月光が清かに森の間隙に光る深夜、ボオドレエル詩集 『 悪の華 』 ( 齋藤磯雄訳 ) から 「 美 」 という詩篇をここに書くのも一興であるかも知れない。
われは美し、人間よ、あたかも似たり石の夢。
人こもごもに来りては創痍負ふなるわが胸は、
物質のごと不滅なる無言の愛を、詩人の
心のなかに燃やさむにふさはしくこそ作られてあれ。
われ蒼穹に君臨す、さながら謎のスフィンクス。
雪の心を白鳥の真白き色に結ぶわれ。
線を移して掻き擾す物の動きを憎むわれ。
而してわれは絶えて、哭かず、絶えてまたわれは笑はず。
傲然と立つ記念碑の姿を倣ぶかに見ゆる
わが堂堂のたたずまひ、打眺めつつ詩人は、
骨身を削る研鑽にその歳月を使ひ果さむ。
そは、斯くばかり素直なる恋人たちを魅惑すに、
万象の美をいよよ増す澄める鏡をわれ有てばなり、
これぞわが眼、永遠の光芒を放つ大いなる眼。
読めない文字が多々あるが、これもまた一興にして、深夜の心地いい冷気に当りながら 『 大字典 』 を引く。 引く身の哀れなりけり、窓から果て無き虚空に顔を放つ。