最期のボランティア、献体について考えます

登録者総数25万人。なぜ献体なのでしょうか?

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献体登録希望者が増えています

2013-04-29 12:08:10 | 日記
ブログをはじめることにしました。
きっかけは、5年前にさかのぼります。


2008年2月。札幌で開かれたとある市民フォーラムでのこと。
この日は札幌雪祭りの最終日。大勢の人たちが街中に繰り出しています。大通公園からほど近い道新ホールの客席数は700。
こんな日に、医療系の真面目なフォーラムの開催とは、主催者側も随分思い切ったことを・・・と思いつつ、
ステージ下手、司会のスタンドマイク前に出てみると、両サイドには立ち見のお客さん。
運営スタッフから「当日配布の資料が不足、次の休憩までには用意すると伝えてください」というメモが入りました。

 2008年2月11日(月曜日)14:00~17:00 道新ホール
  札幌医科大学市民フォーラム
  「献体について考えたことありますか?」~これからの医療に果たす献体の役割
  主催:札幌医科大学、北海道新聞社、NPO法人MERI Japan、札幌医科大学学術振興会
 

献体というとどんなイメージをお持ちでしょうか?どんなことをご存知ですか?

 医学部生や歯学部生が大学2年目に必ず経験する実習の一つ「解剖実習」。
献体登録された皆さんのご遺体が、未来の医師や歯科医師を育てるための教育として役立っていることは周知の事実です。
一方で、現役の医師や・歯科医師たちが、自らの手術の腕を磨くために「ご遺体を使ったトレーニング(サージカルトレーニング)」を希望する切実な声が、
何年か前から上がっていました。
でも、医療の場面でご遺体を使用してもよいかどうかは、法律上では曖昧なのです。教育ではOKだけど、医療ではどうしてダメなの?と思いますよね。

フォーラムでは、医師は最初から手術上手ではないこと(よく考えると至極当然です)、手術の練習には動物やシミュレーター、そして患者でも行われていること!
さらには、多くの患者から期待される最先端の手術手技を学ぶために、海外のトレーニングセンターに出向き、外国人のご遺体を使って医師たちがトレーニングをしている
事実などが紹介されました。

例えば内視鏡を使った手術。
切開する傷口も小さく、患者さんへの負担も小さいことから、最近は様々な手術で、最小侵襲手術(MIS:Minimally Invasive Surgery)が注目され
各医療機関で取り入れられています。しかし、傷が小さくて患者さんに優しい手術は、外科医にとっては難しい手術です。傷口が小さいということは、
手術する部分が見えにくいということ。モニターを見ながら、手に伝わる感触を捉えながら習得する技術ですから、先輩医師たちもOJT(On The Job Training)で
教えること自体難しいと話します。
2002年、東京都内の病院で、腹腔鏡を使って前立腺がんの摘出手術を受けた男性が亡くなりました。
あとで調べると、この施術を一度も行ったことのない医師たちが執刀していたことがわかりました。
とても痛ましく、衝撃的なニュースとして伝わりました。では、医師たちはどのようにしてトレーニンを積むことができるのか。

そこで、動物、シミュレーターに加えて、ご遺体でも手術のトレーニングができないか、そのための法整備や仕組みづくりが必要と医療関係者たちが立ち上がって、
フォーラムが開催されたのです。


さて、ここまで医療側からのアプローチですが、ご遺体を利用させていただくということに、嫌悪感や忌避感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

そして、なんと言っても献体する方が存在してはじめて成立する話です。

そもそも、どのような思いから献体に登録されたのでしょうか。
実際に登録された方や、肉親の献体を体験されたご遺族に率直なお気持ちを伺う場面がありました。
登録へのきっかけ、ご家族をどう説得されたのかなどお話を伺っていきますと、その方の生い立ちとか育ってきた環境、そこで培われてきた思いに心打たれるものがありました。
会場に詰めかけたみなさん(実はアンケート調査から、参加者の8割近くが、60代、70代、80代の高齢の方だとわかりました。)が、一番身を乗り出して聞き入った部分でした。

自分の死後、遺体を医学や歯学教育に役立てたいと、献体の登録を希望する人が増えています。
献体は、無条件で無報酬の行為です。現在全国の医学・歯学大学の解剖実習の実に96%が、献体という尊い意思によって支えられています。

でも、献体登録をしたいと思っても、必ず登録できるわけではありません。なぜなら、希望者が増えているからです。
大学によっては、登録の条件として大学のある自治体に住んでいる人に限ったり、年齢制限をしたり、あるいは、充足しているという理由で
受付そのものを見合わせている大学もあるほどです。

札幌でのフォーラムのあと、名古屋、鎌倉でも同様のフォーラムで司会進行を担当しましたが、その都度、献体に興味を持つ高齢者が会場を埋め尽くす様子を
目の当たりにしました。杖をつきながら、あるいは車椅子で介助されながら、やっとの思いで会場にたどり着く方もいらっしゃいます。そしてどなたの表情も輝いている。
頷いたり言葉を発したりしながら真剣に耳を傾け、終了後には、震える手で必死にアンケートに思いをつづるという姿がありました。
その熱気に毎回毎回圧倒され、この強い思いはどのようにして生まれてきたのか、ここ数年来、私の大きな関心事の一つでした。

自分の最期をいかにプロデュースするのか、終活(しゅうかつ)が注目される中、選択肢の一つとしてなぜ献体が注目されるのでしょうか?
献体登録者、ご家族、ご遺族、医療従事者、研究者など、これまで様々なお立場の方々にお会いしてお話を伺う機会がありました。
また、ここ何年かで、現役の医師たちのサージカルトレーニングの現状にも変化がありました。
そうした皆さんの証言をもとに「献体」を取り巻く最新事情について綴っていきたいと思います。

なお、このブログは『献体の勧め』ではありません。
なぜなら、上記にも記しましたが、献体登録希望者が多く、登録できない方もいらっしゃるほどだからです。

今回ブログを書くにあたって、ある関係者から「献体についての正しい理解につながるのはありがたいけど、これ以上希望者であふれても困るし」との言葉がありました。

尊いお気持ちに支えられている献体、しかし美談だけでは語れない部分もあります。
多くの方々の率直な思いに触れる場にしたいと考えています。
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