セナ没後20年にイモラで追悼式典 アロンソ、ライコネンも参加(オートスポーツwebの記事より)
その才能を惜しまれつつ夭折した人たちがいます。
死因は自殺やアルコールや薬物中毒や事故など様々ですが、そんな彼らに共通していると感じるものがあります。
それは「目」です。
みな悲しい目をしている気がするのです。
(左上からカート・コバーン、アイルトン・セナ、左下リヴァー・フェニックス、ジェームス・ディーン)
もちろん、これには説明をつけることもできます。
若くして自殺をするようなウツ気質の人なら、もとから悲しい顔立ちをしているのは不思議ではありません。
また、早逝したことから悲しげな表情ばかり取り上げられ、それがイメージとなって後から定着したのかもしれません。
しかし、それでもなお、まるで自らの死を予期していたかのような陰を、その目に感じてしまうのです。
浦沢直樹さんの『20世紀少年』の主人公ではありませんが、かくいう僕もまだ若いうちに華々しく人生を散らすことに憧れた時もありました。
しかし、おかげさまで彼らが死んだ年齢をはるかに過ぎてなお、おめおめと生きています。
『Too old to die(死ぬには年をとり過ぎた)』
今更死ぬのもかっこ悪い、そんな気分でしょうか。