おサルのダイアリー

棋力はサル並み?のウッキーが将棋に向かう日記

大昔の将棋を思い出して…

2008年11月29日 | 将棋(全般)

 前にリュウ君に居飛車で負かされた(10/31分)時に、思い出した昔のNHKテキストを引っ張り出して、その他のトコロも見てるわけだが… その中の▲桐山-大山戦を並べながら、その当時(中学生時分、級位者の時)分からず、今になって分かったこともあるわけで。

 今では絶滅したノーマル中飛車vs玉頭位取りという戦型が何とも懐かしい。 今4四の銀を5三に引いた手に対して▲3八飛(4八飛から)と先手が動きを求めたところ。

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 玉側では位取り+後手は美濃囲いより弱い形+7四にキズがある(誘いのスキっぽいが…)ので、この辺で戦いになれば、というのと、仮に△4四角▲2八飛△3三角と進めば、先手は飛車を4八から2八へ動かせたのに対して、後手はゼロ手。 故に先手の手得で悪いハズがない… ところが後手の大山先生の指し手は△5五歩!

 △5五歩▲同歩△同角▲1八飛△1二香!と進んだ局面をよく見ると、逆に後手に△1二香の一手が入った勘定になって、故に後手の手得になっている。

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 というのは、テキストにも解説してあったので、その当時は「ふ~ん、そんなもんか」としか思っていなかったけれど、今となってみればその「一手」を稼ぐのにどれだけ苦労するのか分かっている分、こういう細かいところの『』の味が分かるようになったというか…

 いや、この△1二香という手が特に素晴らしい手ということではないし、これが実戦に好影響を、というわけではないんだけれども、こういうところを見のがさずにミリというかコンマ単位の微差を儲ける、というのが、大山先生の真の偉大さというか先見性というか、最後までA級でいられた才能の一旦というか…。

 (相手の桐山先生だって当時バリバリのA級だったワケで。それでも、その一瞬を逃さないところが羽生先生の「考えていないのに手が急所に行く」という大山評に通じるのかな)

 ハデで分かりやすい好手を指せるプロは多い。 しかし、並べててもすぐに分からない好手といえば、大山将棋。(笑 これ、子どもたちに出しても分かんないだろうな… (実のところ、ウッキーもどれだけ分かってるの?と言われると…)

 次は、この将棋の分かりやすい好手を(笑 ホントに流れるような(手慣れた)職人芸ですから(笑 

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まぁ、難しいところではある。

2008年11月28日 | 将棋(全般)

 最近お遊びで先手番なら▲7六歩△3四歩▲7五歩、後手番ならゴキゲン(または4手目△3三角)を指しまくっている。

 真剣に指すなら、初っ端から怖い変化だらけなので、もう少し下準備をしないと実戦では使えない…と思うのだが、存外相手も妥協するというか、割とじっくりした戦いになることが多いような(?) 『棒テン、即リー、オール突っ張り』(サイバラ流?)か(笑 これはコレでまぁ楽しいわけで。

 この手の将棋のサンプルは?と考えて、「おお!弟君がいるではないか!」と思い、さっそく棋譜検索して眺めてみる… ううっ、ウッキーでは指せん類の手のオンパレードである。 派手というか軽いというか、駒が乱舞する感じ。 振り飛車なんだけど横歩取りとか空中戦を並べてる時に感じる「こりゃ、無理だわ」感というのも久々だなぁと。(笑

 それをまぁ、早指しでどんどん飛び込んでいくというのは若さの特権なのでしょうねぇ。 大人はつい、一手の大切さとか、一局の重さというかそういう言葉(概念)から入ってしまいがちだけど、子どもはそんなのお構いなしに、感性でズバリ本丸にたどり着くというか…

 期せずして、竜王戦第四局について、親御さんたち(のブログ)の方が熱心に見てしまうのは、指し手の意味はよく分からないけれども、周辺の解説から流れを理解できたり、ストーリー性に引き込まれるという(ウッキーは食事の写真から!笑) 「将棋以外の言語的なモノ」からで、子どもたちは「指し手の意味」が分からなければ、言ってしまえば『他人の将棋』だから、で終わってしまうのもあるのではないかと。

 とは言え、実際に局面を見て深く手が見えるのは、モチロン子どもたちなワケで…。 まぁ、そこらへんのバランスは難しいとことで、一概にどういうのが良いとは言えないなぁ…と思ったりしたりして。 

 また今日も、まとまりのない文で申し訳ありません…

 

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いろいろ複雑

2008年11月23日 | 将棋(駒落ち)

 ウッキーは言うまでもなく弱い。 弱いから、強い人の読みよりも、弱い子の気持ちがよく分かる。 「もし、自分だったら…」と勝手読みしてるのが、手に取るように分かる。 これは自慢していいのか、悲しむべきことなのだろうか(笑

