マルコ15:34 そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。
受難週の金曜日は「受難日」と呼ばれています。この日に、主イエスは十字架で死なれました。
この日は、おりしも過越の祭の日でした。イスラエルでは、かつて出エジプトした時に小羊を屠(ほふ)ったことを記念して、過越の祭のたびに小羊を屠ることが定められていました。
しかし、今や〝本物の小羊〟が屠られる日となりました。神の御子イエス・キリストこそまことの小羊です。ユダヤ人たちは、罪のいけにえである本物の小羊であるキリストが死なれるまでの年月、動物の小羊を先祖伝来屠ってきたのです。
バプテスマのヨハネは、イエスについてこう証ししました。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1:29)。イエスこそが、私たちの罪の身代わりである「過越しの小羊」だと証言したのです。
かつて、イスラエル民族は過越の事件によってエジプトから解放されました。同じように、イエスが過越の祭の日に神の小羊として殺されたことによって、人類は、罪の奴隷、悪魔の支配から解放されたのです。
イエス様が十字架で死なれたのが過越の祭の日であったのは偶然ではありません。過越の祭に込められた救いの計画が、この日に実現したのです。過越しの祭そのものがイエスの死を預言していたのです。 ※言葉による預言ではなく、儀式とか出来事といった型によって預言されているので、これを「予型」という。
さて、イエス様は金曜日の午前9時に十字架につけられ、午後3時に叫ばれました。「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」。これは「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」という意味です。
十字架のイエスの姿はむごたらしく、屈辱的で、神の御子としての輝かしい姿は見る影もありません。御子イエスは本当に神から見捨てられる経験をなさったのです。
普段なら、イエス様は神に向かって「わが父」とお呼びになっていたのに、この時ばかりは「わが神」と呼ぶしかないほど、神を遠くに感じておられました。そして、まったく神から見捨てられる経験をなさいました。
父なる神も、イエスがご自分のひとり子だからという理由で身びいきなさることなく、完全にお捨てになりました。
ああ、何と罪に対する神の御怒りは大きいことでしょう。御子イエスが、これほどに十字架で苦しまなければならないほど、私たちの罪は大きく重いのです。
十字架のイエスは、あなたにとって他人事でしょうか。
いいえ、十字架のイエスの姿は私の姿です。あの十字架のはずかしめは、私の罪ゆえに受けるはずかしめです。神に見捨てられたあの叫びは、罪人の私が叫ぶべき絶叫です。
あのイエスの十字架の死は、私の死です。
そう認め信じる私は、あの十字架で自分が受けるべきはずかしめを〝イエスと共に〟受けてしまいました。自分が受けるべき呪いを〝イエスと共に〟受けてしまいました。私に対する神のさばきは、あの十字架で〝イエスと共に〟受けてしまったのです。
こうして私の罪に対する処罰は終わりました。だから、イエス様は十字架の最期に「完了した」と言って息を引き取られたのです(ヨハネ19:30)。そうです。完了したのです。私に対するさばきは終わったのです。
イエスの十字架は、私の罪の処罰ではないという人は、仕方がありません。残念ですが、その人は、自分の罪の刑罰を〝自分で〟受けるしかありません。世の終わりのさばきの時、それを〝自分で〟受け、罪の結果を〝自分で〟受けることになります。
自分で引き受けますか。引き受けられないなら信じてください。あのイエス様の十字架で、私はすでに罪のさばきを受けてしまったのだと。
さて、冒頭のイエス様の叫びが、わざわざカタカナで記録されています。他の福音書も同様のあつかいです。ここに聖書記者の意図があります。ただ単に神から見捨てられた叫びで終わらないというメッセージが込められています。
「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」とは、聖書に親しむ者であれば誰もが知る詩篇22篇の冒頭の句なのです。詩篇の歌い手であるダビデは神から見捨てられたような経験をしました。その叫びです。しかし、そこから神にある勝利を高らかに歌い上げるのが詩篇22篇なのです。
イエス様の叫びは単なる絶望ではなく、見捨てられたかに思える苦難の向こう側に約束されてた勝利の宣言です。ダビデがそうであったように、主も、十字架上でこの詩篇22編が成就したのだと宣言なさったのです。しかし、十字架の苦しみの故に詩篇の最後まで歌い上げることができなかったのではないかと思います。
私たちは、どんな困難の中でも、神から見捨てられたと思える事態の中でも、その向こうにある勝利を先取りする詩篇22篇の叫びを忘れてはなりません。(Ω)
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