
いよいよ三月
今年ほど春の到来を心待ちにしていたことは少ない。なにしろ異常に寒い日が続く冬であった。寒風の吹きすさぶ冬、温帯モンスーンの地日本であり、しかも私の住んでいるところは目の前の太平洋に暖流・親潮が流れ、しかも南の海沿いをのぞいて、東・西や北方は山に囲まれ、北風はほとんど吹かない暖冬の地、湘南の鎌倉である。こんなところに住んでいて、「我儘を言うな」との御叱りを受けそうな気もする。事実この冬も、当地は日照りに恵まれた日々には、厚いガラス戸越しの穏やかな陽の光で、暖房など不要の日々が続いていた。
だがそんな恵まれた環境に住んでいれば、身体の方がなまって、やはり冬はつらいものに感ずる。今年は朝の散歩時に、例年、見たことなどほとんどない霜柱にも何度かお目にかかったし、路面の撒き水に氷の影を見たこともあった。私は歳を重ねて、今では職を退き、自宅で過ごすことが多くなっている老体だが、着脹れて毎日家内安全を近所の鎮守の杜の数社にステッキをついて参拝するのを欠かさぬ日程に決めている。ご社頭で寒空に空を見上げている全国の人たちのためにも、思わず別辞(ことわけ)の祈願詞として、一日も早い春の到来を願わずにはおれなくなる毎日であった。
此処温暖の地でも、今年は梅がほころび始めたのが最近である。花暦は例年より丸々一カ月ほど遅れている。桃の節句である今日も、桃ではなく、梅の節句が始まったような環境である。地球温暖化などといわれているが、どこか読み違いがあるのではないか。こんな思いで眺めているのだが、それでも辺りには暖かい日差しが降り注ぎ、いつしか周りの緑の常緑樹の葉も、心なしか穏やかな色調になってきた。
気になる女性宮家の話
天皇陛下の心臓周囲の手術が無事に終わって一週間、術後の経過も極めて良好、陛下も穏やかに春を前に再度健康に活躍される準備を進めておられるとの報が、春を待つ心にプラスしている。昨日は、冬眠していた私も、久しぶりにこの問題に関して、今後は宮中に伝わる伝統の「先ず神事」の原則にのって、陛下の多忙な行事のうち、宮中の御まつり以外は思い切り減らして、「みかど」の本質を残しながら、この後を穏やかにお過ごしいただきたいとの率直な思いを書いた。皇室が我々日本人にとり、なぜかくも尊くありがたい御存在なのか。それは皇室が長い歴史を我々国民と共有して重ねられ、その歴史を背景にして我々の生活にすっかり溶け込み、生活の一部になっているからに他ならない。そのお姿のままで、私どもの生活の中に、いつまでもしっかりして根付いていてほしいものだ。
そのことを書いた。だが、それを書いても何か気分はスッキリ落ち着かない。今日は雛祭りの日だ。これにちなんで、いま、国会の党首討論などで話題にされ、すでに政府が見切り発車のような形で進めようとしている「女性宮家」の創設についても、ここで一筆書いておきたいと思う。
まずはっきり私の立場を述べておこう。皇室の従来の姿を変更するのには私は反対である。先にも述べたように、皇室が国民にとって尊く、貴重なものに見えるのは、皇室には我々とともに生きてきた数千年の歴史への信頼の積み重ねがあるからだ。それが国民の均しい支持に支えられいま現に生きている時に、わざわざ皇室の姿を変質させ、我々の手で曲げてしまう。これは皇室をそのままならば生きていたのに、人為的に破壊しかねない行動である。昔ながらの由緒ある貴重な生きた文化財に、将来壊れる恐れがあるといって、たとえば国宝の仏像にメッキをし、彫刻にメスを入れ、本質となる部品を交換して、存在しているものを人為的に無価値にする暴挙を許すだろうか。巷に残る骨董品に対してでもやらないことを、なぜわざわざここでしようとするのか。これは皇室に対する犯罪的狼藉である。そんな自らの愚かさも知らず、客観性も失った連中によって、我々の最も大切と思う宝物である皇室が破壊されるのを、手をこまねいて見ていて良いのだろうか。
皇室の運営に取り入れられている様々な原則には、それぞれ長い歴史の試行錯誤の中から生き延びてきた知恵の集積がある。百年や二百年ほどの短い歴史で、簡単に決められた勝手な原則とはわけが違う。長い皇室の歴史に中には、必死に維持を図っても、行き詰りそうな危機を孕んだ時もあった。ギリギリの皇位継承の危機を迎えた時もあったが、我々の祖先は、そんなときでも必死に努力してこの皇室を守り貫いてきた。いま、皇室の制度の変更を企てる連中に、それだけの皇位を守るギリギリの思いと、それでも原則を貫いてきた先祖たちをしのぐ切迫感があるのだろうか。現にいま、立派に我が国の皇室は生きている。そんな皇室を些細な理由を取り上げて変更しようとすることは、今でも健康に生きられる人に向かって、死ぬかもしれないあてにならない外科手術を試みて、その人を殺してもよいと思うのにも似た、皇室を将来、亡きものにししてもよいと考えるに等しい行為だ、日本国に対するおおそれた犯罪的謀反の行為だと私は思っている。
明日はもう皇室が我が国になくなってしまうという危機の時ならいざ知らず、制度の原則を変えればその時点で、新しい皇室が果たして国民の永遠の尊崇をいままでのように受け続けていけるかどうかの考慮もなく、良くも軽々しく、将来にではなく、今すぐ皇室に対する絶対的信頼感が傷つく恐れがあることを考えつくものだと怒りを感ずる。どこを指して我々は、いまは皇統維持に万策尽きた状態だといえるのだろうか。
今回起こった内親王による女性宮家創設の話などは、冷静に考えればこんな大騒ぎなどする必要もない問題である。現在皇室のために御働きの男系の皇族、内親王さま方は、国民も立派な方々だと信頼を寄せる方々ばかりである。天皇陛下の御公務に負担が多い。その中で陛下御自らがご担当にならなければならない宮中祭祀など以外のおつとめを、分担していただく方が必要なのであれば、明日からでもよい。今の肩書のままでお願いすれば足ることである。誰もそれを不要なこととは思わないし、国民は喜んで受け入れることだろう。ややこしいご結婚された後の夫となられる方の地位、お子様の地位、皇位に関する継承権などが出てくる余地はなく、ただ皇室の費用を増額して、それらの方々が、立派にお勤めが果たせるような配慮を国がすれば済むだけの話だ。
こんな怪しげな構想が、なんでもないことに屁理屈をつけて、厄介なことを企てる構想が、小泉内閣の時に強引に皇統の女系継承への道を開こうと意図的に政府を誘導しようとした法曹畑出身の内閣参与や、それに従うおかしな連中によって企てられるから、皇室そのものが国民の目を欺く黒い霧によって包まれそうなことになってしまう。何の役にもたたぬ、くだらん小細工はやめてほしい。しみじみ思う雛祭りの日である。
最新の画像[もっと見る]
-
世界遺産の蛇足として一言
7年前
-
鎌倉市 世界遺産の推薦ならず
7年前
-
腹が立つ韓国の内政干渉
7年前
-
母の命日に思うー44年目の母の命日
7年前
-
安倍内閣の一カ月
7年前
-
天皇陛下のお誕生日
7年前
-
今日は鉄道記念日
7年前
-
九州行脚の旅
7年前
-
夏も終わりに 閑話休題
8年前
-
夏も終わりに 閑話休題
8年前