 ウッキーの暗黒面の弟子である、ユウ君・ユーキッチ君は、自分だけ虫のいいことだけを考えやすい(これがまた師匠の悪影響か…)。 アンヌ隊員は、とにかく負けない手を優先するし、リョウセイ君は本で覚えた手とか形を使いたくてウズウズ… 一番強いリュウ君でさえ、局面が思い通りに行かないと、筋に頼りすぎたりムチャな手をしてくる。(強情だね)

 で、分からなくなると手堅く行きたがるのが、コータ君とダイキ君。逆にこの2人が派手に大技をかけようとするときは、たいていうまく行かない(笑 のだな。

 というわけで、コータ君との二枚落ち。 ウッキーは駒落ちはほとんどしない、コータ君は最近経験値を増やしているということで、ボーナスゲームかと思ったのだが…

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 慎重に行くなら▲5六歩とした方が良かったか。 それでも上手の△5五歩に▲4六銀から中央で戦うことも一考してほしかったが、2~3筋へ向かってきたのは駒落ちの考え方としてはハッキリ損。 大局観って難しい…

 少し進んで、ここで△2四歩とした時は、この後の数手、コータ君は必ずこう来るであろう…と思った通り。

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 ▲2三銀成△同金▲3二歩成と、銀を捨ててと金を作る「3手の読み」で下手良し。 

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 …な~んてコトをウッキーが許すワケがないわけで(笑 △4五金▲3七飛(疑問)△3六歩▲4七飛△4六銀▲4九飛△3七歩成と進むと、「二枚落ちの手合いでは勝てない」局面

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  読みが浅い? ピントがずれている?? ウッキーのように年寄りになればなるほど、どんなにウマそうに見えても先に駒損するのはイケナイと経験でためらうモノだが…

 こういうところの指導は、ウッキーは言語化して教えるのは苦手(?信州の先生みたく、身も蓋もない感じで言いそう 笑)なので、suwa先生か不定玉氏にお任せして、また年末年始にキッチリ勝ちきってもらおう…と思っている。

 (投げっぱなしジャーマンだな、コレは。笑)

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困惑しつつ整理してみる

2008年11月20日 | 悩み

 日曜日、支部会員のAさんと将棋の途中、「来年、ここ(支部と教室?)わかれるんやって?」と言われたのには、少し驚き、困惑する。

 う~ん、支部の他の会員にどう伝わっているのか。 子ども教室の父兄間でも認知度はバラバラだろうし…。 

 言われて気がついたのだが、日曜教室のメイン講師って私なんですね。(予定表を見ると… 全く自覚無かったんですけど 笑) 南小だけかと思ってました、ハハッ。

 いろいろな考え方や情報が錯綜して、混線状態になりつつある(ウッキーの頭の中は特に…)ので、ちょっとだけ、整理させてください。

 要は2点。 1.子ども教室の存在意義と支部との位置関係 と、2.会計(in:会費と補助金 out:必要経費とその他の用途)の2点だけをハッキリさせれば、かなりスッキリするのではないかと思う。

  冒頭のAさんの質問を聞きながら、改めて考えさせられたことに、ウチの教室の正式名称って何? 『日本将棋連盟飛騨支部子ども教室』なのかな?と。

 そして、支部における位置づけは? 

 ア)支部全体・全員が子どもたちを育成するという方向性なのか?

 イ)支部の中のいくつかある活動の一つであり、独自に計画・活動する存在なのか? 

 ウ)支部の中の有志が、支部の中で場所を借りて行っているのか? 

 日曜日、4人しかいない中会議室で、これは「子ども教室? それとも支部の例会? どっちなんだろ?!」と。 Aさんも「別れたら、こっち(教室?文化会館?)来れなくなるのかな?」と訝しがってみえたが、 「どうなろうと、来てもらっていいんじゃねっスか?」とウッキーが答えたのも、どうなんだろうと思う。

 ウッキーの思い描く、理想は ア)に近く、老若男女・初心者から有段者まで、気楽に来れる集まりではある。 が、それには、支部として、しっかりとした活動計画を立て、そのための予算案を作成し、それを実行に移す組織(委員)が必要である。

 と、行数で言うと3行で終わるのだけれど、これはものすごく大変なことであり、昔からの支部会員の方に、理解してもらい、協力?参加?主体的に活動?してもらうには、難しいと思う。 (ウッキーでさえ、…尻込みしそうだ) 

 かといって、ウ)の考え方を進めていくと、支部と教室が完全に隔離してしまう。 できれば、世代や所属する集団を越えた部分で交流できる、 ハッキリ言ってしまえば、現在の支部会員の方と、子どもたちと、もうちょっと将棋指させたい…

