ものぐさ日記

ひとり遊びが好きな中年童女の日常

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『シュリーマン旅行記 清国・日本』 

2011年03月21日 | 

 マハーバーラタの合間に、ふと手にしたシュリーマンの旅行記がおもしろかったです。

 

 ハインリッヒ・シュリーマンは、ギリシア神話に出てくるトロイアが実際にあったと硬く信じ、とうとう自分で遺跡を発掘しちゃった人。彼の自伝、『古代への情熱』は何度も読んでいるのに、幕末の日本に来たことがあるというのは読み落としていました。

 シュリーマンはドイツの貧しい牧師の家に生まれ、10代前半で働き始めました。一旗揚げようと南米へ向かう途中遭難し、オランダにたどり着き、そこで働きながら、オランダ語、スペイン語、フランス語などいくつかのヨーロッパ語を取得しました。それからロシア語も覚えロシアで財産を築き、さらにいくつかの語学を取得。シュリーマンの会社の荷物以外がみな火災でなくなり、高値で取引ができるなど、異常な幸運が続き、40歳にして一生生活に困らない大富豪になりました。その財産をもとに、トロイア遺跡の発掘にとりかかったのが40代後半ですが、その前に世界旅行をし、日本に来たのは、シュリーマンが43歳の時のことでした。

 シュリーマンに関しては、自伝『古代への情熱』に書かれているような、ロマンチックな人ではなく、現実的で計算高い商人であったとか、正規の考古学者でないので、不用意な発掘で、地層を破壊したとか、遺跡を私物化した、発掘物に手を加えた、などなどよろしくない評判も山ほどありますが、この旅行記を読む限り、知的で人間的な暖かみのある人物のように思われます。ヨーロッパやアメリカなどさまざまな土地で事業をしてきたので、異文化に対する理解力があったのかもしれません。

 万里の長城や紫禁城など、清国旅行記もおもしろいのですが、やはり日本人の私にとっては、幕末の日本の様子が興味深い。横浜、江戸だけでなく、養蚕業を見に八王子まで足を伸ばしています。家具がほとんどない和室の簡素な美しさと利便性を称賛し、箸を器用に使って食事をしたり、懐紙で優美に鼻をかむ様子なども細かく観察しています。シュリーマンが記述している吉原の花魁や大名行列の様子などは、日本人でも現代の我々には見ることができないものですし、去年の大河ドラマにも登場したグラヴァーや、江戸駐在のアメリカ総領事ポートマンとの交流もたいそう興味深いものでした。

 シュリーマンは1865年の6月1日から7月4日まで日本に滞在し、横浜から太平洋を渡りアメリカに着きます。その後、この旅行記を発表し、フランスで考古学の博士号を取得し、ギリシャ・トルコを旅行したあと、本格的なトロイア遺跡の発掘にとりかかり、49歳のときに遺跡を発見しました。トロイやのヒサルリクで発掘された出土品の中に、卍模様を見つけたとき、インドのスワティカ、日本の寺にある卍模様を思い出したりもしたのでしょうか。

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