半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

一生涯、地震は続く

2012年12月22日 | 自分の時間
早朝、車のラジオで「東日本大震災の余震はまだまだ続くよ」と言っていたのを聞いて、自分の整理も兼ねて、情報共有を。

12月7日に起きた「三陸沖地震」は、昨年の東日本大震災の余震でした。

ラジオのおじさん曰く、「東日本大震災は逆断層型」の地震だそうで、プレートがはねあがったそうです。

その反動で、12月7日に起きた余震は、プレートが沈み込む「正断層型」だったそうです。

まあ、その話はさておき、「本震」の後の「余震は」ずっとずっと続くんですよ。

2004年に起きた「スマトラ島沖地震」何となく覚えていますか?
マグニチュード9を超す大地震だったのですが、その「余震」が今年もマグニチュード8以上で起きていたことも、覚えている人はなかなかいないのでは?


私が何故覚えているのかというと、「我が身の事」と思ったからです。

スマトラ沖の大地震から「8年」も経ったのに、マグニチュード8を超す「余震」が起きるなんて、凄いことだな~、と思ったのですが、大地震はそれほどプレートにゆがみやひずみを起こしているので、それがある程度安定するまでは数十年はかかるということを聞いたからです。30年ぐらい、ゆがみやひずみを戻すために、大きな地震が続いてようやくある程度落ち着く、ということですね。

で、東日本大震災も、同様に大きなゆがみやひずみを起こしていて、その余震は「30年は続く」ということを聞いて、びっくりしたと同時に、「なるほど、それほどのエネルギーだったわけだもんね。逆に言えば、人生、ほぼ地震と付き合うんだね」と、地震列島日本に住んでいるという意味をようやく理解できたわけです。

更に、「首都圏直下型地震 3年以内に70%以上の確率で起きる」なんてことが報道された時は、もっとびっくりしました。

公にそういったことが報道されるなんてことも、私の人生にとっては初めてでした。
「関東大震災が60年周期ごとにくるから、そろそろ来る、もう来る」なんて、小さい頃から言われていても、結局、来ないのであまり気にしなくなったのですが、「3年以内に70%」と聞いた時は、「70%!?それってほんと、来るんだろうね・・・恐ろしい・・・」と思いました。

もう一度整理すると
・3年以内(今でいえば、あと2年以内?)に70%の確率で首都圏直下型地震が来る
・東日本大震災の余震は最低30年は続く
こう考えると、私の親世代は残りの人生、ずっと東日本大震災の余震とつきあうわけです。
私の世代は、おじいちゃん・おばあちゃんになるまで余震とつきあうわけです。
私の子供は、結婚して子供が生まれる頃まで余震とつきあうわけです。

そういった国に私たちは住んでいるという「自覚」が生まれました。

wikiの「余震」を見てみると、1891年の濃尾地震や1945年の三河地震の余震が今も観測されていて、100年以上観測される余震もあるとのこと。

なので、私の子供も孫もずっと「東日本大震災の余震」とつきあうのかもしれません。

思い返せば、1995年の「阪神・淡路大震災」、2011年の「東日本大震災」だけでも、6年に1回、凄まじいほどの「大震災」が起きているわけです。

そして、あと2年で70%の確率で「首都圏直下型地震」が来ると言われており、その他にも近いうちに千葉県東方沖や東海でも起きるわけですね。

日常で何となく地震に対する意識が薄れていきますが、どれだけ「当事者意識」を持って準備をするかで、「いざ」という時に、自分の家族や地域の人の被害を抑えることができるかが決まってくると思います。

年の瀬ですが、防災グッズを買い込むというより、何かあった場合の避難経路や連絡方法、判断方法などを家族や職場ですりあわせておくべきと思いました。

「地震列島に住んでいる」という自覚、子供や地域のいろいろな人にきちんと理解浸透させていくのも、大人の役目、ですね。

まずは、家族と今年を振り返りながら話したいと思います
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