異教徒たちの踊り

まるでリズムの悪い絵と日記のブログ。それでも____
楽しい出来事があればいいなぁ、と、言う、ブログ。

仏教の本での気付き。一本目の矢でしっかり痛がろう。

2021年04月21日 | Weblog

最近仏教の本を読みました。

そこに書かれていた内容で
「2本目の矢に囚われない」という内容がありました。

一本目の矢とは嫌なこと失敗などのメガティブな出来事、そこで起こる感情。
二本目の矢とはそれにいつまでも囚われてクヨクヨする事。

大切なことは二本目の矢にいつまでも囚われてはいけない、という、そんな内容。

 

この話を読んでいて凄い違和感があった。
2本目の矢に囚われてないのに、この辺ですごいストレスがある。

ん・・・あれ?
そうか。


一本目の矢にガッツリ当たっていいんだ、っていうこと。
そんな気付き。

解説文を読んで解釈した限り、嫌なことがあって、落ち込んだり怒ったりしていいらしい。
いつまでも引きずることは駄目なこと、そう書かれていたと思う。

抜けてた部分があった。
一本目の矢が刺さった瞬間に全力で抜いてた。
その矢をドブに投げ捨てて事無きを得た、気になってた。

一本目の矢は受け入れていい。
相手に対して自分に対して、怒ったり哀れんだり、悲しんだりしていいんだってこと。

 

「理想の自分は思ってはいけない」
そうやって湧き上がる醜い感情を否定するから、
破綻してストレス溜まんじゃね?

1本目の矢がどれだけ醜い自分であっても、
他人にしてあげる優しさのような振る舞いで自分を受け入れてあげればいい。

たまにフラッシュバックのように湧き上がる不快感もきっとその辺からきてる。
醜い感情を優しい気持ちで受け入れていけばその不快感もなくなるような


そんな気がする。

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ゆとり教育の成功例

2021年03月02日 | Weblog

15年以上前、自分が高校2年生の終わり頃。
「自分が学びたい内容を書け」といった内容のB4紙が唐突に配られました。

「え?いいの?自分の趣味とか書いていいの…はぁはぁ
 授業中に絵とか描きたい、3Dとかやりたい…はぁはぁ…うッぐ、で、でも何がどこまでやれるのかわかんないし…はぁはぁ…
 そ、そうだ、曖昧に書いて好き勝手にやれるような内容に…」

自分が提出した内容は
「デジタルを使った作品作り」キリッ

無事通過。
3年から授業はスタートなのだけれど、2年生の時点でもう…ああ…楽しみで楽しみでやりたくてしょうがない。


昼休み職員室に向かいました。
担当になった美術の先生に伝えたところ。
先生「いいよー、PC持ってってー」
僕「!!!!????」


使われていない教室を割り当ててもらい、PC設置。

そこから毎日が楽しくなりました。
朝昼放課後、使える時間を全て使わせていただきました。

3Dソフトを使い、映像編集ソフトを使い、実写を使い。
母校の写真を撮り、母校の裏庭に巨大な足跡を掘り、
巨大な宇宙人が母校の裏庭に立つ映像を作って、
それを全校生徒の前で発表して皆に笑ってもらいました。


上記の授業は、ゆとり教育が本格化した時期で、それらの楽しい日々を送ることができました。
自分はいわゆる「ゆとり世代」ではありませんが、ギリギリ本格的なゆとり教育を受けています。
ゆとり教育の「総合的な学習の時間」にあたると思います。


あんなに楽しい授業。
学校という環境で初めて主体性を持って前のめりに学習できたあの思い出。
実はゆとり教育から頂いてたんだと最近知ったので書きたくなりました。

当時は、底辺高校の特別の授業だと…遊ばせてもらってると思ってたケドね!!

ちなみに現在、総合的な学習の時間でやっていたようなお仕事をしてます。

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何が効率的だ、的な

2020年12月28日 | Weblog

いい具合に効率論が嫌いです。
何が効率的に、だ、と思います。


効率を極論すると作業しないってこと。
手を動かしたいと思わない程度のやる気なら、仕事辞めたら?

