あられの日記

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フランス山公園を下る

2017年05月21日 05時45分29秒 | 横浜
全国都市緑化よこはまフェアのラストを飾るのはバラと草花の競演。港の見える丘公園ではハンギングバスケットの丘・香りの庭・イングリッシュローズの庭・趣味の園芸50thガーデンが開催中です。イングリッシュローズの庭は見応えたっぷりでした。次は山下公園!ってな事で移動です。フランス山公園を抜けて行こう!

途中で趣味の園芸50thガーデンを眺めます。

コンセプトはわかるんですがね。「家族が遊べる庭」をコンセプトに誰もが作りたくなる庭を1年かけて作りあげました!と主張してますけど。庭の前に柵があって入れません。遠くから眺めるだけで、良さがさっぱり〜。私がここまで見て回った全国都市緑化よこはまフェアのスポットの中では、一番がっかりスポットでした。これさ、趣味の園芸番組放送50th周年を記念して作った庭なのに、ショボすぎです。番組の出演者は現状チェックしてるんだろうか?
次!行ってみよう!

見えてきた風車は、明治時代のフランス領事館跡地です。白いワイルドフラワーをコラボしてます。
坂を下ると、領事館の建物の正面側。最早何も残ってません。

西洋シャクナゲが綺麗でした。
薄暗い階段を下りていくと、花のスポットが。

白でまとめたのですかね?

解説版にはかつての建物の写真がありました。

大正12年(1923)の関東大震災の震源は、鎌倉沖の相模湾でした。横浜は震源に近く、また海を埋め立てた土地が多かったので、多くの建物が倒壊。フランス領事館も同様に倒壊してしまいました。

花壇の中に当時の関東大震災で倒壊したフランス領事館の遺構の赤煉瓦を見つけました。

花壇の花を撮影してて気づいたんですが。
『昭和46年(1971)、横浜市はこの地域をフランスから買収して整備、翌年、フランス山公園として市民に開放しました。平成14年から本格的な再整備工事が始まると、遺構が発見され、保存整備や復元工事が慎重に行われた。明治期の領事館用井戸水汲み上げの風車の土台や震災後の再建された領事公邸遺構の保存、バムマつにフランス海軍が造成した階段(山の下方から左右2本が伸び、途中で合流しさらに上がっていく)や風車の復元もこの時。』以上『』内は横浜市中区役所のホームページより抜粋。
同じページを読むと、フランス山公園のそもそもの歴史も掲載されてまして『幕末、生麦事件など外国人殺傷事件が相次いだため、文久3(1863)年フランスとイギリスは自国民を守ろうと軍隊の横浜駐屯決定し、フランス軍が兵舎を構えたのがこの山でした』とあります。フランス軍は明治8年(1875)に撤退した跡地に、約2年の工事の末に明治29年にフランス領事館が建てられました。今では写真で当時の姿を偲ぶのみですね。
あ。時間がないんだった!次こそ山下公園を紹介します。

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