浅井久仁臣 グラフィティ         TOP>>http://www.asaikuniomi.com

日々の出来事から国際情勢まで一刀両断、鋭く斬っていきます。コメントは承認制です。但し、返事は致しませんのでご了承下さい。

私の視点 北朝鮮ミサイル 高まる防衛増強論議

2006-07-10 00:50:03 | Weblog
 休筆している間に高まった北朝鮮のミサイル問題に対する論議の熱。見ていると、一部の人たちが政府与党を中心に今良からぬ方向にこの問題を持っていこうとしているように思えてならない。

 「日本にいつミサイルが打ち込まれるか分からない」
 「狂った金正日に対向するには力だ」
 「ミサイル防衛網の整備の前倒しを」
 「先制攻撃も必要」

 ここ数日のTVなどでは、政治家や評論家が、日本がミサイル攻撃に対して防御を米軍に全面依拠しており独立国家としての対応ができないから自前でのミサイル防衛システムが必要だとか、「報復用のミサイルを完備すべきだ」などと物騒なことをのたもうている。

 中でも私が注目するのは、岡本行夫氏の動向だ。かつて「外務省に岡本あり」と言われ、退職後も小泉首相の補佐官などの要職を務め、日本の外交の中核に身を置いてきた岡本行夫氏が、「戦後、日本が最も戦争に近い状態に置かれている」とTVカメラに向かって危機感を煽っている。

 この岡本という御仁。ただの外務省OBではない。外務省を辞めた後も対イラク戦争が始まれば砂漠を駆け巡り(日本人外交官殺害事件の遠因を作ったとの声が省内には根強い)、北朝鮮が風雲急なれば肝心な場所と時間には必ずやそこに暗躍する彼の姿があると言われるほど、日本の外交に深く関わっている。だから省内には岡本氏の影響力が今も根強く残存している。いや、退職後の方が影響力を強めていると見る向きの方が多い。

 その岡本氏がこのようなことを言っているのを見てピンと来た。日本政府は明らかに今回のミサイル問題を防衛増強につなげようとしているのだ。そのお先棒担ぎというか、世論作りに岡本氏が動いているのではないか。もちろん岡本氏だけではない。岡本氏の意を汲む評論家が、古顔新顔所構わずといった感じであちこちの番組に出演して軍備増強を唱和している。

 恐ろしい話だ。確かに、ミサイル問題に関して、北朝鮮のやっていることは、私の目にも何ら意義を見出せるものではない。あのような武力を使った脅しに対しては、吐き気がするほどの嫌悪感を禁じえない。

 だが、少し冷静に考えてみると、確かに北朝鮮はひどいことをしているが、他に目を転じてみれば、他国が同様のことをしているという現実がある。ミサイル実験を悪いと非難するが、米ロは言うに及ばず、中国は繰り返し大陸間弾道型を含むミサイル実験をしているし、インドは9日、東部オリッサ州で、中国を射程に入れる核弾頭搭載可能な長距離弾道ミサイル「アグニ3」の発射実験を初めて実施、成功している。台湾も中国本土を射程に入れたミサイル実験を何度もしている。

 日本とて決してミサイル実験と無縁ではない。相変わらず失敗が多いが、何度も打ち上げている宇宙ロケットも、「世界の常識」からすれば、実質的には軍事転用可能な軍事技術開発だ。また、日米共同で弾道ミサイル迎撃実験まで行なっていることも疑問が多い。

 「それはあくまで防衛用だ」と主張する意見もあろうが、その実験に対しては中国もロシアも「米国が国際社会の反対意見を無視して実験を行ったことは、世界平和のバランスと安定に不利をまねく」と共同歩調でこれまでに何度も抗議している。ロシアは、「米国による防御システム開発は冷戦時代に締結された核軍事条約に違反するものであり、軍備競争再燃を誘発しかねないものだ」とまで言っている。その曰く付きの実験を今月になってまた日米共同で行なったことは皆さんも御存知のはずだ。

 ここで我々が考えねばならないのは、中国の主張やその立場だ。このミサイル防御システム開発を中国に対する敵対行為ととらえられている現実を直視せずして今回のミサイル問題の本質は見えてこない。

 日本にとって中国は友好国ではない。いや、防衛白書を見れば一目瞭然だが、かつてソ連側がわが国にとっての「仮想敵国」であったが、それがいまや中国に取って代わっている。国の防衛政策を謳う白書の中で中国を敵に回すと宣言してしまったのだ。だから、この日米共同実験が中国に対しての「強いメッセージ」であることを疑う人は国際社会ではいないだろう。

 今回の北朝鮮のミサイル実験に対して中国は不快感を示したが、これは表向きのものだ。それは、私のあくまでも独断と偏見だが、今回の実験も中国が書いた「東アジア構想」のシナリオの一部と見るからだ。

 米国も、ミサイル実験だけでなく核問題も、北朝鮮が中国の実質上の支配下にあり、「対米、対日カード」として使われていると見ているはずだ。ミサイル実験直後の7日、ヒル国務次官補を急遽北京入りさせたのもその表れだ。日本政府とすれば、東京によってから北京に向かうものと思っていたところをいわば肩透かしされた形だった。まあ30余年前、ニクソン大統領が中国と国交回復する時も、日本には後で知らされ、「頭越し外交」と言われたように、米国の日本軽視は今に始まったことではない。ヒル氏は今日になって来日したが、彼の今回の動きを見ていれば、米国が日本を蚊帳の外に置いたとは言わぬが、「口出し無用の子分」としか見ていないことが良く分かる。

 今のぞいて見たネットの世界でも北朝鮮に対して結構勇ましい発言が目立つ。皆さんには良く考えていただきたいのだが、われわれが北朝鮮と敵対して何か得るものはあるのか。冷静に考えれば、それよりも逆に失うものが多いことに愕然とするはずだ。何せ、北朝鮮には「失うものがない強さ」がある。外交は勝ち負けではない。何枚ものカードを使いながら互いにとって納得がいく「落としどころ」を探す作業だ。今からでも遅くはない。対中国を含めて東アジア政策の見直しを一刻も早くすべきだ。

 日本は今、確実に危険な方向に進んでいる。