澄んだ空の向ふに映える白富士。
町内に例年通り訪れる年中行事。
浮世の景色は変はらねど、変わったはニンゲンの生活。
忌ま忌ましきは支那疫病かな。
なれば気分も変へやうと、再び隣町の古刹へ出かける。
鐘楼を包む竹林のもとに腰をおろし、風に躍る笹に耳を澄ますうち、ここでひとつ手猿樂の稽古をしやうと、俄かに思ひ立つ。
鞄にいつも入れてゐる夏扇を手にとり、
「能樂師は、扇さへあればいつでもどこでも舞える」──
金春流前宗家の言葉、まさにこれなりと噛みしめる。
包む竹林は見物人、
風に躍る笹はその歓聲──
さう見立てた途端、稽古はたちまち本番の舞台となる。
これは現代手猿樂はじまって以来の大入りじゃ……!
ひとつ舞ひおほせると、
“もっとなにかやれ……!”
笹たちは、さう枝を鳴らして所望する。
「されば……」
私はまう少し工夫を凝らしてから初演と考へてゐた“新作”を、試演として披露する。
仕舞ひに附祝言として「すゑひろがり」をつとめると、向ふから鶯の聲が。
なんて素晴らしい褒美……!
私は石段に再び腰をおろし、しばしその聲に聞き入る。
ああ、立ち去りがたき風情かな。