく一例としては,現代物理学の「超ひも理論」で重要な役割を担うことが判明したテータ関数の研究は,ウィスコンシン大学マディソン校の研究員らによって2002年以降,擬テータ関数全体を表す「一つの公式」が提出され,宇宙物理学における「宇宙の膨張」を解明する大統一理論発見に応用できる可能性が示唆されている.

    ラマヌジャン《ゼータ関数論文集》
    黒川 信重,小山 信也
    日本評論社

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    Title: THE MAN WHO KNEW INFINITY
    Author: Robert Kanigel

    ISBN: 4875022395
  • 『無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル ; 田中靖夫 訳
    --工作舎,1994.9, , 381p, 22cm
    (C) 1991 Robert Kanigel







  • [提供:河出書房新社]
     大河内正敏所長の型破りな采配のもと,鈴木梅太郎,仁科芳雄,湯川秀樹,朝永振一郎,寺田寅彦,武見太郎ら傑出した才能が集い,「科学者の自由な楽園」と呼ばれた理化学研究所.科学史上燦然たる成果を残した理研の草創から敗戦まで,その栄光と苦難の道のりを描き上げる傑作ノンフィクション――.

     理科学によって立国たらんとした国策において,純粋理化学の研究所として始まった理化学研究所が眩しく輝いた時代があった.仁科芳雄研究室に所属した朝永振一郎は,理研を「科学者の自由な楽園であった」と回顧している.それは,仁科がニールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr)の下で学んだコペンハーゲン学派の精神に由来している.ボーアは,1921年にコペンハーゲンに理論物理学研究所を開き,ポール・ディラック(Paul Adrien Maurice Dirac),ジョージ・ガモフ(George Gamow)ら俊英を集めた.

     独創的な研究を実現するためであれば,闊達な雰囲気で討論を行い,息抜きや遊びを楽しむ.一見,浪費に思えるその時間の使い道が,研究成果に還元されることを経験的に知る寛容の精神,それがコペンハーゲン精神であったように思われる.「うまみ成分」がグルタミン酸ナトリウム――「味の素」の開発――であることを発見した池田菊苗,ビタミンAを発明した鈴木梅太郎らを生んだ時代の理研は,創設者(タカジアスターゼの発明で有名な高峰譲吉)の「模倣を脱した新たな研究」「即座の応用にとらわれず,純正理化学の研究に尽し,堅実な基礎をつくること」といった研究精神を体現しつつ,財政的な担保を得るための方策も実現している.

     渋沢栄一や大隈重信の支援を受け,ビタミンA,合成酒といった主力商品を産み出した理研は,科学研究を核にした企業群,理研コンツェルンを形成した.本書は,理研のシンクタンクとしての楽園的な側面を示し,同時に三代目所長の大河内正敏の功績がきわめて大きいことを明かす.財務をめぐる化学部と物理部の間にあった確執の調停.部長職の廃止に伴う主任研究員の権限拡大で,研究予算を大幅拡充し,研究員を雑務から遠ざける.さらには,発明と特許を重視する「芋蔓式経営」をリードし,産学複合体の色合いも強め,大河内は研究成果が次の研究資金を呼ぶような仕組みを仕掛けていく.

     大河内の先見性と組織運営能力は図抜けていた.もはや通説の域にあることだが,理研の創成から,戦後GHQによって「財閥解体」の対象となり,コンツェルン解体までの道のりを,本書で見取り図的に理解することができる.科学者にとっての「楽園」になぞらえられた理研の精神は,ボーアによるコペンハーゲン精神を日本の科学史に残るアレンジで実現できた奇跡である.学問の独立自由を重んじるディシプリンが,かくも高密度であった時代.もはや蜃気楼のごとく幻想的な過去である.

    毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)
    宮田 親平
    朝日新聞社

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    原題: 「科学者の楽園」をつくった男
    著者: 宮田親平

    ISBN: 9784309412948
  • 『「科学者の楽園」をつくった男』宮田親平
    --河出書房新社,2014.5, , 407p, 15cm
    (C) 2014 宮田親平







  • [提供:紀伊国屋書店]
     坂口安吾は「ラムネ氏のこと」という小文で,ふぐ料理の殉教者やきのこ採りの名人のことを讃えている.毒かどうか試した人がいたのだ.本書は,科学と医学の分野で,動物実験などをやった後で,最後に自分を「実験台」とした,過去2,3世紀の世界各地での事例の中から興味深いものを集め,原論文や様々な資料にあたりつつ再現を試みる.多くの人命を救った実験もあれば,ノーベル賞級の実験もある.自らの命をこの実験に捧げることになった実験もある.なぜそうした実験をすることになったか,実験者の心と行動に光を当てることで,大変ユニークな読み物となっている――.

