囲碁日記:明日への一打

囲碁上達を夢見る一アマチュアの日記です。

米長永世棋聖「われ敗れたり」

2012年06月10日 22時59分06秒 | 棋書
米長永世棋聖・日本将棋連盟会長の「われ敗れたり」を読んだ。
今年1月のコンピューター将棋ソフトとの対局について、勝負に至る経緯や米長会長の心情などが綴られている。
語り口は淡々としているが、米長会長の思いは強くこちらに伝わってくる気がした。

まず、将棋に対する米長会長の真剣な取り組みに驚かされた。
そして研究に研究を重ね、その成果がでて圧倒的優勢を築きながらも一手のミスが負けにつながること、そして一度敗れたら「負けた理由を一言でいえば、私が弱かったから」と認めなければならないところに、勝負の厳しさを感じた。

印象に残る文章は多いのだが、その中でも、「自分と将棋盤以外、何も持たないで戦わなければならない」将棋棋士に求められる力は「自分の頭だけで考える能力」であるという件は、囲碁にも通じるものがあると思った。
米長会長は、その自分の頭だけで考えるためのトレーニングの一つとして詰将棋を解くことを挙げている。
目指すレベルの差は大きなものがあっても、アマチュアでも強くなろうと思ったら実践しなければならないことだろう。
もちろん、囲碁の場合であれば基本死活や基本手筋をマスターした上での話だとは思うが。

「注意しなければいけないのは、決して答えを見ずに、自分の頭で考えるということです。・・・自分の頭で解いてはじめて自分の力となる。・・・自分の頭で考えて出した答えを採点してもらったらたとえ零点だったとしても、それは本質的な問題ではない。『自分の頭で考えたかどうか』が重要なのです。」

あとがきに、「この本は、私の将棋界への遺言になるかもしれません」と書かれていたが、そんなことを言わず、米長会長にはもっと色々なことを発信してもらいたいと思う。

なお、私はこの本を日本将棋連盟のオンラインショップで購入した。
直筆揮毫入りとのことだったので、折角だから普通の書店で買うよりその方がいいと思ったのだ。
届いた本の揮毫の文字は「忍」であった。
飽きっぽい私に対する戒めであると思った。
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