"よさこい"にかける青春!

何がこの人たちを
  夢中にさせるのか!

ただいま模索中の私です。

2019年07月05日 02時26分12秒 | 尺八・民謡の世界

 

  自分の身の回りには イデオロギーの違いがある様に 色んな考えの持ち主がいて良いのでしょう。

余りに日常のいたるところで 違いすぎ 生きて行くのに差しさわりがある様な時は その場を離れればよい事

それほど重く考える事はないのかも知れません。

それが経済的なところにも影響を及ぼし 日常の生活にも差しさわりがあると考えられる時は 耐えることも必要 そんな風に思います。

 

 しかし生きて行くには仲の良い事が大原則、いがみ合って生きていたんでは何の楽しみもありません。

私のマンションに とてつもなく わが家族を嫌っているおばちゃんがいます。

お店をやっていると 多かれ少なかれ周りに住んでいる方に 迷惑をかけることも出てきます。

大声でのお客さん同士の話声、歩行者の邪魔になるような通路への駐輪、搬入業者の車の駐車等々・・・。

このおばちゃんにとってはこれらの全てが許せなく 憎たらしくってしょうがないようです。

 

 エレベーターの中で偶然乗り合わせる時もたまにあります。

進んで 挨拶をするのですが 全く無視されます。

ある時耐えきれず 小学生の子供でも挨拶運動をしているのだから 私たちは大人なんだから 挨拶くらいしましょうよ!!

そんな風に声がけをしました。

しかしその後一行に変わらず 無視続けられております。

 

 大正時代の詩人 金子みすずの詩に 次のようなものがあります。

それは「自分」という存在は自分以外の誰かがいて、初めて成り立っているという基本的なことを思い出させてくれている詩です。

そのことを端的に表現しているのが、子供たちにも人気のあるという 次の詩です。

 

    『私と小鳥と鈴と』

私が両手をひろげても、 お空はちっとも飛べないが、

 飛べる小鳥は私のように、 地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のように、 たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、

 みんなちがって、みんないい。

 

 

 色んな考えの人がいて 世の中は成り立っています。

だから 許容できる範囲内の事に 目くじらを立てて つまらなくして 生きて行くほど 先は長くはないのです。

もし許容範囲を超えていたら その場を離れるしかありません。

 

健康で生きれるのはあと10年かも知れません。


自分の足で歩けるのも そんなに長くはないかも知れません。


すでに心臓の血管にもステントが入って 助けてもらっています。



確かに原理原則はあると思います。


それは若者たちに任せ、免許証と同じく ややっこしいものは返上して 仲良く生きて生きて行きたいなぁ! そんな風の思っています。

 

 

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