     肉体的な「人間の限界」を生理学的に突き止めようとしたマッド・サイエンティストの記録は,いくつもある.中でも,伝染病や寄生虫の蔓延に対処し,予防するための礎を築かんとする科学者たちの努力には,呆れと感心を同時に感じるほかはない.

     400年前のイタリアで,自分の体重,飲み食いした物の重さ,排泄物の重さを30年にわたって計りつづけたサントリオ・サントリオ(Santorio Santorio).ペルー特有の原因不明の熱病を解明するため,自分の体に菌を感染させたダニエル・カリオン(Daniel Alcides Carrion).自分の体で,世界で初めて心臓カテーテル法を成功させたヴェルナー・フォルスマン(Werner Forssmann)等々.

     彼らは,自分の体をもって,人間の生存の最低条件を検証したわけではない.学問的貢献や社会貢献を意図する人体実験に,自己の肉体を用いたわけである.並外れた探求心は,名誉欲を凌ぐ好奇心の上に成り立つ.本書に登場する10の自己実験のうち,外界からの刺激から完全に隔離された環境に身を置くと,人間の生理・心理はいかなる状態に変化するかを実験したステファニア・フォリーニ(Stefania Follini)だけは科学者でないが,ほかは大半が自然科学者――医学を筆頭に――である.

     本書は翻訳の臨場感に溢れた文体がすばらしい.科学であれ何らかの臨床であれ,それぞれのフィールドで生命を賭してまで明らかにしたいテーマに取り組んだサイエンティストの勇気と熱意,その舞台に読者を誘う.

    世にも奇妙な人体実験の歴史
    トレヴァー・ノートン
    文藝春秋

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    Title: GUINEA PIG SCIENTISTS
    Author: Leslie Dendy; Mel Boring

    ISBN: 9784314010214
  • 『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』レスリー・デンディ, メル・ボーリング ; 梶山あゆみ 訳
    --紀伊国屋書店,2007.2, , 223p, 21cm
    (C) 2005 Leslie Dendy; Mel Boring







  • [提供:木魂社]
     世界的な業績で第1回小児科学会賞受賞.米国の人気医学ドラマ「ER」にも登場する,謎の小児疾患「川崎病」.その発見者が,学会での大論争,"Kawasaki Disease"として世界に認識されるまでの道程,原因究明に取り組んできた45年間の軌跡を熱く語る――.

     1950年,日本赤十字中央病院小児科での勤務を開始した川崎富作は,医学の教科書に載っていない小児疾患に出会う.百日咳が好くなったのに血液の異常が治まらない男の子に対し,上司の小久保裕は「ペルガー氏家族性白血球核異常」と診断した.臨床の場ではマニュアルによる知に限界があることを痛感した10年後,川崎は猩紅熱に似た症状だが特有の発疹のない男児を診る.「診断不明」として退院させた翌年,まったく同じ症状を訴える別の男児に遭遇する.乳幼児に好発する急性熱性発疹性疾患であることが徐々に判り,この病は「川崎病」と命名される.

     1970年の厚生省(当時)の全国調査では,罹患児の5%前後が冠状動脈に動脈瘤が発生,重症化すると心筋梗塞で死に至ることも解明された.ただし,明確な病因は現在も突き止められていないという.1978年にはWHOの第9回修正国際疾病分類で,川崎病が新疾患「446,1」として登録され,1979年『ネルソンの小児科学書』が独立病と記載した.川崎は日赤医療センターを定年退職後,日本川崎病研究センター理事長として,毎週3日間川崎病に関する電話相談に応じている.

     厚生省の研究班が70年から行ってきた過去7回の全国実態調査の結果,今後の研究を進めるに不可欠な疫学調査の集積が図られてきた.治療法が確立され死亡率は0.05%程度まで低下しているが,罹患率は2010年から3年連続で毎年,史上最高を記録し続けている.それにもかかわらず,厚生労働省は第19回全国調査の研究班の研究費申請を「不採択」とした.それに失望する川崎の思いは,来歴からこの特異な病に出会ったことを語る自伝形式の本書により,切々と伝わってくるものがある.幸いにして,自治医大公衆衛生学教室の協力で川崎病全国調査は継続されている.

    川崎病の疫学―30年間の総括
    診断と治療社

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    原題: 川崎病は、いま―聞き書き川崎富作
    著者: 川崎富作 述 ; 細川静雄, 原信田実 編著

    ISBN: 4877460993
  • 『川崎病は、いま―聞き書き川崎富作』川崎富作 述 ; 細川静雄, 原信田実 編著
    --木魂社,2006.6, , 262p, 19cm
    (C) 2006 川崎富作 ; 細川静雄, 原信田実







  • [提供:新潮社]
     四色あればどんな地図でも塗り分けられるか?一見簡単そうだが,どうにも証明できない難問として人々の頭を悩ませ続けた「四色問題」.ルイス・キャロルをはじめ幾多の人物が挑戦しながら失敗.一世紀半後,ふたりの数学者がコンピュータを駆使して解決するが,「これは数学じゃない」と拒絶反応も.天才たちの苦闘の歴史を通じ,世紀の難問が解かれるまでを描く興奮の数学ドラマ――.

