天寿を全うするって高齢でそして老衰の様な亡くなり方・・・・・・単純にそんな事かなと思うけれど、きっともっと深いのかなとも思う。 その人の人生というか生き様が尊いというか人として生きた価値みたいなものが全うという言葉に当てはまるのだろうか。 愛川欣也さんの訃報でそんな事を考えた。 80歳と聞くと長命だったと思うのだけれど、それでも早すぎる死なのかもしれない。 子供の成長に個人差があるように老人の老いにも個人差がある、エネルギッシュな高齢者たちがいっぱいいると思うとと80歳はまだ若いのかな。 昔、80歳を過ぎた施設の入居者が「朝が来たら あ~今日もまだ生きてるな~と思う、こんな歳になってもまだ生きていたいと思うんだよ」と苦笑しながら話していたことを思い出す。 最後に、人生悔いなし・・・・と言えるような人生を生きたかったけど既に手遅れ
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死生観はそれぞれだと思います。 私が思う悔いなしは、自分の分をやり終えたこと。 私は今生きている現在がやり直したいと思う悔いある人生だったので、当然悔いが残ります。 他人にはわかってもらえない事だと思いますが。
他人より長く生きた。
平均以上に裕福になって人生を閉じた。
全てに平均並みの人生を生き抜いた。
常々希望していた事は全部達成した。
短い人生でも遣りたい事を全てやった。
素晴らしい功績を遺した。
・・・・・・・
・・・・・・・
こんな人生とは、・・・
望んだ人生ではないのですか?
他人に強要されたのですか?
自分で軌道修正は出来なかったのですか?
「アリ様」の場合は、長命をもって「人生悔いなし」と考える以外に無い人生です。
不思議ですね人生って。 目標を持ってそれに向かって思い通りに歩んだ人もいるのでしょうが、私は気が付いたらこんな人生を送ってしまいました。 後悔ではありませんが、勝ち負けと云うのなら負け組でした。 やり直したい人生です。
80歳まだまだ元気な人がたくさんいます
今を、この一瞬を精一杯生きることにしています