サムエル記下13・21 ダビデ王はこれらの事をことごく聞いて、ひじょうに怒った。
第13章は、ダビデの息子たちが起こした事件の記録です。ダビデの罪に続いて、次は息子たちの罪です。こんな時、親はどうすべきなのか、考えさせられる問題です。
もちろん、人類は罪を犯して以来、「罪が門口に待ち伏せしています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」(創4・7)とあるように、親も子も各々が罪と向きあい、それを治めなければならないのは言うまでもありません。
ダビデ王には幾人もの妻があったため、王子たちは異母兄弟ということになります。その長男アムノンは異母妹のタマルに恋して、ついに彼女を辱(はずかし)めるにいたる顛末(てんまつ)が記されています。そのことで、タマルの実兄であるアブサロムは、アムノンを憎み、復讐を計画します。そしてある日、王子たちの祝宴をもうけ、その場でアムノンを殺害したのです。
なぜこのような忌まわしい事件が起きてしまったのでしょうか。
アムノンと妹タマルとの事件の一部始終をダビデは知っていました。そのことを聞いて、ダビデは非常に怒ったと記しています(13・21)。
この時の、父としてのダビデの対応はどうだったのでしょうか。激しく怒ったと記されてはいますが、どのような処罰をしたのか、その後の対応については何も記されていません。
子どもたちの罪に対して、ダビデは父親として対処しなければなりませんでした。しかし、激しく怒ったものの、具体的な手だてを施さなかったのではないかと思われます。
王としては立派なダビデではありましたが、先のバテシバ事件では夫としてのだらしなさが露呈し、今回は父親としての弱さが露(あら)わにされました。
父親とは、神が天の父であることのモデル(型)のような存在です。父なる神の権威と愛を、少しでも具現化するのが親の務めです。この親としての正しい権威と愛が失われるとき、家庭は崩壊し、社会が不安定になります。
もちろん、家庭を神の御心にかなうように治める難しさは百も承知です。私自身も自分が親であることを畏(おそ)れます。それでもなお悔い改めながら、そして恥ずかしながら、親として子たちを訓戒する務めを果たさなければなりません。
社会の秩序が乱れた時代だからこそ、親の父性の回復が求められる時代です。家庭にも、社会にも父性的な権威と愛の回復が求められています。
祈りましょう。親たちが、正しい権威と愛を表現できますように。そのことによって、父なる神が定められた霊的な秩序が回復しますように。
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