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あの人は今 (アン真理子)

2014-04-18 | あの人は今
日本の歌謡曲、ポップスを中心としたEP盤(ドーナツ盤)の中で、今どうしているのだろうという人たちを取り上るコーナー、
第8回はアン真理子(本名 佐藤由紀)です。(1945年12月15日 -  ) 

「フリー百科事典」から
日劇のダンサー兼コーラス員としてデビューの後、平岡精二クインテット等のソロ歌手となる。
1966年 東京ヒルトンホテルのスター・ヒル・プラザに出演していたときに、出門ヒデと「ユキとヒデ」を結成。
1967年 デビューシングルをリリース。
ユキとヒデとしての活動と平行して、ソロ歌手藤ユキとしても活動、前者のデュオはポリドールから、後者のソロはビクター所属であった。
1968年 ユキとヒデは解散され、藤ユキ名義の活動は続行。ヒデは同年、ヒデとロザンナを結成。
1969年 ソロ名義もアン真理子と改称、再デビューにて「悲しみは駈け足でやってくる」をヒットさせる。
アン真理子、佐藤由紀名義で作詞家として活動した。
1975年 映画『冒険者たち』(監督臼井高瀬、製作冒険舎)に娼婦役で出演。
1976年 週刊プレイボーイ(集英社)でヌードに。


その後の活動において、関西の劇団「遊劇体」の1999年公演「あらし」に彼女の名前を見つけることができましたが、以降は不明です。

彼女のヒット曲 「悲しみは駆け足でやってくる」 ビクターレコード SV-867
作詞 アン真理子 作曲 中川克彦
  
この曲は、後に浜田朱里がカバーしています。

1969年は、由紀さおりの1969でブレイクした「夜明けのスキャット」や「ブルー・ライト・ヨコハマ」もありましたが、他にこんな曲もリリースされました。(この2曲、作詞はいずれも なかにし礼です)

弘田三枝子 「人形の家」 
7月1日発売 第11回日本レコード大賞歌唱賞受賞曲
  

ピーター(池畑慎之介) 「夜と朝のあいだに」 
10月1日発売 デビュー曲、同年ヒット・チャート6位
  


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2 コメント

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アンとは、どこからとった名前かな (龍馬です)
2014-04-27 05:07:39
お久しぶりです、Ashita45様

アン真理子さんの"アン"は、どこから来たのでしょうか。
本名は、佐藤ユキですものね。

今年は"アン"の当たり年で、何か復活の兆しでしょうか。
NHKの朝の連ドラ「花子とアン」、その前作「ごちそうさん」の主演が杏さん。
偶然でしょうかね。

花子とアンのは、原作者の祖母「花岡花子」さん、本名は「安中はな」さん、
なんと出身は、山梨県の甲府とは、ashita45さんのふるさとではありませんか。

そんなことを、思いながら、・・・・・・・・・又、先を読みます。
佐藤ユキ (ashita45th)
2014-04-27 21:08:37
アン真理子の前歴について・・・
彼女は、1966年にヒデとロザンナの出門ヒデ(本名 加藤秀夫)と「ユキとヒデ」というボサノバ・デュオを結成していました。
先日、1967年に発売されたデビュー・シングルを見つけたのですが、発売当時370円だった価格は、2,800円+Taxという高価格の値札が付いていました。 高い!!
買うかどうか迷った挙句、結局買わずじまいでした。
そのレコードに入っていた曲名は、渡邊貞夫が作曲した「白い波」と「長い夜」でした。
解説書には、この曲をレコーディングするに当たり、貞夫さんがボサノバの指導をしたと書かれていました。
「長い夜」はYouTubeでも聴くことができます。

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