美術館にアートを贈る会

アートが大好きな私たちは、
市民と美術館の新しい関係の構築をめざしています。

高橋信也氏 講演「都市とアートの新しい関係」 (要旨3)

2021-08-08 12:40:50 | Weblog

3.京都市京セラ美術館について

  ※写真は京都市京セラ美術館のHPより

1)経過

・歴史について https://kyotocity-kyocera.museum/greeting
・1933年 大礼記念京都美術館として民間の資金で開館。
・1946年 進駐軍に接収される。旧大陳列室はバスケットコートになっていた。
・1952年 接収解除され、京都市美術館と改称。
・1964年 ミロのビーナス特別公開 89万人来場。1965年、ツタンカーメン展 107万人来場。
・通常は日展、二科展等の団体展、新聞社主催展の会場となっていた。
・2014年 将来構想委員会が発足。会議を重ねた。
・その結果、大きくは二つの点が問題意識として取り上げられた。
ひとつは、京都は、美術大学が東京に次いで多いにもかかわらず、現代美術を中心に扱う展示施設がなかったので、ぜひ現代美術の展示室が必要であること。もうひとつは、ショップやカフェなど、全体的に現代的なオペレーションがあってほしいこと。
・「将来構想」には京都市の方々が並々ならぬ想いで取り組んでおられた。私自身も京都(河原町丸太町)生れで、心を動かされた。
・2015年 「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015」開催。主会場として使われる。
・2020年3月 京都市京セラ美術館としてリニューアルオープン。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で翌日から休館。同年5月下旬に再開館。

2)建築について

・19の応募から、青木淳+西澤徹夫設計共同体が選出された。
 元の帝冠様式の建物と現代建築を合わせた構造、エントランスのガラスリボンの建築が高く評価された。
・展示室1000平米2層が中央ホールを挟んで左右にあり、合計4000平米ある。
 展覧会は、基本的に1000平米程度のものが多いので、4つの展覧会が実施可能。
・荘厳な建物を残しつつ、ショップ(ブルーボトルコーヒーをプロデュースした石渡氏による)やレストラン(ナディッフ・美術手帖・BEAMSのコラボ)、「ザ・トライアングル」と称する若い作家を紹介するガラス貼りのギャラリーも併設されている。
・「中央ホール」は天井高16m。旧大陳列室が中央ホールに改修され、二階に回廊が新設された。ファッション誌「クレア」の表紙を飾ったことからこの回廊で写真を撮る若い人が多い。
・旧大陳列室での有名な話は、向かいにある京都国立近代美術館制作の「バルチュス展」の展示会場になったこと。作家本人が大陳列室を気に入り、日本で展示するのであればここでしかやらないと言うことで実際に本人が来て展示をした。
・網の目状のガラス天井のスペース「光の広間」は、インスタレーションやファンドライズ イベント、小規模コンサートの利用等を考えている。今後様々な企画を通して、企業研修やラーニングプログラムにも活用していきたい。
・東玄関は透明度の高い3層のガラスによるウィンドウで、作庭家・七代目小川治兵衛が関わったとされる大変美しい四季折々の日本庭園が眺められる。
・東山キューブは、新館。現代美術専門のスペース。天井高5m、1000平米。森美術館を参考に、吊り荷重も重視された。
・高橋氏の現在:事業企画推進室に在籍。美術館業務全体のの6割程度に関わる。
 キュラトリアルでは、「東山キューブ」のオペレーションや「ザ・トライアングル」のことを中心に、「ラーニング」。さらに「ナイト・ウィズ・アート」や各種イベントなど。
 組織上では、主に「広報」、「営業」のオペレーション。「設備」や「運営」に関するバックアップ。学芸員を含めて、十数名を率いている。


3)開館記念展(@東山キューブ)など

「杉本博司 瑠璃の浄土」展(2020年5月26日-10月4日)