     オーガスタス・ド・モルガン(Augustus de Morgan)とウィリアム・ローワン・ハミルトン(William Rowan Hamilton)の間で1852年10月23日に交わされた書簡により,平面上または球面上に描かれた地図の国を色分けする問題――四色問題――は産声を上げた.1)どの国も飛地をもたずつながっているものとする.2)海も1つの国とみなすものとする.3)隣の国とは異なる色を使わなければならない.4)2国の境が有限個の点である場合は同じ色を用いてもよい.

     各頂点から出る辺が3本の場合(3枝地図)に限っても一般性を失わないことを指摘したアーサー・ケイリー (Arthur Cayley),暫定的な定理を発表し,11年間も訂正されなかったアルフレッド・ケンプ (Alfred Kempe)の試行錯誤を経て,ヴォルフガング・ハーケン (Wolfgang Haken)とケネス・アッペル (Kenneth Appel) が,1976年7月23日,ロンドンのタイムズ紙に<平面上または球面上に描かれたどんな地図も4色だけで塗り分けできる>証明を発表した.ハーケンとアッペルの証明手続きは,大型コンピューターに1,000時間も計算させるもので,これが正当な数学手法でないとして批判された.これ自体,規則にしたがって色分けする手順を厳密化するに,手法がレトロであれば妥当であるのかという疑問が湧く.

     本書は,証明の要点だけを説明するものではない.150年あまりの期間,「色の塗り分け」という単純な命題に魅せられた人々の苦闘の歴史が,証明につながる「放電法の改良」「ケンプ鎖」,可約配置からなる「不可避集合の存在」に行き着く.素朴な疑問の難問的理解が証明により理論へと発展すると,それだけで終わらなくなる.平面体と球体での色分けは,4次元,18次元ではどうかと新たな議論が生まれている.本書で扱う定理は,知的探索の格好の窓なのだ.ド・モルガンとローワン・ハミルトンは,ロンドンとダブリンの科学界における最新のゴシップを報告しあう間柄であった.

    数の国のルイス・キャロル
    ロビン・ウィルソン
    ソフトバンククリエイティブ

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    Title: FOUR COLOURS SUFFICE
    Author: Robin Wilson

    ISBN: 9784102184615
  • 『四色問題』ロビン・ウィルソン ; 茂木健一郎 訳
    --新潮社 ,2013.12, , 382p, 16cm
    (C) 2002 Robin Wilson







  • [提供:岩波書店]
     心の働きから生命や社会までをダイナミックな制御システムとして捉えようとした先駆的な書.本書の書名そのものが新しい学問領域を創成し,自然科学分野のみならず,社会科学の分野にも多大な影響を与えた.現在でも,人工知能や認知科学,カオスや自己組織化といった非線形現象一般を解析する研究の方法論の基礎となっている――.

     通信と制御を中心に両者に共通の情報原理を検討する「サイバネティックス」(Cybernetics)は,生物と機械における情報処理の問題を総体的にとらえようとするものと理解できる.自動制御とフィードバックは,生体と無機物に共通する装置をもっている,とノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener)はとらえた.

     有機体をモデルとする20世紀の新しい機械論として,サイバネティックスは自然科学分野のみならず,社会科学の分野にも多大な影響を与えた.人間を一種の有限自動機械(ファイナイト・オートマトン)とみなす観点.神経組織におけるシナプスの電気刺激の原理が,超高速計算機による中枢神経系化に貢献する可能性.情報処理を「主体」に,生体から機械までを分析するなら,生命と無機物の対象別理解は,融合に向けて深まっていくことをウィーナーは期待した.
    ‘制御と通信においては,われわれは常に,組織性を低下させ意味を破壊する自然界の傾向と闘っているのである’*1
     1945年にはジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)との共同研究も行ったが,ノイマンとの協調は長くは続かなかった.高度な情報処理機能だけでなく,機械の自己増殖までもビジョンにもったウィーナーのサイバネティックスは,理学,機械工学,システム工学を統一的にとらえるのみならず,人間そのものの主体性にまで議論を広げる思想である.

    サイバネティックスはいかにして生まれたか
    ノーバート・ウィーナー
    みすず書房

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    Title: Cybernetics.2nd ed
    Author: Norbert Wiener

    ISBN: 9784003394816
  • 『サイバネティックス―動物と機械における制御と通信』ウィーナー ; 池原止戈夫, 彌永昌吉, 室賀三郎, 戸田巌 訳
    --岩波書店,2011.6
    (C) 1961 Norbert Wiener

    *1 本書




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