美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

テレビの貢献と限界

2011-10-10 12:40:31 | Weblog

ここ十数年の間に人々の生活に最も影響を与えたものでは、IT技術と携帯通信ではないかと考えますが、20世紀最大の発明と言えば、やはりテレビ放送でしょう。1897年にドイツの物理学者Karl. F. Braunによってブラウン管が発明され、ヒットラーの指示のもと国威発揚のため、世界で最も早くテレビ放送がドイツで始まりました。1936年、ベルリンでの第11回オリンピック大会は、史上初のテレビ実況中継となったわけです。これに刺激されてか、この年イギリスのBBCでもテレビ放送を開始し、アメリカでもニューヨーク市で実験放送が始まりました。

日本では、戦争により一時テレビ技術の研究が中断されていましたが、戦後19532月にNHKによる最初の放送が、そして韓国ではやや遅れて1956年に大韓放送が、最初のテレビ放送を開始したと言われています。最初は物珍しさか、興味本位で見ていた人々も、番組のコンテンツが増えるにつれ、テレビの前にくぎ付けとなり、お茶の間にはなくてはならない存在となるまで時間はかかりませんでした。高度成長期で馬車馬のように働いた昭和のお父さん達も「一杯のビールとプロ野球中継があれば、頑張れる。」と言わしめ、お金のかからない大衆の娯楽としての地位は、日本でも韓国でも不動のものでした。テレビは長い間、家族団欒や手軽な癒しの道具としての役割を主導してきましたが、反面その影響力の大きさから特定の立場からのプロパガンダとして利用されてきたのも事実です。テレビにおいて「百聞は一見にしかず」とは、真実を理解させる事とは限りません。同じ出来事でも、選択と構成によって意図した内容に見せることも可能であることを証明してきました。最近言われる‘テレビ離れ’も、インターネットをはじめとする他の情報手段が発達することで、今まで流されるままに受け入れてきたテレビ内容に対し物足りなさや疑問を持ち始めたことも要因の一つでしょう。

最も身近なマスメディア媒体に成長したテレビだけに、特に報道や社会問題を取り上げた番組では、100万人単位の視聴者を前にして結局は当たり障りのない内容、一般受けしそうな結論にならざるを得ないところです。スポンサーも傷つかず、勿論一般大衆という視聴者に反感を持たれないという暗黙の了解が、そこにあります。テレビを見れば、その国の文化水準がわかると言われるのは、この為ですが単なる暇つぶしの時間とならない為にはテレビの存在意義も、ある局面を迎えているのでしょう。

 

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