・開館2年前から計画。
・『仏の海』。三十三間堂の千体の仏像を、当時の人々が見たであろう、東山から昇る朝日の光で撮った作品。様々な仕掛けが講じられた展示。
・『海景』。世界の異なる海。距離も場所も国籍も違う海を、24時間以上の露光で延々と撮影。写真のコンセプチュアルアートとして受け入れられ、日本の侘び寂びの美学も重なり、「海景」は大変な評価を受けた。
・『クリスタル 五輪塔』。地水火風空の仏教上の5つの元素の象徴。水のところに、「海景」のフィルムが入っていて、「海景」が五輪塔の中に見える。
・『OPTICKS』杉本さんのカラー写真の発表は今回が初めて。杉本スタジオのプリズムで壁に映したものを写真に撮る。プリズムの分光の装置も展示。
・『ガラスの茶室』ベネチア、ベルサイユ宮殿に次いで、この庭で一年間設置された。
・展覧会タイトル「瑠璃の浄土」とは。
 瑠璃色=鉱石ラピスラズリの色=古代ガラス。
 ガラスがテーマの本展覧会は、この瑠璃色の向こうに平安期の人々は浄土を見ていたとの文献があることから、東山キューブに仮想の杉本寺院を建て、「瑠璃の浄土」を見てもらう、というのが今回のスピリットであった。

「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989-2019」(2021年1月23日-4月11日)

(@東山キューブ)椹木野衣 企画・監修

・椹木野衣さんが「震美術論」執筆中に数回話し込む機会があった。
 平安期から現代までの地震の記録。強固な大地に立つ西洋と、揺れ続ける日本列島では大いに異なる。その上にできる美術も同じわけがなく、オリジナリティは相当違うものになるのでは?という観点を前提に、東北の震災を辿るような形の論文を書かれていた。
・日本の伝統文化は「もののあわれ」「諸行無常」「一期一会」、椹木さんの表現では「忘却と反復」がつきまとい、繰り返し揺れる大地を生きる人間の知恵としての性格を持っていたのではないか。 
・「震災」の時代としての「平成」と、京都が生み出している伝統文化の性格とは原理的な美意識のところで通底するのではないか?
・平成時代をアーティストたちはいかに戦ったか?を、元号のくくりで捉えてみようという、14組プラス1組のアーティストを集めた展覧会。
・「どんじゃ」東北の民族衣装は、震災前の作品だが、震災によって「どんじゃ」を含む「東北画」の意味が変わった。
・この展覧会では、400以上のパブリシティの件数があった。

 

※第2回講演会(今秋予定)

今回の2時間のご講演では、高橋さんにご用意いただいた内容の半分もお話いただくことができませんでした。そこでぜひとも続きをお聞きしたく2回目の講演をお願いすることになりました。日程などが決まりましたらご案内します。ご期待ください。

 

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■高橋信也氏プロフィール
1951年 京都生まれ。1974年 安部公房スタジオ入団。1975年 株式会社ニューアート西武入社、その後、同常務取締役。1997年、および2017年より株式会社 ニューアートディフュージョン(NADiff)専務取締役。この間、河原温、荒木経惟、大竹伸朗、村上隆、奈良美智、蜷川実花、会田誠、山口晃等のアーティストとともに、様々な展示企画を行う。
2003年 森ビル株式会社に転籍し、森アーツセンター開設にともない、六本木ヒルズ開業のシンボルキャラクター「ロクロク星人」(村上隆)のプロデュース や、六本木ヒルズ、表参道ヒルズ等の直営ショップをプロデュース。
2004年 森美術館開館と共に同ジェネラルマネージャーに就任し、美術館の経 営・組織運営等のマネージメントを行う。その後、森ビル株式会社取締役、上海秀仕観光会務有限公司董事、森ビル/森美術館顧問、「六本木アートナイト」事務局長等歴任。その間、各美術関連団体の理事、評議員等を歴任。大学等での講義やアートプライズ等の審査員も多数。
現在、2017年よりニューアートディフュージョン専務取締役再任。2018年より京都市京セラ美術館事業企画推進室ゼネラルマネージャーとしてリニューアル準備、および事業推進に携わる。

 

以上

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