そんないい感じのトゲトゲしさが自分の中にあります。

 

でもぶっちゃけ効率ってめっちゃ大事です。
趣味でもそうだし、お仕事に関しては言えば最重要です。

効率論は大切で、でも嫌いです。

 

自分が3Dソフトのチュートリアルをコツコツ作業してながらお喋りしてたんです。
「3Dソフトを触ってみたけど挫折した」という話題が相手側から出ました。
それにプラスして、「頂点を一個づつ動かしてモデリングやりたくない、やるならフリー3Dモデルを使用して効率よく使いたい」
みたいな話が続きまして。。。

いやちゃうやろ、効率という言葉を都合よく使うなよと、興味ないだけだろと。
そのモチベーションで3Dソフトは覚えられねぇだろ、


いう話。

結局そういうこと、
効率を求めるのは興味の無いこと、難易度や重要度が低いと思ってることに対して使いがち。

自分が興味ない作業の価値を勝手に下げんなよ、
という感情が「効率化」という単語の前後で湧き上がる。



経験則だけど、3Dのフリー素材を自分好みにカスタムするのって。
1から自分で作る場合とくらべてより知識と応用力が求められる。

基礎が理解できてる人が言う効率論には価値があります。
効率は大事だけど、基礎はもっと大事です!!!!!

って、思っちゃう。

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根性論はあったみたい。

2020年12月08日 | Weblog

根性論=老害
という風潮に疑問を持ってたけど。
根性論にも大きなメリットがあるという流れがきてるらしい。

成功した人はどんな特徴があるの研究結果で
「グリッド」という要素がでてきたそうです。

日本語にすると「やりきる力」「粘り強さ」「執念」
だそうです。


日本人はもともと持っているマインドで、
今まさに捨てようとしている概念、根性論です。

ただデメリットもあるので注意。

 

 


ほめて伸ばすグループと叱って伸ばすグループで成績の違いを実験したそうです。

ほめて伸ばしたグループは
平均より少し上の成績を残した人が多くなった。

叱って伸ばしたグループは
極端に低い成績と、極端にいい成績の2極化が起きた。



頭一個抜けた成績を出したのは叱って伸ばしたグループだったそうです。

ただ、叱って伸ばしたグループには2極化が起きた。
大きく伸びた人と全然伸びなかった人がいる。


その違いは「ストレスは自分にとってプラス」と思えるかどうか、らしい。
こちらは生まれ持った価値観や教育によるものが大きいので、
ストレスをマイナスと感じてしまう人には「褒めて伸ばす」が最適になる。

 

日本の古い価値観、いわゆる根性論がその人のプラスになるかは
個人で違うということになる。


だから「根性論が正しい」とか「どっちが正解?」
という話になると論争が起きる。


(※ここから先は個人的な小さな思い付き


知識や経験の差から意見したくなる場合があります。
伝えた方がいいのだろうか、黙ってた方がいいのか。
相手のために意見した結果、嫌われるのなら意味がない。
「自分のために嫌なことを言ってくれた」「おせっかいだなアイツ」どちらに転ぶかの境界線。

このあいまいなラインが少しだけ見えた。

意見する相手が「ストレスをどう捉えてるのか」
ひそかに理解しておきたい。

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説得力

2020年12月07日 | Weblog

説得力に関して持論を持ってます。
ある程度は正しいと思ってます。

会社等で意見が通る人、通らない人。反感を持たれずに納得させられるその違い。
声のトーンとか、その人全体から出てるオーラが言葉に説得力を持たせてる。


論理性とか役職とか年齢はあんま関係ない。
無理な人は無理だし、できる人は最初からできる。

結論を言えば学習でどうにかするのは難しいジャンル。
説得力を持たせる的な本を読んで「理由は3つあります」とか言うの痛々しいからやめた方がいい。
それ海外のやり方。
そもそも説得力無い人がそれやったら「なんか始まったぞ?なんか頑張り始めたぞ」くらいにしか思われない。


(※ここから先は予想です。まだサンプルが少ないので自信無し


じゃあ説得力に影響するオーラって何?ってなってくるんだけど。
発声と髪の硬さ。
声のトーンは落ち着いていながら母音がしっかり聞き取りやすく、硬い髪がいい。
髪の硬さは強さや決断力の印象に直結してる気がする。

説得力に関してはこの2つが大きいんじゃないかと思うようになってきた。

容姿の良し悪しにに関わらず、その人の人間性を無意識に感じるものだけど。
無意識は具体的に何を判断してるんだろうね。


説得力=雰囲気。
なのは間違いない。


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