都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

荒川ロックゲート

2007-07-10 | 江東区  

 岩淵で乗船してから1時間半弱で、江戸川区小松川と江東区東砂の境にある荒川ロックゲートに到着。

荒川ロックゲート
建設年:2005(平成17)
Photo 2007.6.25

 船に乗ったまま、ロックゲートを通過して、いちど旧中川に入り、Uターンしてもう一度ゲートを通過。その後、小松川リバーステーションで下船。

 荒川ロックゲートは、パナマ運河とかにあるのと同じ閘門と呼ばれるもの。水位の異なる二つの水域をつなぐもので、水門を開閉して水位を調節し、通過する船を昇降させる。ここのゲートは仕切り板が上下するタイプ。船が閘室と呼ばれる写真のゾーンに入ると、数分で水位が上下して通過することができる。

 全国には何カ所かにこのようなものがあるようなのだが、舟運が昔のように盛んではないので、新築されるものは少ない。そんな中で最近建設された荒川ロックゲートは、もちろん防災や利水目的なのだが、観光施設的なものでもある。東京で運河を上り下りする体験なんてかなり珍しい、というわけで、実は知る人ぞ知る場所らしい。

 御覧の通り、両側は階段状になっていて、見学スペースになっている。普段は入れないのが残念だが、ゲート上の通路からも船の通過が見学できる。今回は乗船したまま通ってしまったので、外からは見ることができなかった。船に乗って閘門を通るのは得難い体験なのでそれはそれでよいのだが、一方で、船が通るさまを岸からも見てみたかった。

 さて、江戸は舟運が発達した都市で、銚子の方から川伝いに内陸を通って江戸に物資がもたらされたという。利根川を利用して、もっと内陸の方とも物資のやりとりがあったそうだ。東武東上線の川越の一つ手前に新河岸という駅があるが、まさに河岸があったわけで、昔の様子がしのばれる。人々も日常的に船を使って往来していたが、現在、東京で船に乗ることは日常ではないし、運河や川を行き来するレジャー船を見る機会もそうは多くない。

 ヨーロッパでは意外に内水面の交通が残っていて、昔、造られた運河がまだ結構使われている。物流だけでなく、観光でも運河は利用されていて、狭い運河でも通れるナローボートという細身の平底船に乗って、のんびりバカンスを楽しんだりするらしい。内陸都市であるパリ市内にも、セーヌ川とは別に運河があって、毎日のように沢山の船が閘門を利用して行き来している。数年前に訪れたときも、次々に船がやってきては閘門を開け閉めして通過していた。運河が日常に近いので、閘門も特別な風景というわけではないようで、荒川ロックゲートにある見学スペースなどというたいそうなものは全くない。行ってみると、えっこれか・・・、という素っ気なさ。設備としても古いので、幅も長さも大したことはない。だが、次から次へテキパキと船を行き来させているのは、とても楽しく、見ていて飽きなかった。

 そう思っていたら、ちょうど下記Blogで、オックスフォードの運河の様子がレポートされていた。こちらも大げさな運河でなく、身近な感じなのがいい。

Kai-Wai 散策 > オックスフォード便り(11)

 こういうのを見ると、荒川ロックゲートの方は、国のお金をふんだんに使って、立派なのを造り過ぎたんじゃねぇの?、という気がしてくる。もちろん、新しく造るんだから大きな船でも通れるように、というのは分かるし、防災的な位置づけも異なるわけだけど、タワー付きの昇降ゲートのスピードがとても速いとかいうのは、そんなに必要だったのか? 一日に何隻が使っているか知らないが、利用数がさほど多くないわりに贅沢なんじゃないのと思う。仰々しくなく、もう少し、さらっとしたほうが、街に馴染むのではないかと思うのだが・・・。新しくて立派なゲートを見て、若干の違和感を感じたのだった。

荒川ロックゲート
#新しい建物 江東区  #海・川・池 

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4 コメント

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荒川放水路 (流一)
2007-07-10 10:13:26
このゲートの脇の道路はわりとよく利用するのですが、こんな施設を造っていたとは知りませんでした。
ゲートのすぐ北の公園に古い水門がなかば埋まった状態で残されていますね。荒川放水路の開削に従属する建造だと思います。
小名木川や旧中川、江戸川区の新川などが荒川放水路ができる前はどこを通って海へ出ていたのかと考えてしまいます。埋め立てが進んでいず、すぐ海だったのかもしれませんが。
小松川閘門 (asabata)
2007-07-11 02:00:25
私も詳細はあまり知らないのですが、北側にあるのは
どうやら小松川閘門という施設の跡のようです。
昭和5年に造られて、昭和51年まで使われていたんだそうです。
平成3年に頭の部分だけを残して埋められてしまったのだとか。
埋めたのはスーパー堤防建設のためだったのでしょうか。
高いところに載っけたかのように見えますが、
まわりを埋めたとは、ちょっと驚きです。
荒川が昔の川筋を分断するかのように造られたので、
今では昔の様子が想像しにくくなってますね。
Unknown (鹿成清大)
2007-07-11 17:26:11
お、ここ行ったことあります!
でも船からは見たことが無いので羨ましい・・・
こういう水門ってなかなかカッコいいですよね☆
実家の隣町にも「尼ロック」という閘門があって、大阪湾最大ということでかなりの迫力だったのを思い出します。

あと・・・
スエズ運河は地峡を通る水平運河なので閘門はないと思います、多分。
スエズ運河は・・・ (asabata)
2007-07-11 18:03:10
鹿成清大様
御指摘有り難うございます。
スエズ運河には閘門はないんですね。
調べてみたら確かにそうでした。
地中海と紅海の水位差がほとんどないので不要なんだとか。
てっきりパナマ運河みたいな閘門があるとばかり思っておりました。
というわけで、本文中の記述は訂正いたしました。
やっぱり土木系の知識が足りないんで、
思いこみで適当に書くと間違えることが多々あります。
今後もよろしく。

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