 子どもにとっては、棋力の向上だけでなく、いろいろな人(世代・集団)との交流を、支部会員の方々にとっては、飛騨の棋界を担う次世代の育成の一助をお願いしたい。 (飛騨支部という伝統のある会を存続させたいのであれば、の話) 

 ということでウッキーは、『理想は高く、符は安く。明日の役満よりも近場の泣きタンノシ』というわけではないが(笑 折衷案としてイ)を推したいし、現状で既にこれに近い状態ではないかとも思う。 現在、飛騨支部は、

 1)毎週の子ども教室(支部例会?)~文化会館 2)月一回のシニアの会(福祉会館) 3)古川教室(集まり?)の3つの活動面を持っているわけで、支部本体?(中央執行部?)は、それらの横の繋がりを図り(新春将棋大会とかバロー高山将棋祭りとか)つつ、一つ一つはそれぞれが、独自に計画(見通し)をたて、発展させていく方向の方が、主になって動く人にとって負担が軽減できるのではないか。

 (子ども教室で言えば支部会員ではない父兄の活動への参加を増やしていかなければ、人数の増加や活動範囲の拡大に、教室担当だけ・または支部会員も含めて対応しきれない。父兄を含めた組織・計画は、必然であり必須である。常考) 

 そして、一つの面だけでは活動に幅がない、限界が見える…というときに、本体を通じて、他の活動とのリンクを図る(例えば敬老の日に合わせてシニアの方々との交流・大会、高校・中学の選手権前に調整を兼ねて合同会…エトセトラ)

 避けなくてはいけないのは、それぞれが完全に分離とか縁切りになってしまうことで、一時の感情による行動は、全ての人に取って不幸なことだと思う。できるだけ前向きに物事を捉えて、できるだけ多くの人により良い集まりにしていく方向性で行きませんか?と。

 それだけは声を大にして言いたいわけで。 (一部、修正・加筆しました。)

 

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チョット昔の回顧談

2008年11月19日 | 日記・エッセイ・コラム

 不定玉氏が管理人の『飛騨将棋事情』の11/12分のエントリユータくんを読んで思ったのだが、実はウッキーは高山にいた頃のユータ君を覚えていない。 というか、会ったこと・話をしたことがあったかな…?

 支部内での教室が始まったのが、05年の10月。 ウッキーが飛騨将棋事情に出てくるのが06年の3月。山王教室の写真に写っているは確認できる。(2月はなし?) 

 それでは、いつ頃この教室のことを知ったかというと。2月のエントリにAとしてコメントを寄せてるのが、たぶんウッキーだと思うので、たぶんその頃。雪が降ってる中で、リュウ君と初めて将棋を指したことはおぼろげながら覚えている…

 というか、その時の棋譜を、後で思い出してファイルに残していたので、あぁ~と思うわけで。 ヨウヘイ君とは一回指した記憶があるのだけれど、ユータ君兄弟と指した記憶がない…(3月には一緒に写真に収まっているけれど)

 05年後半ごろのウッキーは、一応支部会員ではあったものの、ほとんど会に参加してなかったようで、不定玉氏が転勤してきたのも知らず、2月の支部の更新前に会費を納めておくか…という感じで、久々に例会に行った時に初めて会ったんでは?と思う。 (このへん曖昧)

 そのうち、「山王土曜教室のお手伝いを」ということで、suwa師範と、土曜教室を知り、イロイロしていくなかで、今に至ると。 

 考えてみると、ウッキーは、子ども教室がなければ、たぶん支部とも将棋とも離れていたことは確実で(24はやってたと思う 笑) 気がつけば、あんまり自覚の無いまま、どうもメイン講師らしい(といっても、プリント作ってきてるだけだけど)…

 流されるまま、その場その場で行き当たりばったりというのは、キライではないけれど、チョット整理してみたいな、と思うわけで。 とにかく思いついたことをメモしていこう、ここはそのためのチラシの裏だし…と。

 メモしておけば、ひっくり返せば、何か出てくるわけで(笑 ウッキーとリュウ君の初対局の様子も思い出せるワケで。 リュウ君が四間飛車玉頭銀模様→ウッキーの5筋位取りだった、意外なことに(笑 イロイロ駒がぶつかった後のハシ攻めから、ウッキーが△8三飛と浮いて受けた手に▲8四歩!

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 それから、△8四同飛▲9三香成のあとの▲8三成香!

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 (これで保育園児かよ!)と、内心ひっくり返った時のことは、今でも覚えているのだけどね(笑 

 で、この時と比べて、リュウ君が格段に強くなったかというと、う~ん。 軽く二段か三段くらいになっててもおかしくはないような。 いや、これでふつうの小学生としてはバランスの取れた成長だろ、と思ったり。 難しいトコロだ(苦笑

 

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